好きなものは大好きだ!と大声で


今日の講義は3限だけ。そう、それだけの為に大学に来たのに…まさかの教授の体調不良で休講です。おい、ここまで来て休講?マジで休講なの?!
何度掲示板を凝視しても休講、の文字に変わりはない。消えたりしないし、講義名が変わるわけでもない。つまり、本当の本当に休講だということです。…マジか、ツイてない。

(えー…今日はお店も休みだし、サークルもないし、何もすることないんですけど)

急ぎの課題もないし、というか現在出されている課題はゼロです。なので、真っ新。思わず掲示板の前で途方に暮れたよね…どうしよう。
課題が出てれば下調べと称して時間を潰すことができるんだけど、それも無理。大人しく家に帰るか?いやでも、こんな短時間で帰るのは何か負けた気がして悔しい。誰と勝負してんだ、って話だけど。


「…はる?」
「あ、臣くんだ」
「掲示板の前で何をしてるんだ」
「今日唯一の講義が休講になっちゃって…途方に暮れてたの」


これ、と真顔で指差した私に苦笑した臣くんは、暇なのかと一言呟いた。その通りなのでこくり、と頷きだけを返す。


「今日はお店も休みだし、課題も出てないし、サークルもないし…」
「家に帰ってゆっくりするのは嫌なのか?貴重な休みだろ」
「何かもう動いてないと落ち着かなくって」
「…そういえば、昔からはるはそうだったな」


昔のことを思い出したのか、臣くんはははっと笑みを浮かべている。見慣れたそれに私も自然と笑みが零れてしまう。やっぱり臣くんの笑顔、好きだなぁ。見ていて幸せな気分になる。彼の隣は心地いい。
それは幼い頃から、それこそ恋心を抱く前から変わらない事実だった。だから成人した今になっても、隣を誰かに譲ることができないでいる。それもあって臣くんが劇団に入って、寮に移り住んだことが淋しかったりするんだけど…彼の隣にいるのが、私ではなくなってしまうから。
でも劇団に役者として入るつもりは毛頭ないから、どうしようもないんだけどさ。救いなのはいづみさん以外に女の子がいないことだ。役者さんで女の子がいたら、それはもう平常心ではいられない。本人どころか誰にも妬いてます、なんて言えない現状なんだけどね。私達の関係は。


「よし。3限が終わるまで図書館で時間を潰しててくれ」
「え?」
「あとこれ、預かっててくれるか?」
「あ、はい。…え、臣くん?!」
「俺も3限を受ければ終わりだから、買い物でも行こう」


大事なカメラを私に預け、彼は3限の授業を受けるべく行ってしまった。あとで迎えに行くから、とだけ残して。うーわぁー、まるでつき合ってるみたいな言い方するなぁ。昔から思ってたけど、臣くんって天然人タラシだと思うんだよね。
高校時代はちょっと…あの、やんちゃしてたからアレだけど、今は大分丸くなって人当たりもいい。元々、世話焼きな性格してるし優しいから、やんちゃする前だってもちろんモテまくってた。今だってあの性格と笑顔が幸いし、友達も多いし、隠れファンクラブもあるくらい。告白もよくされてるらしいんだけど、今の所、全部断ってるみたい。
臣くんに彼女ができたら、今みたいに気軽に話したりとか出かけたりとか、できなくなるんだろうな。それは淋しいなぁと思う以前に、誰にも取られたくないなぁという醜い感情がひょっこり顔を出しそうだ。…ふう、変なことを考え始める前に図書館に移動して、本の世界に潜り込もう。集中しちゃえばそんなことを考えたりしない、絶対しない。

3限が始まるチャイムの音を聞きながら図書館に足を踏み入れると、あまり人の数は多くはなくゆっくりと過ごせそうな気配。空いていれば必ず座っている窓際の席にジャケットを置き、カバンとカメラは持ったまま本探しの旅に出る。
今日は何を読もうか。レシピ本?戯曲?それとも小説?ああ、でもこの前教授がオススメしていたエッセイ本なんかもアリか…時間は90分。1冊、読み切れるかどうかといった所かね。
読むの早くないし、バーッと読んでも内容が頭に入ってこないし。それでは読んでいる意味がなくなってしまう。うーん、と考えている間に、私の足は自然と戯曲の本が置いてある棚へと向いていたらしい。そして最初に目に入ったのは、『ロミオとジュリエット』。シェイクスピアの有名な作品です。
そういえば、MANKAIカンパニー春組の最初の公演はこれをアレンジしたものだったっけ。あれはビックリしたけど、すっごく面白かったなぁ。よし、今日はあの公演を思い出しながらこれを読むことにしよう。





「あ、東雲さん」


黙々と本を読んでいると、小さな声で名前を呼ばれた。本に向けていた視線を上げると、そこには皆木くんが立っていた。
手にはたくさんの資料と思われる紙束と、ファイルを持っている。課題かな、大変そう。


「こんにちは、皆木くん。講義はないの?」
「っす。3限は空きなんです。メシ食って、ここで作業しようと思って…あ、向かいに座ってもいいっすか?」
「うん、どうぞどうぞ」


図書館は基本的に私語厳禁なんだけど、この席は受付のカウンターからは離れているし、一番奥だから見えることもない。そして周りに人がいなければ、小声で少し喋る分には問題ない―――と、私は思っているけれど、あんまりしちゃダメなんだよね。本当は。
向かいの席に荷物を置き、腰を下ろした皆木くんは私が机の上に置いている本や、開いている本を見て、口をあ。と開けた。ん?何か気になることでもあったのかな?


「ロミジュリ…」
「ああ…うん、何を読もうか探してたら偶然見つけて。春組の公演を思い出しちゃったから、読んでたの」
「そうなんすね。………え、東雲さん、観に来てたんですか…?!」
「あれ、言ってなかった?………あ、言ってないね」


そうだ。観に行っていることを知っているのは、多分いづみさんだけだ。臣くんにだってこの前、初めて観に行っていたことを話したくらいだし。そっかそっか、そりゃー皆木くんも驚くわけだよね。
ふふっと笑みを零して、読書を再開させようとしたらあの…と声を掛けられた、かなりおずおずと。もう一度、顔を上げれば真剣な顔をしている皆木くんと目が合い、思わず首を傾げてしまう。


「なに?」
「あのっ…どう、でした?春組の、」
「『ロミオとジュリアス』?」
「…っす」
「面白かったよ。アレンジも大胆で、でも元々の大筋はそのままで…それぞれのキャラも面白かったな」


アレンジでこんなにも面白くなるとは思わなかった。素直に感想を言えば、皆木くんは顔を赤く染めてそうっすか、と呟いたっきり、俯いてしまった。
耳まで真っ赤だけど、大丈夫かな…これ、私、マズった?内心、おろおろし始めていると彼は机に突っ伏して良かった〜、と安堵の息を吐いている。ん?良かった、ってなにが?


「公演は大成功だったし、評判も…多分、悪くなかったんです。でも東雲さんに感想もらって、改めてホッとしたっていうか」
「面白いよ、MANKAIカンパニーの脚本はどれも。台本のコピーが欲しくなるくらい」


すごい才能だよね、皆木くんは。そう言ったら彼の顔はさっき以上に赤くなって、口をパクパクと開閉させている。それはまるで餌を求める金魚のように。それが何だか面白くて吹き出してしまう。
だけどここは図書館だから声を出して笑うことはできなくて、ひたすらに声を押し殺して笑っていると「そこまで笑わなくてもいいじゃないっすか」と若干、拗ねた声が耳に届いた。
あ、拗ねてる。皆木くんが拗ねてる!何か可愛い!涙を拭いながらごめん、と謝罪してみるけれど、ジトッと睨まれちゃいました。あれだ、まだ笑ってるからだね。十中八九。


「ふふっ…でもどれも嘘じゃないよ、私、MANKAIカンパニーの作る演劇が大好き」
「…っすか」
「次はまた春組でしょ?楽しみにしてるね」
「頑張ります。つーか、次の公演は東雲さんも手伝いに来てくれるんすよね?」
「うん。手伝いといっても、公演前日から千秋楽まで、って感じになると思うけど」


その他は行ければ行く、必要とされれば行くってスタンス。公演中はMANKAIカンパニーを優先するけど、それ以外の日はごめん、自分のことを優先することが多いと思う。それはいづみさんと左京さんにすでに話してあるし、了承ももらってる。
ただ人手が足りないから、なるべく手伝ってくれると助かると控え目に言われてはいるけれど。まぁ、確かに大変だよなぁ…裏方の数が足りていないと。衣装も夏組の役者でもある瑠璃川くんという、とても可愛い男の子が担当しているらしいし。


「あれ?伏見さん?」
「綴?―――ああ、はると一緒だったのか」


いつの間にか3限は終わっていたらしい。話し込んでて気がつかなかった…でもゆっくり皆木くんと話せたし、色々聞けたのは嬉しかったかも。
黙々と本を読んでいる時間も楽しかったけど、やっぱり誰かと話をしている時間も楽しいな。


「お疲れ様、臣くん」
「ああ。カメラ、ありがとな」
「ううん。待ってて、これ借りてくるから」
「じゃあ外で待ってるよ」
「わかった!じゃあ、皆木くんまたね」
「っす」


途中まで読んでいた『ロミオとジュリエット』。このまま返すのは何だかもったいなくて、最後まで読もうと思ったのは…春組の演目だったのと、皆木くんと話をしていたからなんだろう。
- 8 -
prevbacknext
TOP