目を逸らしてしまいたい
詳しい説明を聞き終わり、何だかまったりムードになりつつある談話室。いづみさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら学生組と世間話や自己紹介をしていると、ガチャリとドアが開いた。あ、誰か帰ってきたみたい。
「ただいまー」
「おかえり、綴くん!臣くん!」
「おかえりっすー!」
「ああ、ただい……はる…?」
「あれ、東雲さん?!」
「さっきぶりだね。臣くん、皆木くん」
ヒラヒラと手を振ると、皆木くんは軽く会釈を返してくれた。でも臣くんはまだビックリした顔でこっちを凝視中。そんなに驚いたのかなぁ…確かにさっき太一くんにも驚かれたけどさ。
でも何も言ってこないし、とまた紅茶に口をつけると、摂津くんがニヤリと笑みを浮かべながら何だよ知り合いかー?と臣くんに話しかけている。それでようやく我に返ったのか、ああ、と何だか曖昧な返事を返していた。これはまた、想像以上に驚かせちゃったみたい。まぁ、何にも言ってなかったしな。
「綴クンと臣クンもはるチャンと知り合いなんすか?」
「も、って太一も?」
「俺っちはGOD座で会ったことがあるんす!」
「へぇ…って、GOD座?!」
「そこで手伝いしてたことがあるんだと」
皆木くんが摂津くんや太一くんと話しているのを横目で見ながら、そっと笑みを零す。うんうん、学生組は賑やかでいいなぁ。元気で可愛いよね、ああいうの。すると、すぐ傍でガサリとビニールが擦れる音がして視線を移すと、そこには臣くんが立っていらっしゃる。おや、いつの間に。
とりあえずおかえり、お邪魔してますと声をかけると、うん、とだけ返事が返ってきた。さっき我に返ったと思ってたのに、まーた戻っちゃってるよこの人。
「はる、何でここにいるんだ…?」
「公演の手伝いで呼ばれたの。いづみさんに聞いてるでしょ?」
「ああ…手伝いの人が来ることは聞いてたが、誰かまでは聞いてなかったから」
「うん、そうだろうとは思ってた」
「何か色々ビックリした」
はぁ、と溜息と共に吐き出された言葉に、私はただ苦笑を浮かべるしかなかった。臣くんは納得したのかしてないのかよくわからないけれど、ビニール袋を持ち直し、そのままキッチンへと消えていく。その後を慌てた様子で皆木くんが追いかけていったから、きっと彼の手にも食材の入ったビニール袋が握られていたのだろう。
帰る途中で会ったのかな…たまに顔を合わせる、って前に言ってたし。そろそろ紅茶も飲み終えるし、帰ろうかなーとか考えていると、元気な太一くんの声が聞こえて反射的にそっちに顔を向けた。
「はるチャンって臣クンと幼なじみなんすか?!」
「え?私、幼なじみだって言った?」
「綴に聞いた。大学も一緒で、学部は綴と同じなんだろ?」
「うん、そう。皆木くんは後輩で、臣くんは幼なじみの同級生だよ」
摂津くんの問い掛けにさくっと答え、残っていた紅茶を飲み干す。さて、いい加減お暇しないと邪魔になっちゃうね。学生組とは粗方顔合わせできたし、そのうちしっかりとした顔合わせの時間を設けてもらえるだろう。そうじゃないと私、不審者扱いされちゃうし。
いづみさんに帰りますね、と声をかけてから立ち上がる。同時にキッチンから顔を出した臣くんに帰るのか?と聞かれたから、ひとつ頷けば送っていくよと言われてしまった。まだそんなに暗くないし、1人でも問題ないんだけどなぁ。でも少しの間でも一緒にいられることは嬉しいし、今日はお言葉に甘えてしまおう。
「綴、戻ったら手伝うから頼むな」
「っす。東雲さん、また」
「うん、またね皆木くん」
太一くん達にもまたね、と声をかけて、臣くんと一緒に寮を出た。
「…色々、知らないことだらけなんだけど」
「臣くんだって劇団に入ったなんて聞いてないよ?」
家を出ることは聞いていた。だけど、その時はゆっくり話す時間もなくってただそれだけ。どこに住むとか、何で急に家を出ることを決めたのかとか、肝心なことは聞けず仕舞いのまま今に至る。
聞く機会なんて今日までにたくさんあったんだろうけど、何となく触れられないまま…臣くんも話そうとしないまま、時間だけが過ぎていっていた。だから、秋組の旗揚げ公演のフライヤーを見た時に心底驚いた。
左京さんにもだけど、一番驚いたのはそこに幼なじみの名前が載っていたから。劇団に入ったなんてこれっぽっちも聞いてない、でもそれを見た瞬間に家を出た理由がわかった。きっとこの為だったんだ、と。
「ちょっとだけ、淋しかった。本人からじゃなくて、フライヤーで知ったんだもん」
「悪い。その、…劇団に入った理由が純粋なものとはかけ離れていたから」
「でも、カッコ良かったよ。デューイ」
「は?」
立ち止まってしまった臣くんの一歩前まで歩き、笑みを浮かべながら振り向いた。観に行ったんだよ、秋組の舞台。秋組だけじゃない、春組からずーっと観に行っているんだよ。
そう告げれば、臣くんの顔はまた驚きに染まっていく。それが少しだけ楽しくて、勝った気持ちになれて、ちょっと優越感。昔から私は彼に勝てた例がないんだもの。やっぱりたまには勝ちたいじゃない?
ふふん、と一層笑みを濃くすれば、困ったような笑みを浮かべて参ったな、と零した。観に来ているなんて予想もしていなかったんだって。臣くんは当然、私が演劇好きなのを知ってはいるから予想しているかなーとこっそり思っていたんだけど。どうやらそれは違っていたらしい。
「…そうか。いたんだな、あの空間に」
「うん。話しかけるのもアレだったし、終わってすぐ帰ったから」
「声、かけてくれれば良かったのに」
「たくさんのお客さんに囲まれてたから」
本当はすぐにでも駆け寄って良かったよ、カッコ良かったよって伝えたいと思ったけど、たくさんのお客さんに囲まれていたのを目の当たりにしたら、何か躊躇しちゃって。それを臣くんに言えば遠慮しなくていいよ、って言ってくれると思う。声をかければきっと私を優先してくれるんだと思う。
少しくらいは自惚れてると思う、私も。思っているけど、…うん、何て言えばいいのだろう。あの瞬間だけは、私の知っている臣くんじゃないなーって漠然と思ってしまって。今思えば、嫉妬してたんだろうなと思うんだけど、それこそ臣くんには言えたもんじゃないよね。言ってしまったら恥ずかしさで死ねると思う。
そもそも、私と彼はただの幼なじみでそれ以上でもそれ以下でもないんだから。
「―――ここでいいよ」
「いや、家まで送るって」
「大丈夫。…早く戻って皆木くんを手伝ってあげなさい」
チクリ、と痛む胸は見ないフリ。大好きな人が、大好きな笑顔で、大好きな演劇をしているなんて、きっと世界中の誰よりも幸せだと思う。
だから、…だから、この幸せが一秒でも長く続くように―――イラナイものは隠してしまわなければいけないんだ。
「はる、」
「またね!臣くん」
何か言いたげな臣くんに背を向けて、駆け出した。