種は勝手に育つもの
「あいった?!」
「ちょっと、それ何度目?」
「うう…多分、三度目くらい……?」
ジワリ、と指先から出てきた血をティッシュで拭う。あっという間に指先は絆創膏だらけ。集中しているつもりなのに、相変わらず意識は別の所へ飛んでいるようで気がつけば針で指をぶっ刺すという情けないことになっています。今日だけで3回刺してるし…衣装製作を始めた日から数えると、もうわからないくらいになっている。
本当、何度刺せば気が済むわけ?って呆れた溜息を吐く幸ちゃんに同意するよね。新しい絆創膏を貼りながら、そっと溜息を吐いた。ダメだなぁ、こんなんじゃ。それでも衣装自体は完成間近にはなっているのだけれど。
(私ではなく、完全に幸ちゃんの努力の賜物なんだけどね…マジで役立たずだ)
春も夏も役に立てた記憶は薄いが、今回の公演に関しては断言できる。足手纏いの役立たずだと。それでも幸ちゃんは私をお役御免にすることはなく、今でも変わらず私の部屋に入り浸りミシンを動かしていますが。大丈夫なのか、と何度か話を振ってみたけれど、指を刺す以外に失敗してないでしょって返された。だから問題はないそうですよ。
さすがに毎度毎度、指を刺して奇声を上げられるのは困ってるけどって余計な一言つきだったりするけどね。…いや、余計な一言ではないか。多分、幸ちゃんなりの励ましというか…心配してくれているんだと思う。
「いつにも増してボーッとしてるじゃん。そんなに心配?」
「……た、ぶん」
「オカンのことはよくわかんないけど、つき合い短いし。でもアンタはそうじゃないでしょ」
「うん、まぁ…」
「わかってるのに、心配するんだ?」
わかっているから、心配するんだよ。幸ちゃん。アイツの性格を、過去を、それらを知っているからこそ不安で心配になるの。大丈夫なのか、潰れちゃったりしないのか、私にできることはないのかって…それこそ無限ループだな、なんて笑いそうになるくらい、寝ても覚めてもグルグルしている。
万里くんに言われた言葉を噛み砕いて、飲み込んで、それで信じて見届けようって思っても―――それはどうにも難しかった。
心配し続けることはエゴかもしれない、心配するだけで何もしない・手を差し伸べようとしないのは冷淡かもしれない、そうは思ってもどうしたって自分にできることはないんじゃないか、って思ってしまって、行動に移せないまま日々は過ぎていく。幸ちゃんは臣くんの過去をきっと知らないから、私が彼の何を心配しているのかはわかっていないだろうけど。
「オカンは―――臣は、弱くないでしょ」
「うん、それは私も思う。でも、…完璧に強い人間なんてこの世のどこにもいない」
アイツは、繊細で、臆病で、いつまでも自分を責め続けている。強そうに見えるけど、でもその反面、いつだって崩れてしまいそうな脆さも抱えているとそう思っていた。強さと弱さは、きっと紙一重。ちょっとでも揺さぶられれば壊れてしまうような、そんなものだと私は思っているから。
もちろん、臣くんはそう簡単に潰れるような奴じゃないと思っているけれど…過去の出来事、言うなればトラウマというものはそう簡単に払拭できるようなものじゃないんだ。それがアイツの胸の奥に深く、深く突き刺さっていれば尚更。前を向こう、と思っていないわけではないと思うんだけど…目を背け続けているのも、事実なんだろう。
「なんて顔してんの。ほら、早く作業進めるよ」
「ん、そうだね。撮影まで日にちもないし」
「そうそう。…そういえば一成が言ってたけど、今回の写真はアンタが撮るんだって?」
「うん。一成くんと、臣くんと、秋組の人達に無理矢理頼み込んだ」
「すっごい行動力」
そうだね、私もそう思う。皆ビックリしてたけど、臣くんが一番驚いてたかも。写真を撮ることは嫌いじゃないけど、今までちゃんとしたカメラで撮った経験なんて一度もない。それこそ臣くんが持っているような一眼で撮るなんて尚更だ。デジカメは持ってるけど、普段はスマホで撮ってるし。
ド素人中のド素人がフライヤーの写真を撮る、だなんて多分、無謀にも程があると思う。だから最後まで俺が撮るから大丈夫だよ、と臣くんに困った顔でずっと説得されていたのだけれど、今回ばかりは折れるわけにはいかなくって。お願いだから撮らせて、って土下座する勢いで頼み込んだんだ。
どうしてそこまで、って理由を聞かれると、ものすっごく困るんだけど…きっと少しでも役に立ちたいんだと思う。臣くんの代わりに写真を撮ることは、もしかしたらアイツの息抜きを奪うことになるかもしれないけれど、それでもやっぱり負担を軽減してあげたくてさ。
お節介だと思う、親切心の押し付けだと思う、ただの自己満足だと思う。それでも何かせずにはいられなくて、悩んでもがいているアイツの直接の力になれないのならば、できることが見つからないのなら、せめてこの舞台が成功するように頑張ろうって―――思ったのかもしれない。まぁ、心配し過ぎて衣装製作の足手纏いになっているのが、現実なんだけど。
「ただの迷惑になる行為だっていうのは、重々承知なんだけどさ」
「…けど、やるって決めたんでしょ。なら精々頑張ればいいんじゃない?」
「幸ちゃん…」
「アンタの長所はそういう所なんだろうし、悩む前に突進すれば」
「突進って、…私はイノシシじゃないんだけどなぁ」
「似たようなものでしょ。深く考えずに行動すること、ないわけじゃないじゃん」
はい。仰る通りです。私とのつき合いも短いのに、よくわかっていらっしゃる。
ボソッと零すと、アンタは比較的わかりやすいって言われました。追い打ちかけられました。そっすか、そっすね。
「ほら、それさっさと仕上げて次のやつに取り掛かって」
「はーい」
次は指、刺したりしないでよね。
幸ちゃんの当然すぎる指摘に、私は苦笑を浮かべて頷くことしかできなかった。