とある日の大学での一コマ
「へぇ…今度はアリスがモチーフ?」
「っす。アリスは真澄っすよ」
えっ碓氷くん?!碓氷くんがアリス?!フリッフリの可愛い衣装を着るの?!
「はる、タイトル読んだ?」
「え?タイトル?えーっと―――…不思議の国の『青年』アリス」
あ、成程。旗揚げの時と同じで、女の子を男の子に変換したのか。そうだよね、いくら何でも碓氷くんが女装するのをOKするはずがないよね。…いや、でもいづみさんが言ったらやりそうな性格はしてるかも…いづみさん大好きっぽかったし。
でもそっか、彼が主役かぁ…ちょっと意外かも。ボソリ、と呟くと、アリスの性格が淡々としているから、碓氷くんにピッタリなんだとか。ちなみに準主役は茅ヶ崎さんだそうです。ってことは、帽子屋さん…へぇ、それはまたずいぶんとイケメンな帽子屋さんだなぁ。
ちょっと楽しみになってきた。皆木くんの脚本はこれまでも面白かったし、今回もきっとハズレないだろうと踏んではいるけれど。
「でもただのお手伝いの私が台本もらっちゃっていいの?」
「大丈夫ですよ。監督と左京さんにも渡しておいて、って言われてますし」
「…読み込んでおけ、ってか」
「流れとか知っておいてほしいらしいぞ」
読み合わせとか稽古の段階から手伝わせる気満々じゃないですか、いづみさん。左京さん。読み合わせとか稽古の段階から手伝わせる気満々じゃないですか、いづみさん。左京さん。まぁ…いずれ受け取ることになっていただろうから、全然いいんだけど。いいんだけど…でもそこまで深入りするつもりはないんだよね。お手伝いしなくなってもMANKAIカンパニーの作り出す世界観が好きだから、観には行くだろうけど。絶対に。
「あ、そうだ。はる、夏組の幸を覚えてるか?」
「夏組の幸……あ、あの可愛い男の子?瑠璃川くん、だっけ」
「そうそう。お前の連絡先を知りたいらしいんだが…」
「へ?私の?あんまり喋ってないんだけど」
「聞きたいことがあるらしいっすよ」
臣くんお手製のスコーンを頬張りながらへぇ、と気の抜けた返事を返す。聞きたいことって何だろう?別に連絡先を交換するくらい、全然構わないけど。手帳の無地のページを切り取り、そこに電話番号とLIMEのIDを書き込んでいく。LIMEやっていない時の為にメールアドレスも。
それを臣くんにはい、と渡せば、彼は少し困ったような笑みを浮かべて悪いな、と呟いた。何も謝ることなんかないと思うんだけど…でも彼は何もないのに謝ったりするようなこと、しないんだよね。ということは、何かあるってことなんだけど―――え、なにしたの。コイツ。
けど、臣くんだしなぁ…変なことは絶対にしてないと思うんだ。思うんだけど謝られちゃうと気になって仕方ないよね。何で謝るの、と首を傾げてもそのうちわかるよ、としか返事が返ってこなかった。皆木くんに矛先を変えても、彼もわかんないっすって首を横に振られちゃった。これ以上は問い質しても何も得られなさそう。大人しく残りのスコーンに噛り付くことにした。
「幸に渡しておくよ。そのうち連絡が来るだろうから、ちゃんと返してやれよ」
「それは返すけど…多分」
「先輩って無精なんすか?」
「マメな方だとは思うが、集中し始めると必要のないことは一切遮断するんだ」
そうなると返信はおろか、声をかけても反応が返ってこないぞ。
臣くんの言葉に皆木くんは苦笑を浮かべていたけれど、俺も人のこと言えないからなぁ…と零した。何でも彼も脚本の執筆に集中し始めると、ご飯を食べなくなったり寝なくなったりするんだそうだ。それで書き上がったのと同時にぱったり倒れて眠り込んじゃうんだって。
あらら…それは確かに、うん、人のことどうこう言える立場じゃなくなるね。そんな風に言っている私も皆木くんのことを怒れる立場ではないのに、この場で両方を注意できるのは呆れた顔をしている臣くんだけということになる。
「はるも綴も食事と睡眠はしっかりとってくれ」
「…っす」
「はーい。善処しまぁす」
「お前の"善処する"は信用ならないんだけどな?」
「いひゃいいひゃいいひゃい…!」
頬を思いっきり抓られて若干涙目なんだけど…。赤くなってないといいなぁ、と擦っていると、皆木くんが肩を震わせて大笑いの真っ最中でした。
ねぇ、今のコントでも何でもないんだけど。どこにそんな笑う要素があったんですか、後輩くんよ。
「い、いや、伏見さんって寮だと優しい兄ちゃんって感じなのに、東雲さんの前だと普通に大学生なんだなぁと思って」
「あー…学生に見えないよね、臣くんって。私も時々、コイツ年上なんじゃない?ってなるもん」
「…そんなことを言うのはこの口か?ん?」
「ひゃからいひゃいってば!!」
容赦ないなこの野郎…!これでもかなり手加減してくれてるんだとは思うんだけど、それでもやっぱり元々が力強いから痛いんだよ。そして悪いのは私だし、臣くんのコレも何十年も心配をかけてきた結果なので仕方ないとはわかってるんだけれども!
うー、と唸っている私の向かいに座っている皆木くんはついにテーブルに突っ伏して、思いっきりお腹抱えて笑ってます。そんなにもツボなのか、さすがに私は複雑なんですけれども。
「笑いすぎだよ、皆木くん」
「ふっ…くくっすんません、伏見さん、東雲さん」
「綴がそこまで笑うのは珍しいな」
「そっすか?…けど、2人って仲良いんすね」
「まぁ、つき合いが長いのもあると思うぞ。一緒にいて気は楽だな」
「そうだね」
気を遣う、という感覚は、きっと私達の間にはない。言ったらマズいな、ということは言わないけど、基本的にはズバズバ言う。臣くんだってそうだ。優しいし、世話好きだし、今となってはそうそう怒らなくもなったけど私が何か仕出かせば静かに諭してくる。もしくはさっきみたいに笑顔で頬を抓ってきます。それも思いっきり(手加減はしてくれてるけど)。
時には言葉で表さなくてもわかってくれることもあるから、確かに気は楽なんだよね。一緒にいて。変に取り繕わなくていいのもあるし。その分、情けない部分とか見られたくない部分とか、知られたくない部分だってたくさん見られてるけど。そして見破られているけど。
「さて、私はそろそろ帰るよ。またね」
「っす」
「ああ。気をつけて帰れよ」
ひらり、と手を振って私は食堂を出た。
この時の私は、瑠璃川くんからとんでもない爆弾を落とされるなんて予想もしていなかったのです。