史上最高のスパイス


大学のある最寄り駅から電車に乗って1時間。電車を降りて改札を抜けると、そこには青い綺麗な海が広がっていた。
天鵞絨町は割と中心街だから近くに海はない。バイクを走らせれば、一番近い海へ行くことはできるけれど…ここまで綺麗な所じゃないもんね。夏には海水浴でよくお世話になる場所だけど。

「ええっと臣くんは…まだ、かな」

きょろり、と辺りを見渡してみるものの、捜し人の姿は何処にも見当たらない。もしかしたらもう来てるかも、と思ったんだけど、それは見当違いだったみたい。まぁ、寮から直接バイクで行くって言ってたもんね…まだかかるのかも。駅前のロータリーに設置してあるベンチに腰を下ろし、ゆっくりと待つことにした。だって待ち合わせ時間までまだ、30分近くあるんだもの。立って待っていたら疲れちゃうよ。ああ、さわさわと吹く風が気持ちいい。
何故、1時間もかけてここまで来たかと言いますと―――臣くんとデート、だったりするのです。何でもゼミの人に水族館の優待チケットをもらったんだって。でも期限間近で、しかも私達の予定が合うのが今日しかなくってさぁ…なのでかなり無理矢理ねじ込んで、強行したってわけ。でも臣くんは1日休みなんだけど、私が午前にゼミがあってねー…だったら現地集合にするか、って話になり、現在に至る。
今思えば、臣くんがバイクで来るのなら大学まで迎えに来てもらえば良かったんじゃ?って感じなんだけどさ。とはいえ、あの時2人共そんなこと頭になかったから浮かばなかったんだけれども。…でもま、こうしてゆっくりとアイツを待つ時間も悪くないかなぁって。意外と楽しいんだよね、待ってる時間も。小さい頃は待つってことができなかったけど。
ああでも、暇つぶし用の本は持ってくるべきだったかな…臣くんはあとどれくらいで着くんだろう。さすがにバイクに乗っているであろう人にLIMEなんてできないし。だけど待ち合わせ時間に遅れるってことはないだろうから、遅くても30分後には来るか。大人しく待っていよう、うん。

「……お腹、空いた」

臣くんが来たら、まずお昼にしてもらおう。水族館の中にレストランがあることは、昨日のうちにリサーチ済みなのです!可愛いメニューもいくつかあって、行きたいな〜って思ったんだよね。オムライスのライス部分がペンギンの形してたり、パンケーキが白くまを模してたりとか。椋くんや十座くんも好きそうだなって思ったのは…内緒にしておこうかな。
カンパニーの皆で来れたら騒がしいかもしれないけど、それはそれで楽しそうだと思う。わいわいと話しながら館内を回る学生組を想像して笑みを零していると、バイクのエンジン音が聞こえたような気がした。視線を上げると、エンジン音は空耳ではなかったらしく1台のバイクが近づいてきたのが見える。多分、臣くんだよね。ヘルメットをかぶっているから、顔は見えないけど。

「はる!悪い、待たせたか?」
「ううん、大丈夫」
「ならいいんだけど…とりあえず、後ろに乗って」

はい、と渡されたのは、臣くんがバイクに乗り始めてしばらく経った頃に買った私専用のヘルメット。それをかぶって臣くんの背中に抱きつけば、ゆっくりと走り出した。





「見て臣くん!ペンギン!」
「おお、すごいな…」
「昨日、ホームページで見つけたの。可愛かったから気になってて」
「こういうの好きだもんな、はる」

向かいの席で同じようにメニューを見ていたはずの臣くんは、頬杖をついてとてもとても優しい瞳でこっちを見ていて。その見ている対象が自分だと理解した瞬間、めちゃくちゃ恥ずかしくなってぶわっと顔に熱が集まっていく。こういうのも慣れたと思ったんだけど、そんなことなかった。全然なかった!耐性なんてこれっぽっちもついてなかったよ!!
慌ててメニューで顔を覆ったけど、そんなのはただの悪あがき。それこそ今更って感じで、あんまり意味は為していない。てか、臣くんにもバッチリ見られた後だし。少しだけメニューを下げて臣くんを見ると、視線は私から手元のメニューへ移っていたからちょっとだけ安心。よし、私も選ぼう。お腹空いたもん。

「はるはオムライスにするのか?」
「えっあっうん!可愛いし、美味しそうだし……ちょっと臣くん、何で笑ってるのかな?」
「いや、ごめ…ははっ慌ててる様子が可愛くてな」
「ッ……またそういうこと言う…!」
「本音だよ。本当にそう思ってるから言葉にしてる」

だ〜か〜ら〜っ…臣くんそういうとこ!そういうとこだからね本当!!
でも上手く言葉にできる自信がなくって、そのまま飲み込むしかなかった。別に…嬉しくないとか、嫌だとか、そういうことを言っているわけじゃない。そうじゃないけど…なんか、私ばっかり振り回されて、わたわた慌ててるような気がして悔しいというか。勝ち負けなんてないし、臣くんにそういう意図があるとも思っていない。多分、私自身の問題なのですよ。これは。

「臣くんって、…ズルイ」
「何度も聞いた気がする、そのセリフ」
「だって…私ばっかり余裕、ないみたいで」
「―――余裕、あるように見えるか?」

するり、と臣くんの手が、私の手に触れた。指一本一本を確かめるように触れる動きは、どこか艶めかしくて。思わずゾクゾクと背筋が震える。
コイツッ…何てことするんだ!!

「ないよ、余裕なんて。いつだって、…いっぱいいっぱいだ」
「何て触り方するのバカ…ッ!」
「だから言っただろ、余裕なんてないって」

今の触り方と余裕がないって言葉、一向に繋がりが見えてこないんですけどね?!
でもそれをツッコむ元気なんて残ってなくて、ぶすくれた顔で水を飲むくらいしかできなかった。
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