跡形もなく飲み込まれる
グランドラインの天候は、とてつもなく気まぐれだ。晴れていたかと思えば急に激しいスコールに見舞われることだってあるし、大時化になることだって少なくない。それでもこの海で生きていく為には、そんな異常な状況にも冷静に対処しなくちゃいけないし、何よりも慣れることだって大事だと思う。
思うんだけど…でもやっぱり、空気を読め!と叫びたくなってしまう。相手は天候だというのに。
「何も戦闘中にこんっな悪天候にならなくてもいいじゃない!!」
そう。ただ今、ハートの海賊団は他海賊団とバッチリ戦闘中だったりします。
だというのに海は大荒れ、目を開けているのが辛い程のスコールに見舞われて非常に戦いにくいったらありゃしない!さっさと潜水してしまいたいけど、ここまで荒れてしまっていると潜水するのも難しくなる。でもひどい揺れの中を戦うのだってかなり難しいんだけどね!
戦うのに悪条件なのは向こうも一緒だけれど、ウチのキャプテンはオペオペの実を食べた悪魔の実の能力者だ。こんな中で戦い続けるのはかなり厳しいはず。雨に濡れるのはまだしも、この波の高さじゃいつ頭から海水をかぶってしまうかわからない。そうなったらあの人は格好の的になる。それだけは何としてでも避けなくてはいけない、私達の『心臓』を失うわけにはいかないんだから!
「シャッちゃん、キャプテンは?!」
「だーいじょうぶ!ちゃんと無事だって!ペンギンがついてるからな」
「は…そっか、それなら安心かな」
粗方、片付いたらしい。あっちの船で戦っていたキャプテンが「ずらかるぞ!」と声を上げながら戻ってきた。それを聞いたクルー達は返事を返しながら、バタバタと船内へ消えていく。
私も中へ、と踵を返した時だった。
一際大きく船が揺れ、さっきまでの比ではない波しぶきがポーラータング号を襲う。視界の端でペンくんがキャプテンを庇ったのが見えて―――それとほぼ同時、私の体は波に攫われた。
「リズ!!」
私の名前を呼んだのは、誰だろう。それを確かめる術はなく、意識はゆっくりと沈んでいく。
「そいつまだ起きないのか?」
「うん…怪我はそこまでひどくないんだけど、大量の海水を飲んでたし」
「そっかー。早く起きねぇかな」
誰かの、声が聞こえる。キャプテン?ペンくん?シャッちゃん?それともベポくん…?いや、誰の声とも違う。他のクルーの声でもない…聞いたことのない、知らない声だ。もしかしてマズイことになってるのか?私。
そこからはもう本能に近いものだったと思う。かけられていたらしい布を蹴り飛ばし、距離をとる。腰に装着していたはずのナイフケースに手を伸ばすけれど、そこには何もなかった。しまった、武器を取られている…!
「お、起きたぞ!」
「そんな勢い良く起きたらダメだ!お前、意識不明だったんだぞ!3日も!!」
「………タヌキ?」
思わず、ボソッと呟いてしまった。私の言葉にギッと目を吊り上げ「トナカイだ!!」と怒る姿に、毒気を抜かれる。というか、めちゃくちゃ和む…何だこの子、すっごく可愛い。でも多分、私を捕えた敵―――の1人、なんだよな。トナカイくんの後ろで笑ってる麦わら帽子をかぶった少年も。
…ん?麦わら帽子?それに2人の顔をどこかで見たことがあるような…?まだ完全に起きていない頭をフル回転させ、記憶を辿る。どこだ、どこで見たんだ?交戦した海賊団?どこかの島?それとも……そこまで考えてハッとした。そうだ、手配書だ…!
「麦わらのルフィ……?!」
「おっおれのこと知ってんのか?しししっ」
「…と、わたあめ大好きチョッパー」
「その呼び方やめろ!傷つくぞ!!…というか、お前おれが気持ち悪くないのか?」
くわっと怒ったかと思えば、すぐにしゅんとした顔で落ち込んでしまったトナカイくん。気持ち悪いって、トナカイくんが?首を傾げたままの私に、トナカイくんは「おれは喋るし、二足歩行してるだろ」と下を向いたまま答えた。
ああ、そういうことか。でもウチにも喋る白くまいるしなぁ…そういう種族がいることも知ってるし、そこまで驚くことでもないし気持ち悪がるようなことでもないでしょうに。
「気持ち悪くないけど」
「ほっほんとか?!」
「…うん」
ダメだ。トナカイくんと話していると、どんどんほんわかしていく。ここは敵船、ここは敵船…心の中で暗示をかけるように呟く。そうでもしないと安心しきってしまって、寝首をかかれる。気を引き締めようと握った拳に、包帯が巻かれていることに気がついた。
あれ、これ誰が…?キャプテン、じゃないよな。だってこの怪我、あの海賊達との戦闘中に負ったものだし。あの人はあっちにいたから私が怪我してることも知らないと思う。というか、ここ消毒液の匂いがする。そっと辺りを見てみると、私が寝ていただろうベッドと本が詰め込まれた小さな本棚、それからデスクに…薬、かなぁ。ウチの船のとは大分違うけどここはきっと医務室だ。
捕えられた、と思ったけど…この2人からは一切そんな雰囲気を感じ取れないし、何より怪我の手当てをしてくれている。それに3日間、意識不明だったんだってトナカイくんが言っていたような気もする。もしかしなくても私、麦わらの一味に助けられたってこと…?
「チョッパー、話し声が聞こえるがその子は起きたのか?」
「サンジ!うん、ついさっき目を覚ましたんだ」
金髪にカッターシャツを腕まくりした、片目の男。この人は…誰だ?私の記憶が正しければ、麦わらの一味の全員が賞金首となっていたはず。ちゃんと8人分の手配書はチェックしていたはずなんだけど、…こんな人いたかなぁ?
いや、確かに金髪で片目の男であろう人の手配書はあったけど顔が違うし。写真ではなく絵であったものの、似ても似つかない気がするんだ。あれ、でも名前は一緒だよな?さっきトナカイくんがサンジ、って呼んでたし。
ううん?と立ったまま考え込んでいると、金髪くんがそっと近寄ってきてにっこりと笑みを浮かべた。
「立ったままじゃ疲れちまうぜ。どうぞ、お嬢さん」
「…どうも」
さり気ない仕草で手を引かれ、そのままベッドへ座らされた。うおお…ウチではこんな扱いされたことないから、何か変な感じ!ちょっと慣れないなぁ、こういうの。
「ししっおれの仲間のチョッパーとサンジだ!チョッパーは医者で、サンジはコックなんだぞ」
「ご注文があれば何なりと。腹は減ってる?」
「ええっと、多分…?」
「まだ目を覚ましたばっかりだから、温かいスープくらいがいいと思うぞ」
「動けるならキッチンまでおいで。おれ達の仲間もそこにいる。紹介するんだろ?ルフィ」
「おう!お前の名前もまだ聞いてないしな!」
ええええ…?まさかの紹介?それも自己紹介までする羽目になるの?もしかして私、海賊だって知られてない?一応、賞金首だし手配書も出回って―――あ、そうだ。私の手配書、タイミングが悪かったのか角度が悪かったのか、顔はちゃんと写ってないんだったっけ…名前はしっかり載ってるけど、写真がほぼ後ろ姿で顔もちみっとしか映ってないから、ハッキリわかるのは髪色くらいしかないようなものだったんだよね。
だから意外と賞金首だってバレなかったり、する。そりゃあ顔がわかんないんじゃ、判別しようもないよね。この人達もそのパターンかなー…それだったら海賊だってバラさない方がいいかな。色々と。
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