君の心が見えない、わからない


「はる、おはよう」
「…おはよ、臣くん」


談話室のドアを開けて、何ら変わらぬ様子で朝食を作り、挨拶をしてきた我が幼なじみを見た瞬間に頭を抱えてしゃがみ込みたくなった。いや、しないけど。したら変な目で見られるのがわかりきってるし。だって今はまだ、7時を少し過ぎた頃。会社勤めの至さんも、高校生組も談話室で朝食を食べている時間だもん。何してんの、って目を向けられるに決まってるよね。だから何とか堪えたけど、…それでも溜息をつきたくなってしまう。どうして臣くんは、何でもない顔ができるんだろう。

(そんなの決まってるか、あれは…ただの気の迷いだから気にする必要もない)

一缶とはいえ、互いにお酒を飲んでいたから酔った勢いってやつなんだろう。それに臣くんには好きな人がいる。私のことはただの幼なじみとしか思っていないはずだから。そうわかっているつもりでも、どうしたってモヤモヤした胸の内は晴れることがない。
忘れてしまえばいいんだ、何かこう…動物に噛まれたんだってことにして。あの出来事は綺麗サッパリ忘れて、臣くんへの恋情も捨ててしまえればいいのに。簡単に捨ててしまえることができたのなら、今こんなに悩んでなんていないんだけどさ。


「…はる?」
「えっあ、ごめん。なに?」
「コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「あー、じゃあ紅茶。ミルクティーでお願いしてもいい?」
「わかった。少し待ってろ」


ホットサンドとサラダが載せられたプレートを置き、爽やかな笑顔を浮かべてキッチンへと戻っていった臣くん。ほんっと憎らしいくらいにいつも通りだなこの野郎…!!気にしている私がバカみたいじゃないか。いや、実際に気にしているのも狼狽えてるのも私だけなんだけどさ。
ああもう、昨日からずっと同じことがグルグル回ってる。どうにかしないとなー、この無限ループ。零れそうになった溜息を飲み込み、熱々のホットサンドに噛り付く。あ、ハムとチーズだ。素朴だけど美味しいんだよね、この組み合わせ。トーストでもよくやる。黙々と食べていると時間になったのか、至さんと高校生組がいってきまーすと談話室を後にしていく。


「真澄くん!早く行かないと遅刻しちゃうよ」
「…うるさい」
「毎日大変だねぇ、咲也くんも。…で?万里くんは何でのんびりしてるんだい?」
「んー?俺は今日やすみ、―――いって!」
「なーに言ってんの。君もいってらっしゃい」
「…へーへー」


悠々とコーヒーを飲んでいる万里くんの後頭部をベシッと叩くと、ダルそうに立ち上がりゆったりとした動きで談話室を出ていった。…ほんと、あの2人を引きずって登校してる咲也くんは大変だ。
真澄くんって確か2年生だよね?寮に来る前とかどうしてたんだろ。そして咲也くんが卒業したらどうするんだろ…この寮にいる限り、学校をサボることは許してくれなさそうだけど。


「ごちそうさま」
「ああ、皿はそのままでいいぞ。はるももう行くんだろ?」
「うん。ありがと」


相手が気にしていないことをいつまでも気にしたって仕方ないことなんだけど、でもやっぱり何でもない顔して接してくる幼なじみに腹は立つ。そりゃあ、あれが事故だったとかそういうのだったら私だって忘れよう!って思うけど、あれはそうじゃない。酔っ払った勢いとはいえ、お互いの意識はハッキリしてたし、意思もあった―――と思う。だからこそ、お前も忘れてくれなんて態度でいる臣くんに腹が立つのかもしれない。人の気持ちも知らないで、って。
いや、何も言ってないんだから知らないのも当然なんだけど……ダメだ、こんなの堂々巡りにしかならない。本当に忘れてしまって、何食わぬ顔で接するのが一番いいのかもしれない。そう思うと急に悲しくなって、声を上げて泣き出したい気分になる。


「―――…臣くんの、バカ」


言葉と一緒に流れ落ちた雫は、見ないフリ。臣くんがそういう態度なら、私も忘れてやるなんて…強気な態度に出られたらいいのに。
全てを振り払うかのように、私は駅へと走り出した。
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