楽しいことだけに目を向けて
先に船を下りて歩き始めていた麦わら達に追いついた所で、タコさんのまたもや真剣な声が耳に届いた。どうやらこのシャボンディ諸島を歩くのに、まだいくつか注意事項があるらしい。
麦わらはそれをちゃんと聞いているように見えるけど、それをしっかり守ってくれるような性格はしてないのよね…短いつき合いの私でも、それくらいは理解している。あとものすっごいトラブルメーカーだ。この一味は口ではその行為を咎めるものの、揃いも揃って最終的には仕方ない、で片づけてしまう。それが麦わらだから、って。
それも理解できないわけじゃないんだけど、こうも短期間で複数の厄介事に巻き込まれては…溜息もつきたくなる。巻き込まれたのがたった2回だとしても。
「あら、せっかく仲間に会えるかもしれないっていうのに…浮かない顔ね」
「あー…いや、タコさんの注意事項を聞いてると、麦わらが何かしら破りそうで…」
「アイツは立派なトラブルメーカーだからねぇ…否定はしないわ」
シャボンディ諸島は、『新世界』を目指す者が集う島。名の通った海賊はもちろん、それを狙う海軍だってそこら中をうろついているし、更には賞金稼ぎや人攫いもいるらしい。だからこそ目立つ真似をするな、というのがタコさん談だ。
それに―――海賊は人身売買されても、一切法に守られないらしいからね。というか、この島ではその人身売買が普通に行われているってことがすごいと思うけど…海軍本部が近くにあるっていうのに。いや…海軍も目を瞑っているって理解した方が正しいのかもね。もしかしたら。
「おれとケイミ―は魚人でも人魚でもねぇ。この島では人間として対応してくれ」
さすがにタコさんのその言葉には首を傾げた。確かに船を下りたタコさんと人魚さんは、船の上とは異なった姿をしている。タコさんの額には大きな絆創膏が貼られているし、さっきまでは着ていなかった上着を着て、6本あるはずの腕の内4本はうまーく上着の中に隠しているみたい。人魚さんも尾びれを隠せる長さのロングスカートを着用していた。この格好ならパッと見では魚人だとも、人魚だともわからないけれど…それを隠す理由がどうしたってわからなかった。
何か理由があるのは明白だけれど、詳細をタコさんも人魚さんもヒトデさんも語ろうとはしない。それでも尚、理由を聞こうとする麦わらを止めたのはロビンちゃん。郷に入っては郷に従うべきだ、と。まぁ、それはそうかもね…その方が彼らにとって都合がいいなら、そうするべきだ。
「それでこれからどうするの?」
「あ、さっきの話をリズは聞いてなかったのね。コーティングをしてもらいに行くのよ」
コーティング…キャプテンが言っていた、魚人島へ行く手段のことか。何でもタコさんの知り合いに腕のいいコーティング職人がいるから、今からその人にお願いしに行くんだってさ。
この島には数えきれないほどのコーティング職人がいるらしいけど、腕のない職人に当たると船は大破しちゃうし、もちろん乗っていた人間も海の藻屑になる危険性があるんだそうな。せっかくお金を払ってコーティングしてもらっても、それじゃ意味がないよね。しかも命を落とすだなんて…以ての外だ。
でもそうか…遊びに行くから来いよって言われて、コックくんにも背中を押されて思わずついてきちゃったけど、彼らは彼らで済ませなくちゃいけない用事があるんじゃないか。だったら私はやっぱり、別行動をするべきだな。うん。
「むぎ、」
「おーっ!すっげぇ、面白れぇ!!」
「わら……」
「リズ、今のルフィの話しかけても無駄よ」
ええ、そのようですね…。
話しかけようとした麦わらは、シャボン玉に夢中……んん?シャボン玉に何か、くっついてる?
「ボンチャリっていうそうよ。この島での移動手段なんですって」
「へー…あの割れないシャボン玉か。確かに面白いかも」
「ロビンさーん、リズさーん!置いてっちゃいますよ〜?」
「ふふっ行きましょう、リズ。もう少しだけ私達につき合ってちょうだい」
「…もういいや、それで」
ナミちゃんや麦わらが乗っている1人乗り用のボンチャリだけでなく、大人数用もしっかりと用意されているらしくロビンちゃんと私はそっちに腰を下ろした。風も気持ちいいし、向かいに腰を下ろしているガイコツさんの奏でるバイオリンの音色もまた心地が良い。あー…何かすっごくいい気分だ。
こんなことを考えるのはきっと失礼なんだろうけど、キャプテン達とこうやってのんびりしたかったなぁ、なんて思ってしまう。だったらさっさと捜しに行けばいいんだけど、どうしてもロビンちゃんやコックくん、そしてトナカイくんに頼まれてしまうと断り切れない私がいる。
助けてもらった恩人とはいえ、振り切ってしまうことだってできるのにそれをしないのは…何でなんだろう。自分のことだというのに全くわからない。キャプテン達に早く会いたいって気持ちは、ずっと変わらないのに。
ボケーッと景色を眺めていたら、段々とホテルの数が増えてきた。ここは…35番GRか。ホテル街なのかな、ここ。
「あ!あれってショッピングモール?!」
「そうだよ。30番GRには大きなショッピングモールがあるの」
「へぇ。じゃあ買い物にはうってつけね!ロビン、リズ、行きましょ!」
「ええ。ケイミ―ちゃんも一緒にどうかしら?」
「…ううん、気持ちは嬉しいけど私はいいよ。3人で行ってきて!」
人魚さんはそう言ってにっこり笑った―――ように見えたけど、船の上で見ていたような明るさは鳴りを潜めているように感じた。控え目というかなんというか…大人しい、と表現すればいいのだろうか。この島に上陸するまではもっと、元気だった気がするんだけどな。
でもこれ以上、無理に誘うのは悪いと思ったらしいナミちゃんは少しだけ沈んだ声で「…そう」と返した。そしてコーティングはよろしくって言っておいて、と言付けして、再びペダルを漕ぎ出す。
「なんか元気ないように見えたね、人魚さん」
「どうしたのかしら、ケイミー」
「もしかしてこの島には、悪い歴史が残っているのかも……」
ポツリと呟かれた言葉。それっきり口を噤んでしまったロビンちゃんの顔には、影が落ちていて表情までは読み取ることができなかった。
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