私と貴方と、時々他人


テーブルの上に並べられた料理が順調になくなっていく。私も負けじと食べている方だけれど、育ち盛り・食べ盛りの高校生男子には負ける。そのせいもあり、臣くんはゆっくり座って食べている時間が少なく、ほとんどキッチンに立っている状態だ。
皆木くんが手伝っているものの、気にせず食べてこいと彼に席に戻されてしまうもんだから、食事が始まって1時間程経った今でも1人で黙々と料理を作り続けている現状。まぁ、本人はとても楽しそうに腕を振るっているのだけれど。

(そういえば、美味しそうに食べてもらえるのが一番嬉しいんだ、とか言ってたっけ)

この寮にいる人達は皆、臣くんの作る料理を美味しいと言いながら食べているわけで。だからこそキッチンに立ち続けることも、大量の料理を作ることも苦じゃないんだろうなぁ。
一生懸命作ったものを笑顔で食べてもらえることは、臣くんにとって何にも代え難い喜びなんだと思う。本人が大変じゃないならいいか、と思ってしまう。だって私も臣くんの作る料理、大好きだし。


「キッシュが焼けたぞ」
「あっ臣くんのキッシュ!」
「うお?!ビビッた…なに?遥ちゃん、臣のキッシュ好物なの?」
「うん。初めて作ってもらったのこれだったし」


お腹が空いた、と呟いた私に臣くんが作ってくれたのは、ベーコンとほうれん草が入ったキッシュだった。少し焦げてたけど、それでもめちゃくちゃ美味しかったんだ。それ以降、何かあると作ってって強請ってた記憶がある。


「あまりに美味しくて、お嫁に来てってマジトーンで言った覚えがある」
「ああ…そんなこともあったな」


さり気ない仕草で雪白さんが小皿に取り分けてくれたキッシュを食べながら、その時のことを思い返す。すると、あれだけ賑やかだった食卓が一瞬にしてしーんとなっていることに気がついた。
どうしたんだろう、と視線を上げてみると、皆が皆こっちを驚いた顔で凝視している。瑠璃川くんに至っては呆れてるような顔です。え、なんで?私、変なこと言ってないよね?ひとまず、口の中に入っているキッシュを飲み込んでから何?と首を傾げてみた。


「はるるん…それはさすがにおみみが可哀想だわ」
「へ?」
「僕もカズくんと同意見です…」
「アンタ、見た目はいいのに意外と残念なんだね」


うわ、瑠璃川くん辛辣だね?!


「いやー…だって、毎日ご飯作ってほしくなるじゃんこの味…」
「おみみ、はるるんって昔っからこんな感じ?」
「あー…決して馬鹿ではないんだけどな。うん」
「俺、先輩の意外な一面を見た気がする…」


そりゃ大学ではキッチリしっかり猫被ってるからね。今日だって外面全開でいく気満々だったんだけどなぁ…うっかりこのアットホーム感にやられて素が出ちゃった。臣くんがいるのも安心要素の1つだし。昔っから臣くんの前では素が出ちゃって取り繕えないんだよなぁ。いい加減、呆れられている気がしてきた。
こんな面ばっかり見せてるわけじゃ決してないんだけど、こうやって切り取ってみると変なことばっかり言ってるんじゃない?って内心不安になってくるってもので。今更、なかったことになんかできないから諦めるしか術はないんだけども。何十年と幼なじみやってるから、バッサリ縁切られることはない、と思いたい、けど、ないとは言い切れない感じがしてきました。
待って、私、臣くんに嫌われたらリアルに大泣きできる自信がある。サーッと血の気が引いていく感覚。それでも美味しいキッシュは食べますけれども。


「大丈夫、大丈夫。そういう所も可愛いな、って思うから」
「…今なら雪白さんの優しさで泣けそうです」
「泣きそうなの?…もう1個マシュマロあげる」
「すげー!ひそひそがマシュマロ2つもあげてる!」


三好くんがそんなことを叫んでいるけれど、なに?御影さんってマシュマロ大好きなの?人にあげるのも拒むくらいの大好き加減なの?確かに1個目をもらった時に「1個だけなら」とか言っていたような気はするけど。


「なんだ、大丈夫か?はる」
「あ、…うん、平気。問題ないっす」


いつの間にか近くに来ていた臣くんに頭を撫でられ、ちょっとだけ和んだ。そして嬉しい。彼は私が大丈夫なのを確認してすぐにキッチンに戻っちゃったけど。でもたったこれだけで機嫌が回復しちゃうんだから、私も大概単純にできていると再認識するね。
昔から私の機嫌は主に臣くんに左右されてる感が半端ないと思う。自分でもこれはどうなの、と思ったことが何回もあるけど、直しようがないんだから仕方がない。
きっと臣くんのことを好きじゃなくなったらそれもなくなるんだろうけど、…まぁそんな日は来ないだろうな。絶対とは言わないけど、向こう十数年は確実に。こちとら初恋拗らせてるんだもん。そう簡単に踏ん切りつかないって。

粗方お腹がいっぱいになり、テーブルの上に並べられていた料理も綺麗になくなった頃。私はようやく御影さんがくれたマシュマロを口に入れた。甘く、そして柔らかなソレはとても美味しい。マシュマロなんて久しぶりに食べたかも…今度、コンビニで買おう。ココアにマシュマロいれたやつ飲みたくなってきた。
2つ目も食べ終わり、そんなことを考えていると目の前にコトン、と陶器の入れ物とスプーンが置かれました。これ、プリン?


「デザート。食べるだろ?」
「うん」


そのまま臣くんが隣に座ったことで、皆がそれぞれ散り散りになっていることに気がついた。ガタガタ音がしてるな、とは思ってたけど、あれって椅子を引いてた音だったのか。隣に座っていた雪白さんはソファへと移動しているらしい。銀色の髪が見えたから、多分そう。
部屋に戻った人もいるのかな、と思ったけど、ぐるりと見回した感じではまだ全員この談話室に残ってるみたい。ソファに座ってテレビを見ていたり、雑誌を読んでいたり、雑談していたり、食事をしていた席に座ったままプリンに舌鼓を打っていたり…していることは様々です。


「ん〜…美味し」
「それは良かった」
「臣くんの作るご飯って本当美味しいよねぇ」
「ははっありがとう」


この人、お嫁に欲しい。そんな馬鹿げたことを呟けばきっと、また劇団員さん全員に見つめられることになるだろうから言わないでおく。これ以上、素の自分を曝け出して恥をかくのはごめんなので。…いや、さっきのでも大分、恥ずかしかったんだけど。
プリンを食べ終わり、さすがに片付けくらいは手伝おうとお皿を重ねて立ち上がる。臣くんや佐久間くん、それからいづみさんにも座ってていいよ!と言われたけれど、これ以上は居た堪れないからやらせて…!と懇願しました。
お客である自覚はそこそこあるけど、この量のお皿を洗うのは重労働だし、お世話になりっぱなしというのもやっぱりむず痒いんだもん。


「ところではる、時間は平気なのか?」
「遅くなる、とは言ってあるから大丈夫。でも洗い終わったらお暇しようかな…」
「送ってく」
「え?大丈夫だよ、子供じゃあるまいし」
「ダメだよ、遥ちゃん!もう遅い時間だし、女の子が1人で出歩くのは危険だってば」


これでも成人してるんだけど…いづみさんにそう言われてしまうと、これ以上駄々をこねるのは迷惑になってしまう気がした。単純に臣くんに送ってもらうのも、もう少しだけ一緒にいられるのも嬉しいよ?嬉しいけど、ずっとキッチンに立って料理していた彼には、この後はゆっくり休んでいてほしいって気持ちの方が大きいのである。素直に告げた所で大丈夫だよ、と返されてしまうのは目に見えてるんだけどさ。
お皿を洗う手は止めないまま、むーと考え込んでいると、隣で洗い終わったお皿を拭いていた臣くんが「何を言われても譲らないけどな」と笑みを浮かべた。それはちょっとだけ意地悪な笑みで、普段の笑みとは感じが違う。『ヴォルフ』にいた頃はよく見ていたけど、最近は全く見てなかったなー。つまり、この笑みを浮かべている臣くんに勝つのは絶対に無理だってこと。いづみさんに言われた時点で降参かな、と思ってたけど、これは本格的に降参する他なさそうだ。


「わかったよ、…お願いします」
「ん。いい子だな」
「いい子って言われる歳でもないんだけどなー」


会話はそこで途切れ、テレビの音や雑談の声、カチャカチャとお皿を洗う音が交じり合う。もう少しで洗い物も終わるという時、視線を感じて顔を上げるとさっきまでテレビを見ていたはずの太一くんがじーっとこっちを見つめている。
用事があるというか、何か聞きたそうにしているというか…どこかソワソワした様子で。臣くんもそれに気がついたらしく、どうしたんだ?と声をかけた。


「あ、えっと…!」
「どうしたの?何か用事?」
「用事っていうか、…臣クンとはるチャンに聞きたいことがあるッス!」
「俺とはるに?」


何だろう?臣くんと顔を見合わせて、揃って首を傾げた。


「ふっ2人はつき合ってるんスか?!」
「ぶっゲホッ!」
「なにやってんだよポンコツ役者!」
「つーか、何で天馬が反応してんだよ。臣と遥ちゃんが吹き出すならともかく」


あらら…何だかソファに座っていた学生達が大惨事。主に皇くんが。
慌てていづみさんがタオルを持っていったけど、皇くんが飲んでたのってコーヒーじゃなかった?シミにならないといいんだけど。
思わぬ人がダメージを受けたのを目の当たりにしたのと、割とよく聞かれる質問だったから言われたはずの本人はケロッとしてます。今更、ビックリすることもないかな。最初はビックリしてたけど、さすがに。


「ははっ唐突だな、太一」
「だって幼なじみにしては距離が近いんすもん…」
「ご期待に沿えず申し訳ないけど、つき合ってないよ」
「昔からよく聞かれる質問だけどな」
「え、嘘だろ?その距離感でつき合ってねーの?マジで?!」
「ネオヤンキーうるさい」


うーん、賑やかだなぁ。この寮は。いつの間にか太一くんの投げた質問はどこかへ飛んでいき、今は学生組の恋愛話になっていた。
あー、学生の時ってこういう話するよね。私も成人したとはいえ、まだ学生の身分だけど…私は話す側ではなく聞く側だなぁ。友達の惚気とか、ひたっすら聞いてるだけ。楽しいからいいんだけど。


「じゃあ私は帰ります。お邪魔しました」
「あっ片付けありがとね、遥ちゃん!台本とか日程とか、決まったらまた連絡するから」
「はーい」
「伏見、危ない目に遭わすなよ」
「わかってますよ」


行くぞ、と背中を軽く押され、私は寮を後にした。
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