願うことしかできない
秋組の公演初日までもう少し。今日も今日とて、メンバーは朝も夜もみっちり稽古中だったりします。
衣装もバッチリ完成したし、フライヤーもできた。初めて真剣に撮った写真はいい出来だったようで、珍しく左京さんにもいいじゃねぇか、と褒められてしまった。珍しすぎて思わず後退りながら驚いたら、頭に拳骨一発。何も殴ることないと思うんですけどね…いや、悪いのは私だってわかってるけど。
少し前の出来事を思い出しながらおにぎりを握り終え、山盛りにおにぎりを積み重ねたお皿を載せたトレーと、飲み物が入ったビニール袋を持って稽古中のレッスン室へ顔を出した。お、ちょうど休憩中かな?
「あっはるチャン!」
「うわ、すごい量だな。トレー持つよ」
「ありがと、臣くん。というわけで、そろそろお腹が空く頃かなーと思って差し入れっす」
「東雲、飲み物あるか?」
「ありますよ。スポドリもお茶も持ってきました」
いづみさんにも飲み物と、ラップで包んで別にしておいたおにぎりを渡す。本人はただ座ってるだけだから、って苦笑いしてたけど、全体のバランスとか個々の演技とか、色々と頭を使うと思うんだよね。本番も近くなってきてピリピリしてきているだろうから、雰囲気を保つのも大変だと思うし。頭を酷使すればその分のエネルギーも出ていくから、自然とお腹も空くってものだ。動き回っている彼ら程じゃないだろうと思って、小さめのおにぎりにしたんだけどね。
そして山盛りのおにぎりは食べ盛りの高校生が3人いるおかげか、みるみるうちになくなっていきます。想像以上にペース早くてビックリだけど、今回もアクション満載みたいだからお腹空くんだろうなぁ。なくなる前に2つほど、別で持ってきていた紙皿に載せて、ビニール袋からスポドリを1本取り出して目的の人物の元へ。
―――コツン、
「!…はる」
「お疲れ。はい、飲み物と食料。ちゃんと補給しとかないと、体もたないよ?」
「ああ、サンキュ」
彼は僅かに表情を緩ませ、差し出した紙皿とスポドリを受け取った。そのままレッスン室を後にしても良かったんだけど、大皿を放置していくわけにもいかないからね。それにまだ休憩中だし、もう少しだけなら居座っても問題ないかなーって思ってそのまま臣くんの隣に腰を下ろした。
そっと彼の横顔を盗み見ると、その視線はわいわいとおにぎりを頬張る太一くん達に向いていた。慈しんでいるような、羨んでいるような…何とも表現しがたい色を宿して。たくさんの感情がごっちゃになっているような、そんな気がしたの。
「…大丈夫、なんて言葉は陳腐かもしれないし、何の根拠もないけどさ」
「うん?」
「臣くんにならできるよ。…ううん、臣くんにしかできない」
「!」
「私がとやかく言えたことじゃないけど、でも―――辛いことや悲しいことばかりじゃ、なかったから」
私だって臣くんと同じ。過去に蓋をして、目を背けてきていると思う。それは現在進行形だ。…けれど、この寮に来てちょっとだけわかったことがある。今の私を形成しているのは、色んな出来事だってこと。それは那智くんのことだって、那智くんと過ごした日々だって例外じゃない。きっと臣くんにとっても、そうだったと思うから。
「ま、というわけでとりあえずおにぎりは食べなさい」
「むぐ、……だからって突っ込むことはないだろ。何も繋がってないし」
「多少の無理強いは必要でしょ?」
「はぁ…無理強いしてる自覚はあるのか」
そりゃあるよ。臣くんの顔見れば、今はそこまで食べたくないってことくらいわかるし。多分、お腹が空いてないわけじゃないんだろうけど(コイツのアクションシーン結構あるし)、色々と思い悩んでいるみたいなのでそれで食欲が刺激されてないんだと思う。考え込んでる時って不思議とお腹空かないものだし。逆に解決すると、一気にお腹空くんだから人間の体って面白いよねー。
「皆、食べ終わった?もう少ししたら稽古再開するからね!」
「じゃあ私はお暇しよっかな」
「はるチャン差し入れありがとうッス」
「いえいえ。ここまで綺麗に食べてもらえると、こちらこそありがとうだよ」
綺麗になった大皿と、余った飲み物が入ったビニール袋を持ってレッスン室を出た。
その数日後―――学校やら用事やらでほとんどのメンバーが出払っていたので、ここぞとばかりにお菓子作りに勤しんでいたら…フラッと現れた十座くんにおかしな質問をされた。
「なぁ、俺はそんなに似ているのか?」
「…はい?」
急に似ているのか、って聞かれても、何のことなんだが私にはさっぱりだよ?!言葉が足りなさすぎるよ、君は…。
溜息交じりに詳しく説明しなさい、と言えば、少し前に街で『リョウ』と名乗る男と臣くんが話している現場に出くわしたそうだ。その男がビックリした顔で十座くんのことを『那智さん』って呼んだんだって。臣くんにかけられた言葉とか、話している様子とか内容から昔の知り合いだってことがわかったから私にそう聞いてきたみたい。アイツと私が幼なじみだっていうのは、寮に住む全員が知っていることだから。
そういえば、太一くんといづみさんも商店街近くでリョウくんに声をかけられた、って言ってたっけ。その時は臣くんがMANKAIカンパニーに所属しているのか、って聞いてきただけだったらしいけど、もしかしてそれを確認する為に臣くんを捜していたのかな。旗揚げ公演もやっているし、フライヤーだって配ってる。天鵞絨町に変わらず住んでいるのであれば、風の噂でアイツの名前を聞くことだってあるだろう。
「質問の答えだけど、…私もね?初めて十座くんを見た時、ちょっとビックリした」
「似てるのか」
「そう、だね…一瞬、見間違いそうにはなるかな」
もしかして、臣くんが十座くんにはついお菓子を作りたくなるのは…那智くんへの思いがあるからなんだろうか。後悔があるからなんだろうか。全くないとは、言い切れそうになかった。
「アンタも、…臣さんと同じなんだな」
「え?」
「過去を思い出したくないって顔してる」
「……」
「でもそんなアンタを作ってるのも、その過去があったからだろう。遥さん」
思わぬ言葉にビックリして、伏せていた顔を思いっきり上げた。視線の先には那智くんに似ているようで、でも似ていない―――兵頭十座という、私より年下のくせにしっかりとした意思を持っている男が立っている。真っ直ぐな瞳が私を見つめていて、まるで射貫こうとしているような鋭さを含んでいた。
「ふ、…あははっうん、そうなんだよねぇ」
「…なんで笑う」
「同じようなことに、最近気がついたから。やっぱりそうなんだなぁっていうやつ?」
「ああ…そういえば、臣さんも似たようなことをアンタに言われたとか言ってたな。なんだ、遥さんの中ではもう答えが出てんじゃねぇか」
「答えが出ていても乗り越えられていないんじゃ、あんまり意味ないと思わない?」
「そうでもねぇだろ。気がつけていないのと、気がつけていることじゃまるっきり意味が変わる」
アンタも、臣さんも。それに気がつけてんなら、あとは自分次第なんじゃねぇの?
高校生とは思えない大人な発言に、今度こそ目をまん丸にせざるを得なかった。すっごいな、この子…こうも的確に突いてくるとは思わないでしょ誰も。これは絶対に臣くんもビックリしたんだろうなぁ。
でも翻弄されてばっかりじゃ悔しくって、粗熱をとったクッキーを十座くんの口に突っ込んで、これまた粗熱をとったマフィンをその手にのせた。
「…アンタも菓子作り、好きなんだな」
「料理は割と好きだよ、臣くんには敵わないけどね。…色々諭してくれたお礼」
「大したことはしてねぇ。…けど、美味いっす」
「それは良かった。まだまだあるから、皆で食べてね」
「どれだけ作ったんだ…」
言葉には若干の呆れが出ているけれど、目がキラキラしているよ十座くん。聞いてはいたけど、本当に好きなんだなぁ。甘いもの。
クスリ、と笑みを零し、美味しそうにマフィンにかじりつく彼の背中にありがとう、と音にはしないまま投げかけた。