やっぱり泣くんだね
たくさんの問題を抱えていたはずの、秋組第二回公演は気がつけば千秋楽まで走り抜け、無事にその幕を下ろした。主演を務めた臣くんも、準主演を務めた太一くんも舞台上の挨拶で嬉しそうに、そしてホッとしたように笑っていたのがとても印象的。良かった、と私も人知れず息を吐いた。
(初日の、那智くんのご両親とリョウくんの言葉も…きっと臣くんの力になったんだろうな)
いづみさんが臣くんにも内緒で那智くんのご両親に連絡を取っていたことには驚いたけど、でも結果的に観に来てくれて喜んでくれていたそう。私は受付でお会いして、少しだけ言葉を交わしただけで…楽屋にまでは行かなかったんだけどね。
いづみさんには那智くんのご両親とリョウくんを案内する時に、一緒においでよって言われたんだけど邪魔をするのは野暮かな、って躊躇しちゃって。知らない人達ではないし、楽屋にはもちろん臣くん以外のメンバーも揃っていたわけだから私が行っても問題はなかっただろうってことはわかってるんだけどなぁ。
「あーっ!はるチャン見つけたッス!!」
ぼんやりと初日のことを思い返していたら、無理矢理に現実に引き戻された。うわ、ビックリした…今の声は太一くんか?パチパチと瞬きを繰り返し、隣にいた綴くんに手元危ないっす、って言われてようやく自分が料理をしていたことも思い出す。
あ、そうだ。千秋楽が幕を下ろしてすぐ、私は綴くんと一緒に夕飯の準備の為に寮へ戻ってきたんだっけ。もちろん、いづみさんには事前に許可をもらってます。片付けに参加しないわけだからね、勝手に帰ってくるわけにはいかないんですよ。…あ、また思考が飛んでた。太一くんに名前呼ばれてたんじゃん。
「おかえり、太一くん。公演、お疲れ様」
「ただいまッス!ありがと!―――じゃなくてっ!」
「うわ、美味そう。これ、遥ちゃんと綴が作ったのか?」
「そうそう。公演終わってすぐ戻ってきて作ってた。もう大体出来上がってるんで、座ってくれ」
「もー!万チャン!俺っちの話の腰折らないでよー!!」
「なんだよ太一。さっきからずっとそんな感じじゃねぇか」
怒られた万里くんは珍しくきょとん、とした表情で太一くんを見つめている。でも空腹には勝てなかったようで軽くあしらって、席に着いた。それにしても太一くんは私に何か用事があったんじゃないだろうか?臣くんに宥められて、まだ若干頬を膨らませているものの…大人しく腰を下ろしていらっしゃる。
まぁ、用事があるならまた食後にでも声をかけてくれるかな。今はとりあえず、食事の準備を終わらせなくちゃね。
「なにか手伝うよ」
「主役を演じた人間がなに言ってるの。いつも忙しく動き回ってるんだから、今日くらい大人しく座ってなさい」
「いや、でもはると綴だって同じだろ?」
「同じじゃないの!大丈夫だから戻って、戻って」
本当なら彼の背中を押して席に無理矢理座らせたい所なのだけれど、今はからあげを揚げている最中なので離れるわけにもいかない。なので、少々強い言葉で追い返そうとすれば案の定、臣くんは困ったような笑みを浮かべていた。うん、そんな顔をするだろうなぁとは思っていたけれど…「じゃあこれ運んでくれる?」と言いかけた言葉をグッと飲み込んで、視線をパチパチと音をたてているからあげへと戻した。
「…伏見さん、伏見さん」
「ん?」
「東雲さんね、忙しなく動いてないと泣きそうになってマズイんですって」
「あっちょ、綴くん?!」
「じゃあ舞台が終わってすぐに戻った理由もそれッスか?綴クン」
「そういうこと」
一気に顔が熱くなった。火をつけているコンロの前にいるからっていうのもあるけど、これは確実に違う理由だ。あーもう、言わないでって念押ししたのに綴くんのバカ…!!!
「仕方ないでしょ?!色々、…何か感極まったんだもん」
「ふふ、寮に戻ってきた時も目がうるうるしてたもんね」
「あ、東さん…!」
「あれはすでに泣いた後だろう」
「丞さんまでなに言ってんの?!」
何で皆して暴露するのかな!もう少し隠したいって私の気持ちも尊重してくれてもいいと思うんだけど。恥ずかしくて仕方なくなって、わらわらとキッチンに集まってきていたメンバーにいいからさっさと席に着けー!と半ば八つ当たり染みた声を上げた。
もちろん、皆にはそれが照れ隠しだってバレちゃってあんまり効果なかったけど。だってクスクス笑いながら席に着いたからね、この人達。隣で料理している綴くんも肩を震わせて笑ってるし。元はと言えば、君が暴露したのがきっかけだからね?!
「綴くん一生恨んでやる」
「物騒なこと言わないでください。これ、運んで大丈夫っすか?」
「うん、これで全部かな…あとは様子見ながら追加作ってく感じ」
「了解っす」
綴くんが大量のからあげを盛りつけた大皿を運び終えるのと同時に、いただきますの大合唱。相変わらず育ち盛りの食べ盛りが多い此処では、料理のなくなるスピードがケタ違いに早いなぁ。それを想定して仕込みをしてあるから、多分足りるとは思うんだけど…ちょっと心配にはなるよね。
足りなかったらどうしよう…デザートも用意してあるものの、甘いものが得意じゃない子もいるからなぁ。もう使わないであろう器具達を洗いながら、その時のことを考えると苦笑が浮かぶ。ま、いいや。その時はその時で考えよう。うん。
(これを洗い終えたらからあげの追加を揚げて、ピザも焼いた方が良さそうかな…至さんが好きって話、聞いたし)
これからの段取りをぼんやりと思い浮かべていると、ちょうどいいのか悪いのかわかんないけど綴くんがからあげ足りないっすね、と苦笑交じりに呟いた。え、マジか。さっき配膳したばっかじゃなかった?それはさすがにないだろ、と視線を上げてみると、あ、マジだ。あれだけの山が大分減っている。
恐るべし成長期の男子の食欲…!!ほんっと臣くんと綴くんといづみさんってすごいわ、よくこの人数の料理を交代でとはいえ毎日作ってるよね。私、今日だけで音を上げそうです。これからは積極的に手伝おう。そう心に決めました。
「綴くん、遥さん!片付けはオレと椋くんでやるので、ご飯食べてください」
「え、でも…」
「お2人共、ずっと動き回ってるじゃないですか!ご飯をしっかり食べないと倒れちゃいます」
「あー…追加も作り終わったし、任せちゃってもいいんじゃないっすか?東雲さん」
「…じゃあお願いしようかな。油の入った鍋はそのままにしておいてね、それだけは私が片付けるから」
「わかりました!」
咲也くんと椋くん、W天使に言われてしまったら頷くしかないよね。はい、座ってください!と咲也くんに背中を押され、私達はようやく席に着いた。
どうやら追加を作っている間に大半のメンバーは食べ終わったらしく、ダイニングテーブルに残っているのは極僅か。秋組の面々は誰もいないので、恐らく一番風呂だろう。千秋楽を無事に迎えたんだもん、そりゃあ一番最初に入るよね。
少し冷めているからあげを口に放り込みながら、そんなことを考えていた。あ、我ながらからあげは上出来じゃないか。
「東雲」
「はい?何ですか、左京さん」
私と綴くんの食事が終わり、咲也くんと椋くんの片付けも終盤に差し掛かった頃。お風呂から上がったらしい左京さんに声をかけられた。他のメンバーはまだお風呂、なのかな…一緒じゃないみたい。そして声をかけてきた左京さんはというと、スタスタとキッチンへ向かっていってしまった。
え、ねぇ何か用事があって声をかけたんじゃないの?この人…!思わずポカン、としていると、目の前にズイッと缶チューハイが差し出された。飲め、ってこと?
「メシは?」
「さっき食べ終わりましたけど…」
「酒は飲めんだろ?」
「はい、まぁ…成人しましたし」
「ならつき合え」
はい?!私、これから油の入った鍋の片付けが…!って、もう聞いちゃいねぇな左京さんってば。さっさと談話室出て行っちゃったし。
缶チューハイ片手にどうするよ、と項垂れていると、見兼ねた綴くんが俺が片づけときますから行ってください、と言ってくれました。申し訳ない、非常に申し訳ないけど左京さんを放っておくのはめちゃくちゃ怖いのでお言葉に甘えることにします。本当にごめん、今度何かお礼をしますので!そして左京さんにも綴くんに謝ってもらおう。こうなった原因はあの人だ。
談話室を出る前にもう一度、綴くんに謝罪の言葉を、咲也くんと椋くんにはお礼の言葉を述べて左京さんを追いかけた。…でもあの人、一体どこへ向かったんだ?自分の部屋ってことは絶対ないだろうし、そうなると中庭か2階のバルコニーだ。とりあえずバルコニーから行ってみよう。数打ちゃ当たるってやつ。
「あ、ビンゴ」
「遅ェぞ」
「あのね左京さん…私、油の入った鍋を片づける予定だったんですよ。それを綴くんにお願いしてきたんです」
「…そうか、それは悪いことをしたな。皆木にも」
「本当ですよ。…で?何で急に酒盛りに誘われたんです?私」
2階のバルコニーに左京さんはいた。設置されているアンティーク調の椅子に腰を下ろし、すでにビールを煽っている。そんな彼に文句を言いつつも隣に座り、さっき渡された缶チューハイのプルタブを開けた。お酒なんて久しぶりに飲むな…新歓以来じゃないか?
一向に彼から返答がないので、思考はもうあっちゃこっちゃ飛んでいる。今日の舞台はすごかったなとか、食後のデザートを出し忘れたなとか、どうでもいいことまで頭の中をぐるぐる回っている始末。しまいには明日の朝ご飯は何を作ろう、ってことに発展した所で、ようやく左京さんの声が耳に届いた。缶チューハイを煽りながら、視線だけで先を促す。年上にすることじゃないけどね、ちょっとくらい大目に見て。
「恨んでるか」
「主語がない問いかけは感心しませんよー」
「はぁ…口の減らねぇガキだな」
「口くらい達者にならないと生き辛いでしょう?…今回の秋組の舞台に関して、ですか?」
そう口にすれば左京さんは一瞬だけ、驚いた表情を浮かべた。それもすぐに引っ込んでしまったけれど。
「なんだ、わかってるんじゃねぇか」
「そのくらいしか心当たりないっすもん。…何でそんなこと聞くんです?」
「お前は―――…読み合わせが始まった頃から、ずっと不安そうな顔をしてただろう」
「あら、気が付いていらっしゃったんです?」
「気が付かねぇとでも思ったか」
いや、まぁ…幸ちゃんと万里くんにも心配されてたし、案外筒抜けになってんなーと思ってはいましたけどね。なんだ、左京さんも周りをよく見てるんじゃないか。それもそうか、そうじゃなくちゃ臣くんに主演をやれって言ったりすることもないもんね。
周りをよく見ていた結果、そうするのが一番いいって思ったんだろう。どうしてそれを、私が恨んでいると思ったんだろうか。それは見当違いもいいとこってやつですよ。
「恨みなんかしませんよ。確かに心配してましたけど、結果として良かったと思ってるし…感謝しています」
「感謝、ねぇ…」
「私が言う言葉じゃないのはわかってますけどね。でも幼なじみとして、…その言葉が一番適切かなって」
「…そうか」
ありがとうございました、と頭を下げると、左京さんは私の頭を軽く撫でてそのまま中へと戻ってしまった。話は終了、ってことかな。きっとビールも飲み干してしまったのだろう。1人になってしまったバルコニーで、まだ残っている缶チューハイを口にする。さわさわと風の音だけが響く空間はとても静かで、居心地がいい。賑やかなのも好きだけど、私は静かな方が性に合っているのかもしれない。家が静かだったからなのかなぁ…。
また一口チューハイを飲みながら、まるで噛み砕くかのように左京さんの言葉を反芻する。恨んではいない、それは本当だ。だってどうして私が左京さんを恨まなくちゃいけないの。それが最善だと思ったんだろうに。そもそも私は臣くんじゃないし、カンパニーの一員とはいえ役者ではないのです。だからそれぞれの配役に口出しする権利なんて、これっぽっちも持っていない。それは当人達と脚本家である綴くん、そして総監督のいづみさんだけに許されていることだと思うから。
「きっと、…臣くんの夢も、君の追いかけた夢も…満開に咲くよね?」
―――ねぇ、那智くん。