悪夢はいつまでも去らないまま


誰にだって眠りたくない夜はある。昼間に寝過ぎちゃったとか、何か調べたいこととかやりたいことがあるとか…理由は様々。もちろん私にだって、そんな夜があるわけで。


「真っ暗……」


呟いた言葉は、白い吐息と共にふわふわと消えていく。月明かりさえ雲に遮られ、何も見えない。波の音と、波に揺られ船がギシギシと軋む音、そして私の息遣いだけが響いている。誰もいない、何もない世界だと…そう錯覚してしまいそうになる。
不寝番で起きているクルーは必ずいるし、そうでないクルーだっていないわけじゃない。夜中だから寝ているだけだ。ただそれだけなのに、…真っ暗で静かな空間は、どうしたってマイナスの感情をしまいこんだはずの奥深くから引っ張り出してきてしまうらしい。忘れたままでいたいのに、ひたすらに笑い続けていたいのに、ただそれだけの願いを叶えてくれないんだろう。壊そうとしてくるんだろう。


「―――リズ」
「ッ」
「また抜け出しやがって…」
「…寝れない、」


いつからだったか。眠れなくて、こうして朝になるまでの間ずっと船の中をフラフラしている私を…キャプテンが見つけてくれるようになった。誰かがいなくなったって言ったわけでも、私のことを見かけたわけじゃない。それなのにこの人は、フラついている私を見つけ出した。ううん、…見つけて、くれたんだ。
放っておけばいいのに、存外世話好きらしいキャプテンは見て見ぬフリをしてくれたことは一度もない。それが嬉しくて、くすぐったくて、温かくて―――同じくらいに苦しくて、怖い。


「キャプテン、薬…」
「何度言っても処方しねぇって言ってんだろ。お前には効かねぇし、効いたとしてもクセになる可能性が高ェ」
「ケチ…」
「何とでも言いやがれ」


睡眠薬をちょうだい、と言い始めたのは、キャプテンに見つかって3回目くらいの時だ。どうしたって眠れない、眠りたくない日が出てきてしまう私は、その度にキャプテンに迷惑をかけるのが嫌で「睡眠薬が欲しい」とお願いしたの。さっきと同じ理由で即却下されたけど。確かに私の体質は少し特殊だから、薬が効かない可能性が高いのです。だからこそ、少しでもリスクがあるのなら飲まない方がいいに決まってるっていうのが、キャプテンの言い分だ。
彼は医者だから言うことを素直に聞いた方がいいことはわかってるんだけど、もう数えきれないくらい迷惑をかけてきてしまっているから…それを、どうにかしたいと願ってしまうのは、仕方ないことでしょう?その解決策が睡眠薬を飲むことくらいしか、思い浮かばないんだ。
むぅ、と頬を膨らませていると、温かい毛布に体が包まれた。ほんのりと香る消毒液…これ、医務室の毛布か。私を捜しに来る時のキャプテンは、必ず医務室の毛布を持ってきて、それで愚図る私を医務室へと連行する。


「とにかく中へ入れ。冷え切ってんだろ」
「…アイアイ」
「先に医務室へ行ってろ。飲み物淹れてくる」


こくん、と頷きだけを返すと、キャプテンはさっさと行ってしまった。本当なら私もついていきたいけど、そして飲み物を淹れるのは私の仕事だとも思うけど、それを行動に移すとあの人は怒るか、能力発動させてバラすから大人しく従っておいた方が身の為。さすがに何年も一緒にいれば、学ぶのです。いくら私でも。バラされるのは嫌だもん、痛くはないけど変な感じはするし。
そっと開けた医務室には明かりが灯っていた。きっと毛布を取りに来たキャプテンがそのままにしてくれたんだ…私を連れてくる気だったから。毛布に包まったままボスン、とベッドに腰掛ける。キャプテン…早く戻ってこないかな。ごろん、と横になった所でドアが静かに開いた。その先にはもちろん、マグカップを2つ持ったキャプテンの姿。


「寝れんならそのまま寝ちまえ」
「…無理。眠たくない」
「なら飲め。内側から暖をとれ」


ズイッと差し出されたマグカップを受け取ると、ほわほわと白い湯気にのって甘い香りがした。蜂蜜入りのキャプテン特製ホットミルクだ…温かい。マグカップを持って初めて、自分の体が冷え切っていたことに気がついた。そっか、こんなに冷えてたんだ、わかんなかった。


「で?今日は何が原因だ。いつもと一緒か」
「……うん」
「ったく…捜すのが面倒だから、眠れねぇなら来いと何度言えばわかる」
「だって、…困らせるじゃん、キャプテンのこと」
「どっちにしろ一緒だろ」


うぐ、正論。こっそり抜け出して船の中をうろついてキャプテンに捜させるのも、眠れないってキャプテンの所に転がり込むのも…結局はこの人を困らせる結果にしかなっていないのだ。だから薬を処方してって言ってるのに…それか放っておけばいいんだ。見て見ぬフリをして、捨て置けばいいのに。ポツリ、と零れた本音はきっと、キャプテンの耳にも届いてる。
ギシリ、と椅子が軋む音がして、キャプテンが動く気配。彼が腕を上げたのを感じて、咄嗟に目をギュッと瞑った。殴られると、叩かれると、そう思ってしまったから。けれど、頭に感じた衝撃は想像以上に優しくて、柔らかいものだった。


「ッ、え……?」
「グチグチと言う元気があるなら大丈夫だな」
「いや、ちょ、キャ、キャプテン…?!」
「なんだ」


なんだじゃないよ!コーヒー飲みながらわしゃわしゃ撫でるのやめてもらえませんか?!髪の毛めちゃくちゃになってるじゃん!!そう文句を言っても「あと寝るだけだろ」と言われてしまったら、ぐうの音も出ない。正論その2。いや、そうなんだけど…その通りではあるのだけれど!!それでもボサボサになった髪を手櫛で整える。何となく、ボサボサのままは嫌なのですよ。


「…キャプテンも、こっち」
「あ?」
「毛布1枚しかないし、此処にいてくれるんでしょ?」


だからこっち、と毛布を広げると、溜息をついたキャプテンが渋々といった感じでベッドに腰掛けた。それで私が後ろから抱きつくのが、常だったりする。医務室に連れて来られるまでは悶々と考え込んでマイナス一直線なんだけど、こうしてキャプテンと話したり、同じ空間にいると段々落ち着いてくるんだよね。それで落ち着いてくるとくっつきたくなる、という…キャプテン曰く、私の悪い癖が発動するわけでございます。キャプテンにくっつくと全然なかったはずの眠気がやってくるのだから、何とも不思議。
今日も後ろから抱きつこうとしたんだけど、何故か抱き上げられてキャプテンの足の間にボスン、と座らされた。キャプテンはというと、そのままにじにじと壁際に寄り、トンッと壁に背を預けたようです。


「落ち着いたんなら寝ろ」
「ん、ん〜……」
「はぁ…今度はなんだ」
「何でいつもと違う体勢…?」
「お前が背中にくっついてると、体勢が辛ェんだよ。こっちの方がまだマシだ」


さいですか。ああでも…温かいし、キャプテンいい匂いするし、これはなかなかいいかもしれない。甲板でお昼寝する時とか、また頼んだらやってくれないかなぁ。クセになりそう。
キャプテンの胸に擦り寄り、ゆっくりと目を閉じればうつらうつらとしてくる。うん、眠れそう…それもぐっすりと。言葉になっているかも危ういおやすみを口にして、私は意識を手離した。




「―――いつまで経っても怖がるんだな、リズ」

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