宵闇に溶ける
何となく眠れなくって課題に勤しんでいたら、外からバイクの音が聞こえた気がした。こんな夜更けにバイクの音なんて、ここに移り住んできて初めてだなぁなんて考えながらカーテンを開けると、見慣れたバイクと見慣れた人物がそこにはいて。
ドクリ、と心臓が跳ねた。
だって、なんで、どうして…?!いても立ってもいられなくて夜更けだってことも忘れて、階段を駆け下り、玄関を開けた―――けれど、見えたのは走り去るバイクの背中だけ。声をかける間もなく、どんどん小さくなっていく。
チラッとしか見えなかったけど、あれは確かに臣くんのバイクで…臣くんと、太一くんの姿だった。
(なんでこんな夜更けに…?)
それも初日が近づいている大事な時期に。2人は主演と準主演だ、それをわかっていないわけでも忘れているわけでもないだろうに。何か―――考えがあるのだろうか。太一くんも臣くんの様子がおかしいことに気がついていたみたいだし、それもあって2人で出かけたとか有り得ない話じゃないよなぁ。
臣くん達がいつ帰ってくるかはわからない、わからないけど、このまま部屋に戻っても寝れそうにないし落ち着くこともできないだろうし?こうなったらとことん起きていることにしよう。…心配なのも、あるし。帰ってきたら一番におかえりって言ってあげられるように。
そうと決まれば、さっきまでやってた課題を持ってきて談話室で続きをやろう。寝不足になるなぁ、とかそんなのは、今はどうでもいいや。
「ん、…」
いつの間にか眠っていたらしい。重い瞼を開けると、窓の外は明るくなり始めていた。しまった…こんな時間じゃ、もう臣くん達は帰ってきてるんじゃないだろうか。おかえりって言うつもりだったのになぁ。うーん、と伸びをして、ダイニングテーブルの上に広げていた資料やら何やらをまとめ、スリープモードになっていたパソコンをシャットダウンした。
さて、これを部屋に置いてきて朝食の準備をしちゃおうかな…今から寝ると完全に寝坊しそうだし。ぐるぐると固まっている肩を回して解していると、バイクの音がした。回していた腕はピタッと動きを止め、まるで泥棒であるかのように息を殺して外の音や気配を探る。そして玄関が開く音がした瞬間―――私は談話室を飛び出した。
―――ガチャッ
「……っ!」
「え?はる…?」
「はるチャン?!」
私の姿を見た瞬間、臣くんと太一くんはビックリした顔をした。そりゃ、普段ならまだ誰も起きていない時間だ。それこそ朝食当番でない限り、起きていないであろう早朝ですから。だからこそ、何で起きてんの?って顔にもなったんだろうし。
でも起きてる理由を言うつもりもないし、聞かれても適当にはぐらかせる自信もあるから問題ないのです。とにかく、当初の目的を無事に果たせそうでホッとしていたりする。
「おかえり!臣くん、太一くん」
「!…ああ、ただいま」
「ただいまッス!」
いなくなってしまったらどうしようと思った。帰ってこなかったらどうしようと思った。そんなことはないって、絶対に帰ってきてくれるって信じていたし、疑うことなんてしたくないけれど。
でもバイクの音を聞いた瞬間、走り去っていく背中を見た瞬間―――あの日のことがフラッシュバックした。那智くんが亡くなったと聞いて、臣くんが怪我をしたと聞いて、目の前が真っ白になったあの日のことはこの先もずっと、一生忘れないと思う。
それが一番の理由だったんだろう、起きていたかったのは。一番におかえりを言いたかった、なんてそんなのはこじつけだ。本当は、本当の理由は…臣くんが、無事な姿を確認するまで生きた心地がしなかったから。でも当の本人は割とケロッとした顔をしているし、更に言えばどこかスッキリしたような印象を受ける。太一くんも嬉しそうに、楽しそうに臣くんとのタンデム楽しかったッス!って言ってるし。
(…ああ、そうか)
少しずつ、少しずつ、臣くんは前に進み始めてるんだ。逃げていた過去に、忘れ去りたかったであろう過去に、彼なりに向き合おうとしているんだ。十座くんの言葉がきっかけかもしれない、太一くんと出かけたことがきっかけかもしれない。どっちがきっかけかは本人にしかわからないことだけれど、1つだけハッキリしたことがある。
やっぱり私には―――何も、できなかったんだってこと。
「はる?どうかしたのか、ボーッとしてるぞ」
「…何でもない。ちょっとお腹空いてきただけ」
「すぐ朝食作るよ。着替えておいで」
「―――うん」
私は、…アンタに何をしてあげられる?