君の心にいるのは誰だ
風呂から上がって談話室に顔を出すと、そこにいるだろうと思っていた人物の姿が見えなかった。部屋に戻ったのか?けど、いつもは風呂に入るまで談話室でテレビを見ていたり、誰かと話していたはずなんだが…近くにいた綴にはるがどこに行ったのか聞いてみると、少し前に左京さんに連れられて談話室を出ていった、と教えてくれた。缶チューハイと缶ビールを持っていたから、寮内のどこかだとは思うけど、とも。
酒を持っていったんなら…バルコニーか中庭だろうか。教えてくれた礼を述べて、俺はすぐに談話室を後にした。先に2階のバルコニーに行ってみよう、と階段に足を向けると、缶ビール片手に下りてくる左京さんと出くわした。どうやら俺の勘は当たっていたらしい。
「左京さん1人ですか?」
「…東雲ならまだバルコニーにいるはずだ」
「そうですか、ありがとうございます」
部屋に戻るという左京さんと別れ、バルコニーへ足を向けると確かにそこにはあの人が言っていた通りはるの姿があった。テーブルの上には飲みかけの缶チューハイ、椅子の上で体育座りしているアイツは俺に気が付くこともなく、ぼんやりと空を見上げている。
冷えるからそろそろ中に入れ、と声をかけようとした時、はるが―――那智の名を、呼んだ。
side:臣
少し前のことを思い出していると、カントクが不思議そうな声で俺の名前を呼んだ。危ない、また沈んでいたのか…きょとん、とした顔で見上げているカントクに何でもないよ、と告げてまた歩き出す。
今日はかなり久しぶりに那智の墓参りに来ていた。世話になりっぱなしのカントクも一緒に。ここで那智の両親と会った後から、何となく行き辛くなってしまってずっと来ていなかった。でも今なら、大丈夫だって思えたんだ。胸を張って色んな話が、報告ができるってそう思ったから。
本当ははるにも声をかけるつもりだったんだが、ここ最近はすれ違いになることが多くてな。それに、…『異邦人』の千秋楽を迎えた日以来、どこか避けちまっている自分がいる。どうしてなのか、理由がわからなくて俺自身も首を傾げちまうんだが。
ケンカをしたわけでもない、ただ―――あの日、はるの口から零れ落ちた那智の名前を聞いてから、何かが変だ。
でも具体的に何がおかしいのかというと…こう、上手く言葉にできなくてただただ眉間にシワが寄るばかり。同室の太一にもどうしたのか、と言われる始末だ。何でもないよ、と誤魔化すのもいい加減、難しくなってきている。けれど、説明のしようがない状況なんだよなぁ。本当に。
「あれ?臣くん、お花と煙草が供えてあるけど…ご両親かな?」
「いや、あの人達は煙草なんて供えたりしないだろ―――あ、」
「心当たりあった?あ、リョウくんとか!」
「あ、ああ、いや…」
―――違う。
この花と煙草の銘柄、前に見た記憶がある。那智の両親と墓で偶然会った時、アイツが…はるが、持っていたものだ。花ははるが選んだもので、煙草は生前に那智が持ち歩いていた銘柄。煙草の銘柄くらいならヴォルフの奴らも知ってるだろうけど、この花ははる以外に有り得ないと断言できた。…そうか、来たんだな。
そういえば那智の両親に、はるは月命日に欠かさず墓参りに来てくれているみたいだって聞いたっけ。俺が行けなくなってからもずっと、アイツはこうやって花と煙草を供えて、…改めてその事実を認識した瞬間、ストンと何かが落ちた。納得できた気がした。あの日、那智の名前を呼んでいた理由も。
はるは、…那智が好きだったんだな。
「これ、多分供えたのははるだ」
「遥ちゃん?…あ、そっか。2人は幼なじみだもんね」
「ああ」
カントクの声が、言葉が聞こえているようで聞こえていない。意識はずっと、那智の墓前に供えられた花と煙草に向けられていて…胸が痛い。
これはきっと、はるから大事な奴を奪っちまったことへの―――罪悪感による痛みだ。