つかず離れず
本を借りた後、図書館を出るとすぐ近くに設置されているベンチに臣くんが座っていた。待たせてごめんね、と駆け寄ると、待たせたのはこっちだろ?と優しい笑み。そのまま頭をぽんぽんと撫でられて気恥ずかしくなる…でも、臣くんにされるのは嫌じゃないから困るんだ。
同い年なんだから子供扱いしないで、と言いたいのに、本気で嫌だと思ったことが一度もないから何も言えなくなっちゃうのよね。臣くんが達観してるというか、周りの友人達に比べると大分落ち着いてるからなのかなぁ。こう、包容力があって安心してしまうのは。
「臣くんって昔から、私の頭撫でるよね」
「ん?そうだったか?」
「そうだよ。事あるごとに撫でてくるじゃない」
「嫌ならやめるよ」
「……嫌じゃないから困ってるんだよな〜」
ずっと思っていたことを言葉にすると、ふはっと臣くんは吹き出した。そしてくつくつと喉を鳴らして笑い始めた。時々、彼の笑いのツボがわからない。今のどこに笑う要素があったんだろう。
「ははっ嫌じゃないなら撫でさせてくれ」
「いいけど、…子供扱いとか、妹扱いはしないでよね」
「はるに対してそんな扱いしたことないけどな」
劇団に入って弟が増えた気分ではあるけど、とまた臣くんは楽しそうに笑う。そういえば劇団の子達って、年下のが多かったんだっけ。年上っぽいのは冬組と、春組の茅ヶ崎さんと、秋組の左京さんくらい?あ、いづみさんも年上か、そこまで離れてるわけじゃないけど。
皆木くんは私達の後輩だし、太一くんとこの前会った摂津くんも高校生だった。他の子達も舞台を観た感じだと高校生が大多数の気がする。うん。その中で生活していれば、弟が増えた気分になっても不思議じゃないかも。元々、臣くんは世話好きだしね。
「でもちょっと羨ましい、兄弟とか」
「お前は一人っ子だもんな」
「うん。今の家族構成に不満は全然ないけど、臣くんの家に遊びに行ったりすると賑やかで楽しかったから」
「ああ、そうだ。監督が今度、夕食食いに来いって」
「え?」
「何でも全員、しっかり紹介したいんだって。この前会ったのは一部だけだっただろ?」
ああ…説明を受けに行った日のことか。確かに会ったのは元々知り合いだった太一くんと皆木くんと臣くんと、それから摂津くんと左京さんだけだ。他の団員さんには一切遭遇せず、だった。まだ学校から帰ってきてなかったり、バイトや仕事をしていて不在だったり。手伝うことも決まったことだし、改めてしっかり顔合わせをしたいらしい。特に次の公演が控えている春組の子達とは。
臣くん曰く、いづみさんがこっちはいつでも構わないから都合のいい日を連絡して、と言っていたそうな。うん、伝言ありがとうって気持ちはあるんだけど、いづみさん、私の連絡先知ってるでしょう…直接連絡くれれば良かったのに。確かに臣くんとは同じ大学だけど、学部が違うからほとんど会わないんだもん。
「とりあえずわかったよ。お店のスケジュールとか、全部確認して連絡しとく」
「ああ、頼む」
舞台の上ではない団員さん達は、果たしてどんな感じなんだろう。そこまでイメージが変わることはないだろうけど、冬組に関しては舞台設定のせいもあってかなり大人なイメージしかない。秋組も硬派なイメージだけど、臣くんがほんわかしてるし…見た目によらない、っていうのは本当だと思う。
摂津くんと一緒に主演を務めていた、ええっと…兵頭くん、だっけ。あの子とか、どんな感じなのかとても気になるなぁ。見た目は硬派というか、強面というか、人が寄りつかなそうな感じだったけど。そんなことを考えていると、ふふっと笑みが零れてしまった。突然笑い出したから、当然、隣を歩いていた臣くんは不思議そうな顔をしている。
「他の団員さん達はどんな感じなのか、会うのが楽しみだなぁと思って」
「個性が強いけど、悪い奴らじゃないぞ。はるならすぐに打ち解けるんじゃないか?」
「そうかな?だといいんだけど。…ね、どこ行こうか」
「特に決めていたわけじゃないんだよな。希望は?」
「じゃあ駅前のクレープ屋さんがいいな。評判なんだって」
少し前、駅前に新しくクレープ屋さんができた。帰りにいつも食べたいな、と思うんだけど、学校帰りの高校生達が行列を作っていて泣く泣く諦めていたのだ。1人で行列に並ぶのはちょっとね、淋しいものがあるんだもの。でも臣くんと帰りが一緒になることなんてそうそうないし、友人達もサークルやらバイトやらでやっぱり帰りが一緒になることは少ない。最近は特に。
だからできたばかりのクレープ屋さんに行く機会なんてなかったのです。でも今日は臣くんが一緒だし、まだ学校帰りの高校生でごった返しになっている恐れもないだろう。つまり、食べるなら今日がチャンスというわけです!
「じゃあ行くか、混み始める前に」
「うん!楽しみだな、ずっと食べたかったんだよね」
「そういうことなら声かけてくれれば良かったのに」
「臣くんは劇団にサークルに忙しいじゃない。何か気が引けちゃって…」
「幼なじみなんだ、変な遠慮はするなよ」
遠慮をしているつもりはないんだけど、もう成人したいい大人だ。それなのに恋人でもない臣くんを、私のわがままにつき合わせるのは如何なものか、と最近はよく考えてしまう。小さい頃からずっと一緒で、家族のようなものでも…元は赤の他人。ただ家が隣で、親同士の交流もあって、その延長線上で臣くんと仲良くなっただけに過ぎない。
家が隣じゃなかったら、今頃、彼の隣にいたのは私じゃなかったんだから。…あ、また思考が変な方向にトリップしてる。このクセどうにかしないとなぁ。どうせならポジティブな思考になってくれればいいのに。
「お前からの連絡なら、いつだって大歓迎だ」
「…臣くんの人タラシ」
「おいおい、ひどい言い草だな」
照れ隠しの為に彼の腕を一発、叩いておいた。もちろん、ダメージなんてこれっぽっちもなかったみたいだけどね。そうだよね、知ってた!
この人、昔からこんなにストレートに言う人だったっけ…?思い返してみるけれど、やっぱり思い出せなかった。思い出したのはケンカが滅法強いこと、家族思いなこと、仲間思いなことくらい。さっきみたいな言動は全く思い出すことができません。私が忘れ去ってるだけかなぁ…そしてそんな深い意味はないんだろうな、臣くんにとって。
きっとさっきの言葉の最初には『幼なじみの』がつくんだと思うし。いいポジションだと思うけど、相手に恋心を抱いてしまっているとただの大きな壁にしかならない。
「そんな都合のいいこと言ったら、本当に夜中でも連絡するからね!」
「ははっいいよ」
「臣くんのそういう所、きらーい」
嘘。好き。でもそんな言葉を冗談でも言えるはずもなく、私はそっぽを向いた。
「はる」
「あ、ありがと」
渡されたのはたっぷりの生クリームと、チョコレートソース、そしていちごがトッピングされているクレープ。とても美味しそうで笑顔全開で受け取れば、相変わらず甘いものが好きなんだな、と笑いながら隣に腰掛ける。
そんな彼の手に握られていたのはコーヒーだけ。クレープは買わなかったのか、と問えば、一口もらうからいいだってさ。…ね、わかってる?それ、恋人同士がやることだからね?じわじわと恥ずかしさが込み上げてきて、ひたすら無言でクレープに噛り付くしかない。あ、評判なだけあって美味しい。
「美味しい…!臣くんも買えば良かったのに」
「お前が他の味も食べてみたかっただけだろ」
「うん、当たりー」
「全く…いつでもつき合ってやるから、また来よう」
そう言って笑う幼なじみは、控えめに言ってもカッコイイ。惚れた弱みみたいなのもあるんだろうけど、コーヒーを飲む姿でさえカッコイイってどういうことなんだコラ。昔はもっと、可愛かったような気もするんだけど…成長期に入ってからはカッコ良くなる一方で、元々好きだったのにもっともっと好きになってしまって、本気で頭を抱えたくなったこともある。
好きになったきっかけなんて覚えていない。でもきっと、幼い頃から臣くんはずーっと特別だったんだ。
(ヴォルフに入った後も傍にいたのは、好きだったっていうのもあるんだろうなぁ)
多少、意地のようなものもあったと思うけど。それくらいで離れていくような奴と一緒にするな、的な。おかげでメンタルは大分鍛えられたし、ちょっとやそっとなことでは驚かなくもなりました。
彼の親友はそんな私を見て残念な子になっちゃって、と泣き真似をしていた記憶があるけど。そんな彼に臣くんが俺のせいかよ、と不貞腐れていたこともあったなぁ。あれはとてつもなく可愛かった。うん。
「臣くん、これ食べてていいからコーヒーちょうだい」
「はいはい」
「ありがと。…ん、ブラック?」
「クレープのお供ならちょうどいいだろ?あ、美味い」
穏やかに、ゆっくりと、彼との時間が過ぎていく。