誰よりも緊張していたんだ


ついに新生秋組、第二回公演『異邦人』が初日を迎えた。
結局、昨日は涙が止まることはなく逃げるようにして劇場を後にした。舞台は最後までちゃんと見たし、いづみさんに帰る旨を伝えてから出てきたから驚かれてもいないはずだ。臣くん辺りは気にしていたかもしれないけれど、本番前日のせいか問い質されることもなく本日を迎えました。
そして私は、早朝から朝食づくりやら客席と舞台の掃除やらフライヤーとパンフレットの設置やらで、バタバタと動き回っています。でも正直、忙しいくらいがちょうど良かったりする。思いっきり泣いたせいで気分が高揚していたのか、昨日はほとんど寝れてないし、今日は今日で心臓が痛い程にバクバクいってるし!動き回って気を紛らわせていないと、緊張でどうにかなりそうなんだ。

(何で役者じゃない私がド緊張してるんだろう…)

ちょっと遠い目になりそうになる。本当、ただの裏方でしかないのに何で役者ばりに緊張してるのか自分のことながらさっぱりだ。緊張する要素なんてひとつもないはずなのに、…しいて言えば、臣くんのことなんだろうか。でもなー昨日の通し稽古を見て、アイツはもう大丈夫だって確信できたから何の心配もないんだよね。むしろ、自分の情けなさに落ち込んだというか…きっとあの溢れ出た涙は、臣くんへの安堵の気持ちと自分の情けなさに対するものだったんだと思う。あと僅かな淋しさ、かな。
吹っ切れた臣くんを見て、何だか置いていかれてしまうような気がしたんだ。もう二度と、アイツの隣に立つことができなくなるんじゃないかって。バカだなぁって自分でも思うけど、そう感じちゃったんだから仕方ない。泣いた分、スッキリしてはいるんだけどさ。でもこの…何ていうか、モヤモヤした何とも言えない感情はどうにもできない気がしている。


「遥、眉間にシワ。何でアンタがそんな顔してんの」
「ふふっ秋組の皆の方がリラックスしてるように見えるね」
「いや、その、…ううう」
「はるチャン緊張してるッスか?」
「何で遥ちゃんが緊張するんだよ…出ねぇだろ」


うん、そうなの。万里くんの言う通りなんだけどね?正にその通りなんだけどね?!でも緊張してるんだから仕方ないじゃん。
なのでさっきから自分でも驚く程の仏頂面で十座くんのメイクをしております。ごめんね、こんな顔してて。多分、彼は微塵も気にしてないと思うけれども。それでも何となく、心の中で謝っておく。うん。


「はい、OKだよ。十座くん」
「あざっす」
「次は太一くんおいでー」
「あ、はいッス!」


ストン、と私の前に腰を下ろした太一くんは、すでに衣装に着替えていて準備万端だった。…って、全員準備万端に決まってるじゃんねぇ?もう本番直前だっつーの。本当ダメダメだな、私。
ええっと、…集中しよう。メイクに集中!今回はグロスはいらないかな、この前はフライヤーの撮影だったからグロスも塗ったけど。今回は舞台だし、設定やキャラを優先させなくちゃいけないもの。『ゼロ』にグロスは必要ないもんね。


「うー…」
「なに唸ってんのよ、君」
「撮影の時も思ったッスけど、距離が近いんすよ〜!」
「仕方ないでしょ、メイクしてるんだから。…あ、コラ。下を向くんじゃないってば」


クイッと太一くんの顎を上げると、一気に顔を真っ赤にしちゃいました。この子。わぁ、めっちゃ照れられてるなぁこれは。さっきまで何とも思ってなかったのに、こんな真っ赤になられちゃうと私まで恥ずかしくなってきちゃう。かと言って、適当にメイクをするわけにもいかないのでしっかりやりますけれども。
まぁ、メイクっていっても男の子だからドーランを塗るくらいなんだけどね。撮影の時はファンデーションを使ったけど、舞台演劇で使うのはドーランの方が一般的かな。女性は多分、舞台演劇でもファンデーションを使うのだろうけれど。ムラがないようにスポンジで伸ばし、塗り残しや変に厚くなっている所がないかを確認すれば終わりです。


「よし、次は髪だね。痛かったら言ってね」
「はいッス」


『ゼロ』は女の子。太一くんは男の子だけど、今回演じるのは女の子です。なのでカツラが必須!しっかり固定しておかないと演じている最中にとれちゃう、とかそんなアクシデントが起こりかねません。そうなったら舞台は台無しになっちゃうし、観客のモチベーションも役者のモチベーションも落ちちゃうから。そうならない為にも、やりすぎじゃね?ってくらいに念を入れておかないとね。
痛い思いをしないように、慎重にピンを挿しいれ止めていく。このくらいで大丈夫かなぁ。ちょっと頭振ってみて、と言うと、まるで水で濡れた犬のように頭を左右にブンブン振ってくれた。よし、しっかり止まってるみたいだね。最後に頭を振ったことで乱れた髪を櫛でとかし、きちんと整えれば可愛らしい『ゼロ』の完成であります!
…ほんと、こうして見ると女の子みたいだなぁ。太一くん。肌も高校生なだけあってスベスベもちもちだし、若いってすごい。だけど、じーっと体全体を見るとやっぱり肩とか足腰はしっかりしてる。男の子にしては細いのかもしれないけど、足だって筋肉ついてるもんね。うん、女の子の格好をしていて可愛いけれど太一くんはやっぱり男の子だ。


「はる、太一が困ってるからあんまり凝視してやるなよ」
「え?あ、ごめん」
「うう、はるチャンがさっきから俺っちをいじめる…!」
「いやいや、人聞きの悪いこと言わないでよ」


いじめてないよ。ただちょっと好奇心に負けて観察してただけで。素直にそう言うと、太一くんは顔を真っ赤にしたまま目が真剣すぎるんすよー!!とプリプリ怒っていらっしゃる。可愛い。


「可愛いなぁ、弟に欲しい」
「もー!またそうやって子供扱い…!」
「東雲!本番前に七尾で遊ぶんじゃねぇ!!」
「はーい」


遊んでるつもりはないし、本気も本気だったんだけど左京さんの雷が落ちるのは避けたいので大人しく引くことにした。確かに左京さんの言う通り、今は本番前の大事な時間だからね。でも太一くんのおかげでちょっとだけ自分のペースってものを取り戻せた気がするなぁ。多分、今なら眉間のシワとれてると思います。
あ、そろそろ私も受付の方に行かないと…受付開始時刻までもう少し時間あるけど、ギリギリに行くのは良くないし。今回の公演も売れ行きは好調で、千秋楽に至っては満席御礼です。


―――コンコン、

「失礼しまーす。すんません、東雲さんいます?」
「はいはーい。ここにいるよ」
「メイク終わりました?監督がちょっと早いけど、受付開始したいらしくって」
「なんだ、何かあったのか?」
「あー…思ったより受付開始前に多くの人が劇場前に集まってるらしいんすよ」


成程。周りに迷惑をかけない為に、受付を早めに開始するってことか。まぁ、受付と開場を少し早めても開演時刻は繰り上げないだろうけどさ。そんなの役者の負担になっちゃうもん。


「んじゃいってきます。期待してるんで、頑張ってくださいね」
「ったりめーだろ」
「っす」
「…ふん」
「頑張るッスー!」
「任せてくれ」


じゃあね、と片手を振り、綴くんと一緒に楽屋を後にした。
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