いい加減に覚悟を決めろ


小学生の頃って遠足や旅行の前日は楽しみすぎて寝れなかった。成長すればきっとそういうのはなくなるものだ、と思っていたんだよね。現にあの頃ほど寝れないーってなることはなくなったし。…だったんだけど、昨日は久しぶりにドキドキして眠れないって体験をしましたよね。この歳になってそんな体験をすることになるとは、これっぽっちも思っていなかったのですが。それだけ緊張してるってことなんだろうけど…前日からその状態って、私、臣くんに会ったら爆発するんじゃないの?

今日は朝早くから幸ちゃんにコーディネートのお手伝いと、髪のセットまでやってもらいました。メイクはさすがに自分でやったけど。これでも公演の時は皆のメイクしてるんだもの、そのくらいは自分でできます!髪のセットもできなくはないんだけど、イマイチ自分に合う髪型がわからなかったからお願いしちゃったんだ。元々、アドバイスはもらおうと思ってたし。
そして今は、駅前でド緊張しながら臣くんを待っている状態です。何故、一緒に来なかったのかと言いますと―――単純に私が恥ずかしかったから、LIMEで先に行くね!ってメッセージを送って寮を飛び出してきたのだ。いや、別に幼なじみだから一緒に出かけた所で何も言われないと思うんだけど…なんだろ、気持ちの問題?


「はる!」
「あ、…臣くん」
「お待たせ。行くか」
「うっうん…!」


あ、マズイ。声が上擦った。緊張してるのモロバレじゃん、これ!案の定、臣くんは歩き出そうとした足を止めて私の顔をじっと見下ろしている。最後の悪あがきで視線を逸らしてみたけど、やっぱり遅かったみたい。彼は吹き出してくつくつ笑ってる。ううう、何が面白いってんだこの野郎…!くそぅ、本気で泣きたくなってきたぞ。


「可愛い。2人で出かけるのなんて初めてじゃないだろ?」
「そう、だけど…」
「…うん、でもちょっと嬉しいな。意識してもらえて」
「きっ…?!」
「はるの気持ちはわかってるつもりだけど、二度と逃げようなんて思わせないくらい攻めてやるから」
「せっ…?!」
「だから今日一日、覚悟しとけ」


固まる私の手をさり気ない仕草で掴み、そのまま歩き出す。とても、それはもうとても嬉しそうに。好きな人が嬉しそうなのも、楽しそうなのも嬉しいけど…これはちょっと、恥ずかしくて本気で死ねる気がしてきた。こんなこと普通に言うんだ、臣くんって…!
顔がめっちゃ熱い。仕返しをしてやりたい、と思うけど、した所で返り討ちにされる未来が目に見えてるから止めておこう。そんなことを考えるよりきっと、今日を楽しんだ方が絶対に得だ。この後のことを考えると、今から吐きそうだけど。


「その服、」
「え?」
「見たことない気がする」
「あ、うん。この間、幸ちゃんが選んでくれたの」
「そうだったのか。よく似合ってる、そういう格好もっとすればいいのに」


今日の私が着ているのは、前に幸ちゃんが選んでくれた白のブラウスとレースアップスカート。そして一目惚れして買ったジャケット。気に入って買ったはいいものの、結局、大学へ行く時はいつも通りラフな格好が多くて着てなかったんだよね。せっかく買ったのにもったいない!って怒られて、今日の服はそれになりました。


「…ほんと臣くんって恥ずかしげもなくそういうこと言うよね…勘違いされちゃうよ?」
「はは。でもお前にしか言わないぞ?」
「っ…ズルイ、嫌い」
「嫌いは傷つくなぁ」


嫌いじゃない。大好きだよ。でもまだそれをきちんと言葉にはできなくて、繋いでいる手にギュッと力を込めた。臣くんにはきっと、私の真意は伝わってないと思うけど。それでもこっちを振り返って笑ってくれたから、少なくとも嫌いは嘘だよってことは伝わったのかもしれない。元は言わなきゃいいんだけどね、嫌いって。わかってるんだけどなんか、からかわれてるわけじゃないんだけどさー悔しくなるじゃん。私ばっかり翻弄されてて。少しくらい、臣くんも狼狽えたりすればいいんだって思っちゃう。
それが『嫌い』って言葉になって出てきちゃうんだけど、狼狽えられたこと…ないかも。口では傷つくなぁって言うんだけど、いつだって笑みが浮かんでいて。まるで最初から私が本気で言ってないことをわかっているみたいだ。…いや、聡いコイツのことだ。私のことなんてお見通しなのかもしれない。


「はる、チケット」
「ありがと……あっお金!」
「もらいものだからいいよ」
「えええ…」
「たまたま見に行きたかった写真展のチケットをもらったんだ」


確かに見に行きたい、とは言っていたけど…そんな偶然が重なるものだろうか。でも臣くんが所属しているサークルは写真部だし、そういうことがよくあるのかもしれない。もしそれが彼のついた嘘なのだとしても、暴いてしまうのは野暮なことなのかもしれないな。
あらゆる言葉を飲み込んで、受け取ったチケットを受付に差し出した。半券をもぎ取られたそれを再度受け取り、中に入ればたくさんの写真が飾られている。青、赤、ピンク…様々な色を宿した写真は、素直に綺麗だと思った。時間を忘れて見入ってしまう。


「…綺麗」
「ああ。すごいな、こんな写真が撮れるなんて」


臣くんは大学で偶然、この写真展のポスターを見たんだそうだ。その美しさに目を奪われて、本物を見たいって思ったんだって。その証拠に一枚一枚を大事に見ている臣くんの目は、キラキラと輝いております。可愛いなこの野郎。いつもはカッコイイクセに、好きなことをしている時・見ている時はちょっとだけ幼くなるんだ。その瞬間を知っているのはきっと、私だけ。劇団員だって知らないコイツの一面だと思ってる。幼なじみの、私だけの特権。それはいつだって、ちょっとだけ優越感。


「あ、臣くんポストカード売ってる」
「へぇ…こんなのもあるんだな」
「美術展でもよく見るよ、絵画とかのポストカード」
「ああ、確かに。記念に買っていくか」
「私も買おうかな、あの水の中の写真のやつ」
「あれか。確かに綺麗だった」


というわけで、私は水の中の写真のポストカード。臣くんは夕焼けの写真と、私が買ったのと同じ水の中の写真のポストカードを。それを宝物のように大事にカバンの中にしまい、私達は写真展を後にした。
ふっと腕時計を見てみると、何ともうお昼近くになっていた。此処に着いたのが10時過ぎだったから…少なく見積もっても、1時間半は此処にいたことになる。いや、時間忘れそうだなぁとは思ってたけどマジか。でもそれ以上に素敵で、綺麗なものをたくさん見れたからいいのかな。さて、いい時間だしそろそろお昼かなぁ。


「腹は?」
「もうペコペコです!」
「じゃあ食べに行こう。こっちだ」


大通りから少し外れた所に、臣くんがLIMEで言っていたランチが美味しいお店があるらしい。何でも写真展のことを調べている時に偶然見つけたんだとか。そして辿り着いたのはこじんまりとした、でも何だか可愛い感じのお店。ちょうどお昼の時間だからかお客さんは多いけど、まだギリギリ席は空いていたみたいで待つことなく案内されました。
わ、内装も可愛い感じ…そりゃ女性客が大半を占めるわけだよね。男性もちらほらといるけど、やっぱり恋人同士だったり家族連れだったり…男性だけで来ているお客さんはいないなぁ。まぁ、でも確かにこのお店の外観や内装の感じを見ると、女性の間で話題になりそうだとは思う。うん。
キョロキョロとしていると、臣くんにメニューを渡された。あ、そうだよね、何にするのか選ばないとだよね。受け取ったメニューを開くと、ランチタイムの間はランチメニューのみの提供らしい。ええっと、メインと前菜…あとドリンクとデザートが選べるんだ。へー、これで1000円って安いなぁ。


「どれも美味しそうで迷う…!」
「普段は即決なクセに」
「こういうのは迷うって!あ、ハンバーグ美味しそう」
「2つまでに絞れたら教えてくれ。片方頼むから」


そう言って臣くんは微笑んだ。


「…それじゃあ臣くんが食べたいもの食べられないじゃない」
「ん?そうでもないぞ。実際、どれも美味そうだしな。はるもそう言ってただろ?」
「言ったけど!」
「今日はとことん攻めるって決めた、甘やかすって決めたんだ」
「うっ…」
「お、赤くなった」


楽しそうに笑うから、私は堪らずメニューで顔を隠した。隠した所で赤くなった顔はとっくに見られてるし、何の意味もないんだけど!でもこれ以上、臣くんの笑顔を直視できる自信はなかったからこれで正解なんだと思う。というか、正解だと思っていないとやっていられない気がする。
とりあえず何にするか決めないと…!何かも段々と働かなくなっている頭でハンバーグのランチセットを頼み、臣くんは私が悩んでいたもう片方であるシーフードドリアのランチセットを頼んだ。注文を済ませてしまうと、私達の間には沈黙が流れる。お店の中は賑やかだし、BGMも流れてるから決して静かではないんだけど。
あれ、いつも臣くんとどうやって話してたっけ?そもそも何を話してたっけ?何気なくしていたことが、今はわからない。緊張し過ぎて回路がショートしたみたいだ。せっかく頼んだランチは、そのせいで味なんてわかったもんじゃなかった。多分、美味しかったんだろうけど。
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