グッバイ、ナイトメア
「―――――ッ…!」
深く沈んでいたはずの意識が、一気に引き戻された。ガバッと勢い良く体を起こして周りを見てみれば、そこは見慣れた寮の一室―――宛がわれた私の部屋。それをゆっくりと理解して、ようやくホッと息を吐く。
それでも乱れた呼吸はまだ落ち着きそうにないし、パジャマ代わりのTシャツは汗でぐっしょりと濡れていて気持ちが悪い。シャワーを浴びたいけれど、こんな時間に使ったら怒られるよね…左京さんに。それに水音で皆を起こしてしまうのも忍びない。タオルで汗を拭いて、着替えるだけにしよう。
「……寝直せるのかな、これ」
ポツリと呟かれた言葉は、闇に溶けて消えていく。誰にも聞かれることなく。
着替えを終え、ベッドにぼふんっと勢い良く沈んでみたものの、眠気はどこか遠くへいってしまったらしく目は冴えに冴えている。眠くないというか、眠りたくないって感じではあるけれど。…こんな時間にキッチンを使うのはアレだけど、ホットミルクでも作ろうかな。それを飲めば少しは落ち着けるかもしれない。蜂蜜も調味料の棚にまだあったはずだし。
善は急げ、と言わんばかりに私は部屋を出て、キッチンへと足を進めた。案の定、寮内はしーんと静まり返っている。まぁ、真夜中だもんね…起きてる人と言えばゲームをしている至さんくらいかなぁ。彼の部屋にお邪魔するつもりも、声をかけるつもりも毛頭ないけれど。ゲームに集中しているあの人に声をかけるほど、バカじゃないです。怒られるのも嫌だし。
そっと顔を出した談話室にも誰もいるはずもなく、どこかホッとしながらキッチンの電気をつけた。うわ、眩しい…。
「牛乳、牛乳…」
あ、良かった。まだ十分な量が残ってる。開封していないのも1本あるし、これなら私がホットミルク作っても朝の分がないってことはないな。なくなっちゃうならコンビニに行かないと、とか思ってた所だし。さすがにこの時間に外出するのは、…誰かにバレるというか、起こしてしまう気がするので避けたいんです。
ミルクパンに1人分の牛乳を入れて火をかける。これ、ボーッとしてるとあっという間に沸騰しちゃうから気をつけないといけないんだよねぇ。何で沸騰させたらいけないのかは忘れちゃったけど、お母さんか臣くんにそう聞いた覚えがある。理由もわからないまま、いまだにそれを守っているのだけれど。でもきっと、その方が美味しいのだろうって思ってる。
「…はる?」
「ッ…お、臣くん……?!」
「何してるんだ?こんな時間に」
「臣くんこそ…真夜中だよ?」
「ちょっとレポートに苦戦しててな…ホットミルク?」
暗い談話室にひょっこり顔を出したのは、一番会いたくて、でも一番会いたくない人物だった。起きている人がいても至さんくらいだろう、と思っていたのに、どうしてこういう時に限って臣くんが起きてるの…!
うぐぐ、と内心唸りながら火を止めると、臣くんはいつの間にか距離を詰めて向かい側に立っていた。キッチンを覗き込むように。
「ちょっと、眠れなくて」
「なんだ。それならLIMEでもしてくれれば良かったのに」
「いや、この時間にLIMEするって私どれだけ非常識…」
「…それもそうか」
「臣くん、頭働いてないでしょ。もう寝たら?」
1人分のつもりで作ったから量は減るけど、でも疲れきった顔をしている臣くんを差し置いて飲むのも嫌で、彼のマグカップに少なめのホットミルクを注いで手渡した。断られるかと思ったけど、本当に頭が働いていないらしい。レポートをやっている、と言っていたにもかかわらず、入眠効果のあると言われているホットミルクをちびちびと飲み始めました。…うん、今日は寝よう。臣くん。その状態じゃ絶対、捗るものも捗らない。
「あー…うん、これ飲んだら寝るよ」
「そうして。レポートって急ぎ?」
「期限は来週なんだが、なかなか捗らなくて」
「ふぅん…珍しいね」
「ちょっと特殊な題目でな…資料を集めるのも、読み込むのも一苦労だったんだよ」
何でもさらっとやってしまう臣くんにしては、大分苦戦しているらしい。ホットミルクを飲んで、臣くんと話しているうちに気持ちは落ち着いてきたみたい。体も温まってきたし、今ならもう一度眠ることができそうかなぁ。最後の一口をグッと飲み干し、あとは洗い物だけだ〜とか考えていたらマグカップをさっと奪い取られてしまったんですが。臣くん、飲み終わったんなら寝ようよ。
ムスッとした顔でそう言っても、ホットミルクのお礼だって微笑まれてしまったらどうしようもなくって。これはもう部屋に戻れってことなのかな、って思ったら、すぐ終わるからソファに座って待っててくれだって。うん?待つの?臣くんを?それくらい全然いいけど…何でだろう。キッチンから響くミルクパンやマグカップを洗う音をBGMに、ソファに深く腰掛けた。
「はる、終わったぞ」
「うん」
「寝ようか。…一緒なら、きっと悪い夢も見ないから」
ふわり、と軽々私を抱き上げた臣くんは、背中をゆっくりとしたリズムで叩きながらそう言葉にした。
…なんだ、バレちゃってたのか。こんな時間にホットミルクを作っていた、本当の理由。
「気がついてたんだ…」
「顔色が良くなかったから、何となくな」
「…そう」
「難しいかもしれないけど、」
そういう時は、俺を呼んで。飛んでいくから。
臣くんはそう言って、私の額にキスをひとつ落とした。自分だってレポートで疲れてるくせに、こうやって他人のことばっかり気遣うんだから。でも嬉しいのも本当だったから頷きを返して、彼の首に抱きついた。