夜はきっと明けるから


時間の感覚がなくなってどれくらいだろう。この牢屋にぶちこまれて、繰り返し実験をされて…ああもう、段々と考えることさえ億劫になってきたなぁ。このまま目を瞑って眠ることができたら、私は死ぬことができるのだろうか。

でもできることなら―――やっぱり貴方に殺してもらいたかったなぁ、キャプテン。

それが私の最大の望みだったのに、叶えてもらうことはできないのかもしれない。それどころか、もしかしたらいつか…皆を殺しに行かなくちゃいけなくなるかも。それだけは嫌だ…そんなことをするくらいなら、することになるくらいならいっそ、今ここで死んでしまいたい。


「ナイフと銃……あ、そっか…ウエストポーチも武器も全部、置いてきちゃったんだっけ」


今の私は武器も、毒も、なにひとつ持っていない状態だった。そっか、死ぬこともできないのか…ああでも、舌を噛めば死ねるんだっけ?舌を噛み切れる余力があるのかわからないけど、やってみなくちゃわからないし…とりあえず思いっきり噛んでやればいい、と口を薄らと開けた瞬間、遠くで破壊音が聞こえたような、気がした。
何だろう、今の音。心なしか騒がしいような気も、しなくもない。ドクリ、と心臓が跳ねる。まさか、まさか…!いや、でもそんなはずない。期待なんてしちゃダメ、するだけ無駄…あの人達が、キャプテン達が来てくれたなんて、そんな期待をしたらダメだ。夢を見るな…!私はもう、あの船には戻れないんだから。


「あっシャチ!牢屋こっちだよ!!」
「でかしたベポ!当たりはこっちだったな。あとはリズを見つければ…」


ドクリ、ドクリ。静かだった心臓が、強く鼓動を刻む。聞き覚えがあるどころじゃない、確実に知っている声。聞きたくて、聞きたくて仕方なかった声。
手が、体中が震える…起き上がる力なんてろくに残っていないはずだったのに、グッと腕に力を入れて起き上がれば、バタバタと足音を響かせて―――シャッちゃんとベポくんが、姿を現した。


「リズ!見つけた!!」
「ベ、ポく…シャッちゃ、」
「ベポ、子電伝虫で船長達に連絡して」
「うん!」
「鍵も奪ってきたから、すぐに出してやるからな」


ぼんやりとベポくんが子電伝虫でキャプテン達に連絡をしているのを、シャッちゃんが鍵の束をチャリチャリと揺らしながら奮闘している姿を眺める。
いつの間にか『死にたい』という気持ちは、薄れていっていた。ベポくんが連絡したよ、と口を開くのと同時に、キャプテンとペンくんが姿を現した。瞬間移動……あ、違う。キャプテンの能力だ。


「シャチ、どけ。切った方が早ェ」
「えっあっはい!」
「"ROOM"」


見慣れたサークルが現れ、鬼哭を一閃。普通なら斬れるはずのない鉄の檻が、それはもう綺麗に斬れました。キャプテンの能力って、相変わらずすごい…。
ポカーンとしていると、キャプテンの目が私に向けられる。怒りとか、そういう感情は浮かんでいなかったけれど、それでもビクリと肩が揺れてしまった。ビックリ、したのかな、何かもう自分でもよくわからないんだ。今、私がどんな感情を抱いているのか。自分のことのはずなのに。


「きゃ、ぷてん……?」
「―――リズ。一度しか言わねぇぞ」
「は、い」
「おれ達と来るのか、それともここで生涯を終えるか…選ばせてやる」


さぁ、どうする?
そう言ったキャプテンの口元は弧を描いている。まるで私の答えがわかっているような、そんな笑みだ。この人は―――ズルイ。でもそんな貴方が、キャプテンが好きなのは…私自身。


「つれ、てって……」
「ん?」
「私も、連れてってキャプテン……!まだ、皆と一緒にいたいよ…!!」
「だったら勝手に下りるんじゃねぇよ、バーカ」


振り下ろされた鬼哭。殺されるのか、と思ったのは一瞬だけ。キィンッと甲高い音がして、音の発生源を視線で辿ってみると…手足につけられていた枷が真っ二つになっていた。ああ成程、さっきの音はこれが斬られた音か。ダメだ、頭が働いてない。ええっと、とりあえず立ち上がって逃げればいいんだよね…?
キャプテンが『おれ達と来るか』って選択肢をくれて、私は連れてってって返した。ということは、あの船に戻っていいってことだよね?まさか枷まで斬っておいて置いてかれるとか、捨てられるとか…そんなこと、ない、です、よね?少しずつ戻ってくる思考、ふと浮かんでしまった最悪のシナリオに血の気が引いていく気がした。ただでさえ血、大分流しちゃってクラクラするのに。


「リズ、立てるか?」
「ペンくん……」
「あー…無理そうだな。抱えるぞ」
「ぅわっ…!」
「船長、船に戻ったら医務室直行でいいですか?」
「ああ。リズ、お前の部屋はしばらく医務室だからな」


えっマジですか。
でもきっと私に拒否権はないのだろうから、大人しく頷きを返してペンくんの肩に顔を埋める。そっと吐いた溜息は、きっと安堵からくるものだろう。


「リズ大丈夫?痛い?辛い?」
「へい、き…ちょっと疲れてる、だけ」


痛いとか、辛いとか…もうよくわからない。ひとつだけわかるのは、体が異様に重いということだけ。多分、疲れているんだと思う。ここに閉じ込められてどのくらい経ったのかわからないけれど、当然ゆっくり眠れるわけもないし、毎日毎日何時間も実験をさせられていれば…疲労は溜まっていくだろうから。
だから体が重くて、動くことができないんだと思う。怪我とか、血が足りないとか、そういうのもあるとは思うけどさ。でも本当に痛くないんだよ、ベポくん。それは本当なんだよ。


「…痛くないはずないだろ、そんなボロボロになってるのに」
「でもほんと、痛くないの……」
「お前の『痛くない』は信用ならねぇんだよ」
「そんなこと、言われても困るんだけど…」


イカれてるんだもん、と呟けば、キャプテンに無言で頭を叩かれた。何で叩くんだ、真実を言ったまでなのに。むぅ、と唇を尖らせ、ペンくんのつなぎを握りしめた。ペンくんは何も言わなかったけど、背中をぽんぽんと叩く手はいやに優しい。慰めてくれてる、のかな。もしかして。それとも怒られてんのかなー…ペンくんが怒ると怖いんだよね。
もういっそのこと目を閉じて意識を飛ばしてしまおうか、と考えていると、バタバタと足音が聞こえてきた。ああ、とんでもなく嫌な予感がします。


「いたぞ、侵入者だ!!」
「侵入者は殺せ!『0012』は生かしたまま捕えろ!被検体を逃がすな!!」
「うっわー総動員ってやつ?」
「だろうな。ペンギン、先に行け」
「えっキャプテン…!」
「アイアイ、船長。リズ、しっかり掴まってろ。―――飛ばすぞ」


ペンくんはグッと足に力を込め、勢い良く飛び出した。なんで、どうしてって言葉が頭の中をぐるぐる回る。だって、だってあいつらの狙いは確実に私で、きっと私を差し出せば簡単に逃げられるはずなのに…!
守られるなんて嫌だ、私が…私がキャプテンを、皆を守りたいのに!!止まって、下ろしてって必死に訴えても、ペンくんは足を止めることはない。足を止めず、向かってくる研究員達をぶっ飛ばしていく。


「やだっ…離してよペンくんっキャプテン達が!!」
「あの人が簡単に負けるはずがないだろう。ベポもシャチも大丈夫、お前は自分の怪我の心配だけしていればいい」
「だって私のせいで怪我するの嫌だよ!」
「誰がお前のせいだって言ったんだ。これはおれ達が勝手にしてることだぞ」


おれ達ハートが、お前を奪い返したくて来たんだ。
走っているはずなのに呼吸を乱すことなく、そう言い切られてしまった。ゆらり、と視界が歪む。ボロボロと流れてくる涙は真っ白なつなぎに吸い込まれて、そして染みを作っていく。濡らしてごめんって言わなくちゃいけないのに、でも喉が引きつって上手く言葉にできないでいる。出てくるのは意味のない嗚咽のみ。
しゃくり上げる私の背を、頭を、ペンくんの手が優しく撫でていく。それがまた涙を誘っているとは、彼は思いもしないのだろう。

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