幼なじみじゃなければ、良かったのに
サークル活動に、山のように出されている課題に、そしてあの日のこと。色々と重なって私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。でもサークルや課題に追われているから、寮に帰るのが遅くなる言い訳になるのは…ちょっと、ほんのちょっとだけラッキーだなとか思っていたりする。寮に帰れば絶対、臣くんと顔を合わせなくちゃいけないから。
向こうは何とも思っていないだろうけど、私はそう簡単に割り切れない。好きだから、どうしようもないくらい好きだから意識しちゃうし、幼なじみ以上に思われていない現実を見なくちゃいけないのは…今の私には、辛すぎた。だから忙しい現状にうんざりしつつも、感謝している部分もあるのです。
「あ、東雲さん」
「綴くん。君もお昼?食堂使うなんて珍しいね」
「弁当はありますよ。あっちの席、温かくて好きなんす」
「ああ、確かに日当たり良さそうだね」
あっち、と綴くんが指差した席は、大きな窓から燦燦と陽の光が降り注いでいて確かに温かそう。夏は御免被りたいけど、肌寒くなってきた今の季節ならちょうどいいよね。うん。ボケーッとそのまま窓際の席を眺めてたら、一緒に食いません?と彼はにっこり笑ってお弁当を掲げた。
ねぇ、それどう見て1人分にしては多くない?いや、綴くんもよく食べる子だってことは知ってるけど…それにしたって、お昼からこんなに食べるの?え?いつもそうだったっけ?
「伏見さんに託されました。食わせてくれ、って」
「臣くんに…?」
「ほら、東雲さん忙しくて朝も早くに出て行っちゃうじゃないっすか」
まぁ…確かに臣くんと顔合わせるのが気まずくて、割と早い時間に出てるけど。でもそれと臣くんお手製のお弁当がどう結びつくの?疑問が顔に出てしまっているらしく、綴くんは笑いながらとりあえず座りましょっか、と私の手を引いた。
「東雲さんって忙しくなると、メシが疎かになるんですって?心配してましたよ」
「う…」
「特に昼と夜は携帯食で済ませてると思うから、ってこれ」
「ああそうですか…」
「席取ってからLIMEしようと思ってたら、偶然会えてラッキーでした」
そして広げられたお弁当は、私の好きなものが詰められていてちょっと泣きそうになった。一口食べればもっと泣きそうになって、心の中ででっかく臣くんのバーカ!!と叫んでみる。そうでもしないと心の平穏が保てません、先生。
…でも久しぶりに臣くんの作った食事、食べた気がする。いや、夜食にっておにぎりが置いてあることはよくあったけどさ。ここまでちゃんとしたもの、っていうと、うん、やっぱり久しぶりだよね。…美味しい。
もそもそと食べていると、向かいの席に座っている綴くんがホッとしたように息を吐いてようやく箸をつけた。なんだよ、そんなに信用ないのか私。出されたものはしっかり食べますよ、体調悪いわけでもないんだし。今日は寮で夕食を食べようかな、とか思っていると、テーブルの上に置いておいたスマホがヴヴッと震えた。LIME?それも東さんからだ。
「……え?」
「どうかしたんすか?」
「東さんから今日、飲みに行かない?ってメッセージきた」
「へぇ?珍しいっすね。でも気分転換になるんじゃないっすか?」
「東さんにも同じこと言われてる」
なに?寮にいる時の私、そんなに顔に出てる?ボロを出さないように気をつけてたつもりなんだけど。とりあえず、せっかくのお誘いだし飲みたい気分でもあるし、行きますって返信しておこう。
スマホを操作しながら、寮を出る前に確認しておいた今日の夕食当番を思い出す。今日は確かー…目の前にいる綴くん、だったよね。
「というわけですので、私と東さんの夕飯はなしで大丈夫だよ」
「了解っす。皆にも言っときますんで」
「うん、よろしく」
多分、いづみさんには東さんが言ってると思うけど。それで皆に広がるとは思うけど。
「遥、こっちだよ」
「あっ遅くなってすみません!」
「大丈夫だよ。さ、おいで」
講義を終え、約束の時間まで大分空いてたから課題をやってたら盛大に遅刻した。遅れることはちゃんとLIMEしておいたけど、もう出だしから気分転換云々の問題じゃないよ…ほんっとーにすみません、東さん…!
そして案内されたのはとてもオシャレなバーだった。絶対、友達とは来るはずのないくらいにオシャレで高そう。もしかして東さんの行きつけだったりするのかな、此処。慣れた感じで歩いていく彼の後ろ姿を見て、そんなことを思う。でもこの人は居酒屋っていうより、確かにバーのイメージだよなぁ。ワインとかめちゃくちゃ似合うもん。
「うおお、個室…!」
「ふふっ本当は水槽があるカウンターがオススメなんだけど、こっちの方が落ち着けるでしょう?」
「いや、どっちにしろオシャレすぎて落ち着きません…うわ、カクテルの種類多い…」
「そう?このくらい普通じゃないかな。どれが飲みたい?」
うーん。お酒は嫌いじゃないけど、詳しくはないんだよね。飲み会で行くのは専ら居酒屋だから、ずっとサワー飲んでるし。カクテルだけでこんなにも数があるのは初めて見たかも。
どうしよう、どれがいいのだろうか…ってか、知らない名前ばっかりで全く味の想像もできないです。困りに困ってチラッと東さんに視線を向けると、にっこり笑って飲みやすさでいうならこの辺りだよ、と教えてくれた。
「遥は普段、カクテルとか飲まないの?」
「飲み会で行くのは居酒屋ばっかりですからねぇ…サワーが多いです。たまにビール」
「意外と飲める方?」
「…そこそこ?」
弱くはないと思っている。思っているけれども、一回だけやらかしたことがあってそれ以来は適度な所でやめるように心掛けているのです。だから多分、弱くはないけど強くもないっていうのが正しいのではないだろうか。
やがて運ばれてきたカクテルに口をつけると、甘くてあんまりお酒っぽい感じはしない。うん、美味しい。チビチビと飲み進め、東さんセレクトのおつまみを食べ、そして話に花が咲く。主に話しているのは私だけど。聞いてはいたけれど、東さんは聞き上手です。本当に。
「それで!きっキスしてきたんですよ!好きな人いるはずなのに!!」
「うん」
「もちろん気まずくなるじゃないですか、顔見れなくなるじゃないですか。それなのにアイツは何でもないような顔してるし…気にしてる私がバカみたいじゃない〜〜〜」
「遥、一回お水飲もうか」
「んん〜…嫌です、今日はとことん飲みます」
全てを臣くんのせいにして、残っていたカクテルを一気に飲み干した。グラスをダンッと置いて、次のカクテルを頼んで…あれ?私、何杯飲んだんだろう。空いたグラスは店員さんが片付けてしまっているから、もうわからない。でもふわふわしてるからそこそこ飲んだんだろうな。けれどまだ飲み足りない。運ばれてきたカクテルをグイグイ飲みながら、私はまた口を開いた。
臣くんの名前は出していない。幼なじみっていう単語も出していない。他の人が聞けば、大学の友人なのだろう、と推測すると思う。でもきっと、東さんは何となくわかっているような気がする。飲みに誘ってくれたのも、寮で話を聞くのは私が嫌がるかもしれないと思ったんだろうなぁ。ほら、臣くんがいるから。
「遥はその人のことが好きなんだね」
「好き、もうめっちゃ好きです」
「ちゃんと話してみればいいのに。その相手は話を聞いてくれないような人なの?」
「…ちゃんと、向き合ってくれる人です」
「それなら一度、相手と話してみることも考えることをオススメするよ」
東さんの言う通り、それも選択肢のひとつなのだ。というか、それが一番手っ取り早いってこともちゃんとわかってる。わかっていないわけじゃ、ないんです。私だって。でもどうしたって怖くて、できないでいる。
だって臣くんの口から、臣くんの言葉で真実を告げられてしまったら、今度こそ私は立ち直れなくて逃げてしまう。それこそ今回の比ではないと思うんです。
「現実を見たくない…真実なんて、知りたくないです…」
ぐらり、と視界が揺れる。東さんが珍しく驚いた顔をしていたけれど、どうしたんですかなんて聞く元気は残っていなかった。
「…誰がどう見ても、臣は遥のことを想っているんだけどなぁ」