決行


「リズちゃんよく似合ってるよぉ〜!」
「…嬉しくないお言葉ありがとう、コックくん」


私の機嫌は、昨日から降下する一方だ。もうこれ以上、落ちることはないだろうと昨日は思っていたけれどまだ下があったらしい。唯一、もふもふのトナカイくんが癒しではあるが―――…準備の為に着替えてしまえば、もう彼を抱きしめることも叶わなくなるわけで。
結局、ぶすっとした顔で控室に引き籠るしかなくなった。


「あら、相変わらず不機嫌ね。綺麗な格好をしているのにもったいないわ」
「ロビンちゃん…不機嫌になる理由、わかってるでしょ」
「ええ、もちろん。でも綺麗だって思っているのも本心よ?」
「君といい、コックくんといい…素直だなぁ」


見た目や、ミステリアスな雰囲気も相まってロビンちゃんはあまり素直に口に出さない人だと思っていた。勝手に。でも実際に話してみると全然そんなことはなくって、案外素直に気持ちとか、そういうものを言葉にする人なんだなぁって変に感心しちゃったんだよなぁ。
ロビンちゃんだけじゃない。麦わらの一味というものは、素直な奴らの集まりだって印象が強かったりする。船長の麦わら筆頭に。もちろん、海賊狩りのように例外はいるけれど。ナミちゃんも割と素直だし…トナカイくんは言わずもがなだしねぇ。こんな素直さでよく海賊をやっていけているもんだ。…別に私には関係のないことなんだけど!

(それにしても…さすがに控室に一部とはいえ、麦わらの一味が潜入だなんてどうなることかと思っていたけど案外大丈夫なものなのね)

そう。今、私がいる控室にはメイク係としてロビンちゃん、そして新婦の親戚という名目でコックくんが潜入中です。というか、2人以外に誰もいない状況っていうのもどうかと思うんだけどね。新婦の本当の家族や親族すら面会に来ないって、これは普通のことなんだろうか。それとも相手が海賊、それも脅された故の結婚だから参列しないてことなのか。
当然ながら結婚なんてしていないし、結婚式にも出たことなんてないからどういうものなのかは本で得た知識しかないんだけどさ。でもまぁ…本来の新婦の顔を知っている人達に会わなくて済むなら、その方が騒ぎにならなくていいか。面倒事になるのはごめんだ、これ以上。


「じゃあ…いいかい?リズちゃん。もう一度、作戦を確認するぞ」
「ん」
「リズちゃんは予定通り、この格好のまま教会へ。頃合を見てゾロが乱入するから、海賊の相手はアイツに任せること」
「武器も持ってきてるし、私も戦えるけど」
「ウエディングドレスじゃ動きにくいでしょう?危ないわ」


ああ…まぁ、確かにいざ着てみると締め付けすっごいし歩き辛い。普段のように立ちまわれるのか、と聞かれたら、声高らかにイエスとは言えない感じではありますけれども。
それでも自分の身は自分で守らなければ、という意識はあるから、愛用の銃だけは身に着けてきたけどね。動き辛い格好でも銃くらいなら、どうとでもなるから。


「教会の中にいる奴ら以外は、私達が相手をするわ。ゾロと貴方が出てくるまでにはある程度、片をつけておくつもりだけど…」
「サイボーグさんが言ってたね。どれくらいの数の仲間が、教会の中にいるかわからないって」
「ええ。だからウソップが応援に行くから、貴方は無茶をしないこと。いいわね?」


この背のせいだろうか。ロビンさんはまるで小さな子に言い聞かせるような口調になっている。何か…その姿がペンくんのようで、妙な淋しさと懐かしさを感じてしまったけど、それ以上に気恥ずかしくてそっと視線を逸らした。
ロビンちゃん、私そんなに小さくないっす。普通に接して、いたたまれないから。


「そろそろ時間ね…サンジ、私達は一旦外に出ましょう」
「そうだね」


備え付けられた時計を見てみれば、確かにもうすぐ結婚式の始まる時間―――基、作戦決行の時間だった。
そういえば、私は1人で教会へ向かうのだろうか。確か、バージンロードって父親と一緒に歩くのよね?それともこの島のならわしみたいなものが、別にあるのだろうか。昨日、そんな話をしていた記憶は一切ないんだけれど。ロビンちゃんに聞いてみようか、と考えていた時、ノックの音が響いてスーツを着た男性がそっとドアを開けた。お時間です、と。
どうやら本当に時間切れみたいね…いいや、どうせぶち壊す結婚式なんだしやり方とかそんなのはどうだって。とりあえず私は大人しく教会へ向かえばいいのだから。
失敗するとは思っていないけれど、話を聞いた時から感じているこの妙な胸騒ぎは一体何なのだろう。さっき入ってきた男性と入れ違う形で出ていく2人の背中を見送りながら、そっと溜息を零す。厄介なことにならないといいんだけど。


「さあ、行きましょうか。新婦様」
「…ええ」


差し出された手を反射的に払おうとして、グッと持ちこたえる。あっぶな…全てを無駄にする所だった。いや、私としては無駄になってしまっても全然構わないんだけど、多分ナミちゃん辺りにお説教される気がするんだよねぇ。こういうことを考えてしまう辺り、本当に馴染んできてるんだなぁ。私。改めて差し出された手に自分の右手を重ねながら、そんなことを思う。
そして案内された教会の中には、誰もいなかった。新郎である海賊も、参列者も、本当に誰ひとり。どういうことだ、と振り向いた時にはもう、バタンッと扉が閉まった後。その隙間から見えた案内人の顔は、ムカツク程に嬉しそうな笑みが浮かんでいて。これは、嫌な予感的中ってやつですか。試しに取っ手を引っ張ってみたけれど、ガチャガチャと金属音が響くのみで開く様子はない。あーこれは鍵をかけられたパターンってやつですか。
あっはっは、罠かよこんちくしょう!でも、…誰を目的とした罠だ?麦わらの首?だけど、あの男を狙っているのなら私をこんな所に閉じ込める必要も、おびき出す必要も全くない。というか、捕える人間を間違えていると思う。
麦わらの首が欲しいなら、私じゃなくって麦わらを捕えるべきだもん。もしくは、仲間を全員捕える―――とかね。1人になった所をとっ捕まえるなり、奇襲をかけるなりすればいいだけの話。私には何の用事もないはずなのに。


「フッフッフ。ようやく会えたなぁ…唯一の生き残りの人間兵器『0012』」
「ッ…誰?」


いつの間に…さっきまで人の気配なんて、1ミリだって感じなかったのに。ドアはご覧の通り、閉まったまま。開いた様子だってないし、そもそもドアの近くにいて気がつかないなんてそんなバカなこと、あるはずもない。それはつまり…最初から、この男は教会の中にいたってことになる。
コツン、と靴音が響き、逆光で見えない顔が少しずつ…少しずつ明らかになっていく。声に聞き覚えはない、知り合いでないことは確か…けれど、私が人間兵器だってことも生産ナンバーも知っていた。施設の人間?それとも政府の…?いや、どっちの人間だとしても敵だってことに変わりはない。
近づいてくる相手に注意をしつつ、ぐるっと教会の中に視線を向けて脱出経路を探る。ドアから逃げるのは不可能ではないだろうけど、時間がかかりすぎる。ということは、やっぱり窓を突き破るしか術はない感じかな。こんな所で捕まるわけにはいかない。絶対に、キャプテンの所に帰るって決めてるんだ。あの人にもう一度会うまで、捕まるわけにも死ぬわけにもいかないの。

さっきよりも大きな靴音が響き、気配が少し離れた所で動きを止めた。見上げた先にいたのは、知り合いではないけれど顔だけはよく知っている―――


「七武海の…ドンキホーテ・ドフラミンゴ……?!」
「おれを知っているか。ローの姫さん」
「ロー…?」


ドクリ、と心臓が鳴る。私が知っている『ロー』はこの世でただ1人。大好きで、何よりも大切な…唯一無二の、キャプテンの名前。
この男、キャプテンの知り合い…?あの人も自分のことはあまり話さない人だから、私がこの男のことを知らなくたって当然だと思う、けれど…どうしてこんなに嫌な感じしかないの?本能が必死に警告を鳴らしている、この男には近づくな。触れるな。―――捕まるな、と。
無意識に後退ろうとしてヒールの踵が、ガツンッとドアにぶつかった音でようやく閉じ込められていることを思い出した。そうだ、ここからは逃げられない…逃げるのなら、窓からだ。伸びてくる手から逃げるように、ドレスの裾を思いっきりたくし上げて駆け出す。
ああもうっ本当にドレスって動き辛い!元々、走ることを想定して作られていないから仕方のないことなんだけどっ…普段のスピードを出せないこと、普段通りの動きができないことがこんなにももどかしいなんて。


「逃がすと思うか?…このおれが。―――捕えろ、お前達」
「了解、若様。…悪く思わないでね、貴方」
「ぅ、あ……っ!」


ドレス姿っていうのが災いした。どこからともなく現れた女性を避けることができず、私はそのまま床に押し倒された。撃鉄を起こす音がして、それがゴリッと頭に突き付けられる。妙な真似はするな、と言われているみたい。
そっと視線を向けてみると、突き付けられた銃は私を押し倒した女性の手そのもののように見えた。もしかして、悪魔の実…?!


「大丈夫。妙な気を起こさない限り、撃ったりしない。若様も貴方にひどいことはしないわ」
「ベビー5、その女を連れてこい。目的は果たした…ずらかるぞ」


カツカツと靴音が遠ざかる。そしてあんなにも開く気配のなかったドアが、あっさりと開いた。男が…ドンキホーテ・ドフラミンゴが教会から出ていったことで、妙な威圧感が消え去っていく。あの男を相手にしないで済むのなら、この格好でもどうにかなるはず。教会の外にさえ出てしまえば、きっと麦わらの一味と合流できる。
グッと力を込め、女性との場所を交代するように体を捻る。抵抗すると思っていなかったのか、拘束は案外あっさりと解けたのでそのまま思いっきり蹴りをくれてやった。おお、面白いくらいに吹っ飛んだなぁ。ごめんね、連れていかれるわけには…いかないの!


「悪いけど、大人しくするつもりなんて毛頭ないの」


だって私には、帰らなくちゃいけない場所があるから。

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