闇の中へ還りましょう
―――ゲホッ、ゴホッ…
静かな牢屋内に私の咳き込む音だけが木霊する。冷たい石畳の上にパタパタと鮮血が落ち、ゆっくりと体を横たえた。痛覚はずいぶん昔にイカれている。だからどれだけ痛めつけられても、ある程度は耐えることができるけれど…だからといって痛みが全くないわけでもないんだ。耐えられる、というだけで。ダメージを受けないというわけでもないしね。
(この感覚…何年ぶりだろう。10年くらい?)
そっと手足を動かせばジャラリ、と金属音が響く。ああ…そういえば枷がつけられてるんだっけ。逃げる気力なんてないことわかってるくせに…牢屋の中でくらい、枷を外してくれてもいいのになぁ。
でもきっと、そんなことを告げても鼻で笑われるのが関の山。私の意見なんて、一ミリも通らないことくらい理解している。だって私は『人間兵器』。ただ戦うだけしかできない、人間になれない半端モノ。
キャプテンに拾われて、大好きな人達に囲まれて笑って、怒って、泣いて、驚いて…何よりクルー皆が、キャプテンが私を『人間』として扱ってくれていたから、だから忘れかけていた。『人間』でいたいと願うことが、どれだけ愚かなことか。
「怒ってるかなぁ…キャプテン」
あの時―――空気が変わったような気がして、嫌な予感がして、視線を森へと移した。ただの気のせいだったらいい、という願いは儚くも砕け散り、混乱する頭で理解できたのはただひとつ。私はもうこの船にはいられない、ということだった。
自分だけの問題ならばいいけれど、今、私はハートの海賊団のクルーだ。それが奴らに知られれば大好きな人達が巻き込まれる可能性が、ある。少しでも…0.1%でもその可能性があるのならば、私は今すぐにこの船から離れるべきだとそう思ってしまった。
ハートのシンボルが刺繍されているつなぎも、キャップも、全て置いてきたからきっと…彼らが危険に晒されることはないと思う。私と彼らの繋がりは、右肩と背中に彫られた刺青だけ。それも服を脱がされない限り、見られることはない。大丈夫、きっと大丈夫。
こういうことも、もう少ししたら考えられなくなるのかなぁ…キャプテン達のことも忘れてまた、ただ戦わされるだけの日々に戻るのだろうか。これも運命なのかもしれない。私は幸せだったんだ、キャプテンに拾ってもらえたし、10年もの間、ひたすらに楽しい日々を送ることができたんだもの。
いつか自我が消えて、皆のことを忘れる日がきても―――大丈夫だと、そう思える。そう思わなければ、どうにかなってしまいそう。でもまぁ、どうにかなってしまう前に全部忘れてしまうのだろうけれど。
は、と溜息が漏れる。冷静になって考えてみれば、元々私がいた施設は爆破され、職員も被検体も何もかも灰となり何ひとつ残らなかったのだ。だから私だって死んだことになってるはずなんだ。あのまま船に残っていれば、冷静さを失っていなければこうはならなかったんだろう。
その事実に今気がついても、もう後の祭りってやつだけどね。どうにもならない所へ、きてしまった。それは明らかに私のミス、自業自得ってやつなのだろう。バカだなぁ、今更気がつくなんて…
「バカだって怒るかな、また拳骨落とされたり、するのかな…?」
じわり、と滲む涙。流れ落ちてしまわぬように慌てて拭うけれど、もう遅かったらしい。ポタリ、と落ちてしまった涙は、ボロボロと零れていく。
会いたい、帰りたい―――閉じ込めて、しまいこんでしまわなければならない感情が次々と涙となって外へ出ていくんだ。
そんな願い、もう一生叶うはずもないのに。ギュッと目を瞑り、もう一度ゆっくりと開けばもう涙は零れてこなかった。こんな、こんな風にキャプテンが、皆が恋しくなってしまうのなら…いっそのこと、自我を失くさせてくれ。
「『0012』…出ておいで、実験の時間だよ」
そうしてまた少しずつ、私は闇へと堕ちるのだ。
- 13 -
prev|back|next
TOP