渦中へ向かう


唯一、中継されたままだった真ん中のモニターに映し出されていたのは、白ひげが恐らくは部下であろう男に深々と刃が突き立てられている光景だった。

映像だけじゃない、オヤジと叫ぶ声や白ひげが海軍と取引をして傘下を売り渡したとか、そんな声が聞こえてくる。それを合図にするかのように、また騒ぎは大きくなっていく。この戦争は仕組まれていたんじゃないのか、とか。特に動揺がひどいのは海賊達のように見える…それもそうか、大海賊だと言われる白ひげがたった1人の息子の命を助ける為に傘下を売ったかもしれないんだもんね。
けれど、本当にそうなんだろうか?真実が語られる前に、真ん中のモニターもプッツリと途切れ真っ黒になってしまった。周りは電伝虫の不調なのか、とか言ってるけど…多分、違うかなぁ。これはきっと故意に遮断されたんだと思う。今思えば、両脇の突然の中継の遮断も何だか妙だったし。
海軍は何か見せたくないものがあったんだろう、民衆が不信感を抱いてしまわぬように。この処刑を決定したその時から、最後まで中継を繋ぐつもりなんて更々なかったんでしょうね。


「船を出すぞ。ベポ!」
「アイアイ、キャプテン!ついて来い、ジャンバール!!」


元気よく返事をしたベポくんが、ジャンさんを連れて船を停めている場所へと走り出す。このタイミングで出航って…あんまりいい予感はしないけどなぁ。それでもキャプテンであるこの人が船を出すというのなら、従うまでなんだけど。それにまだ向かう先が私の予想している場所と同じと、そう決まったわけでもないし。
とにかく急いで船に戻った方がいいかな。キャプテンがベポくんへの指示を出すのと同時に、船に残ったクルーへの連絡をペンくんが済ませている。出港するから準備をしておけ、ってね。


「でもどうなったか気になるよな、戦争の行方。それから火拳のエースの処刑も」
「中継を見ていた連中は同じこと思ってるだろ。だが、どう考えてもあのぶった切りはわざとだろうな」
「私もそう思う。見せたくないんだね、よっぽど…これから起きることを」
「ああ、そうだろうな。奴らがどうしても見せたくねぇのなら、見に行くまでだ」


鬼哭を肩に載せたキャプテンが、ニヤリと口角を上げた。とっても楽しそうなのはいいことなんだけどさ、見に行くって貴方…戦争の渦中へ突っ込む気ですか。嫌な予感バッチリ的中で思わず、溜息を吐いてしまった。ペンくんはキャプテンがそのつもりだったことをとうに理解していたようで、私の様子を見て苦笑を浮かべていらっしゃいます。
いや、もしかしてそうかもな〜とは私も思ってたけど…でもさ、いくら破天荒なキャプテンでも戦争が今正に行われている所へ、海軍も数えきれないくらいいる場所へ行こうとするなんて思わないじゃん?!その予想は外れましたけど!!急ぐぞ、と駆け出したキャプテンの背を追う為、私達もその場を離れた。





「キャプテン、潜る?」
「いや、…ひとまず海上を進む」
「わかった。じゃあ私、甲板にいるよ」


マリンフォードはここからそう遠くないとはいえ、決して近いといえる距離でもない。だから声を拾えるかはわからないけれど…少しでも情報をキャッチすることができるかもしれない、と理由を話せば、キャプテンは眉間にシワを寄せ、溜息を吐いて勝手にしろ、と口にした。アイアイ、勝手にしまーす。
ひらり、と手を振って艦内へ消えていくキャプテンを見送り、だだっ広い海へ視線を向けた。視界に映るのはシャボンディ諸島のみ、この先に―――戦火に包まれている海軍本部・マリンフォードがあるのか…まさか行くことになるとは思わなかったけれども。海賊である以上、決して近づきたい場所ではないからね。しかし、キャプテンがこの戦争の結末を見ようとしているのならば行きたくない、なんて駄々をこねてはいられないってわけでして。
さってと、お仕事を開始しましょーかね!大きく息を吸い込み、目を閉じる。風の音、潜水艦の機械音、波の音…いらない音を全て遮断して、必要な音と声だけを拾えるように集中しなければ。私達に必要な情報を、得られるように。そうしてどれくらいの時間が経っただろうか、段々と気分が悪くなり、グラグラと頭が揺れているような感覚に包まれた頃だった。雑音混じりに誰かの声が、聞こえた。


「―――…麦わら?」


エース、と確かに叫んだ。
それからはさっきまでの静寂が嘘のように次々と声が押し寄せる。火拳の名前を呼ぶ声、何かが崩れるような音、悲鳴…それはきっと、地獄絵図なのだろう。音から察するだけでも背筋が凍るような、そんな気がした。
は、と短く息を吐いて目を開ければ、集中するまでは水平線が見えていただけだったのに、マリンフォード…海軍本部の要塞を視認できる距離にまできていたらしい。ああ、成程…だから急に聞こえる音の数が増えたんだ。少し前までは雑音混じりで全然わからなかったのに。
やっぱりもっと精度を上げたいなぁ。そしたらもっと早く察知することができるかもしれないのに。


「キャプテン達は…食堂か」


艦内へと入り、食堂へ向かえばそこには大半のクルーの姿がある。飲み物を飲んだり、雑談していたり…でもやっぱり、どこかピリピリしているような気もして。
視線を巡らせ、ようやく発見したキャプテンに駆け寄れば視線だけでなんだ、と尋ねられたような気がした。


「戦争、もうすぐ終結すると思う。火拳が…死んだって」
「…そうか」
「それと麦わらが死にかけてるみたい。今は七武海の…ええっと、海峡のジンベエ?と逃走中だって」


麦わらの生死はいらない情報かな、とは思った。けれど、どこか興味を抱いている様子はあったし、実際に死にかけていると告げた時に僅かにだけど目を見開いたように見えたから。正解ではなさそう、でも間違いでもなさそうだと、そう思った。
私の言葉に食堂内に緊張した空気が流れ始め、いつの間にか全員の視線がいまだ黙ったままのキャプテンへと向けられる。それは向かいに座っているシャッちゃんも、隣に座っているペンくんも同じ。この人がどんな指示を出すのか、何をしようとしているのか…それを知ろうとしているんだ。
キャプテンは全員の視線を受け、しばし思案顔。そして立てかけていた鬼哭に触れ、ただ一言。潜航する、とだけ口にした。


「えっ潜るんすか?!」
「…まさかと思いますけど、アンタ…」
「そのまさかだ、ペンギン。麦わら屋を拾いに行く」


食堂内はそれはもうどよめいた。一番叫んでいたのは多分、シャッちゃん。ペンくんは溜息を吐くだけに留めたようだ。私だって驚いてはいるけど…潜航する、と告げられた時になんとなーく察してはいたから。それにさっきのキャプテンの反応を見るとね、もしかしたら放ってはおかないかもって気がしていたもん。
だけど危険しかないマリンフォードに突っ込んで、何処にいるかもわからない麦わらを見つけて拾うのは至難の業だと思う。盗聴用の電伝虫を持っていたとしても、さすがに場所を知ることはできないし…映像がないとやっぱり難しいんじゃないんだろうか。
その辺りはどうするつもりなんだろう、と考えを巡らせていると、潜航する為にバタバタと動き始めた音に混じり、私の名を呼ぶキャプテンの声。どうしたんだろう、と思考を中断させて視線を戻すと、いつの間にか立ち上がっていたキャプテンが真剣な瞳でこっちを見下ろしていた。


「なに?」
「お前の聴力、海中でも音を拾えるか」
「え?うん、あんまり距離があるとハッキリは聞こえないと思うけど…方角くらいなら多分、掴めると思う」
「ならお前は操舵室へ行け」


私への指示は操舵室で麦わらがいる方向を見極めろ、とのことでした。わかったら伝声管で全員に連絡しろ、と。それを合図に浮上するそうなんですが…うん、ごめんキャプテン。それめっちゃ荷が重いんですけど?!
簡単にアイアイ、と返事ができなくって、ぐぎぎっと歯を食いしばってとんでもなくひどい顔をしていたら、頭上から「できねぇか?」と言われてしまった。も〜〜〜〜…だからさっそういう言い方はズルイって何度も抗議してんじゃんか!!そんな風に言われたら、できませんとか自信ないですとか言えるワケないじゃんか。
…いや、この人の場合はそれもぜーんぶわかっててこういう言い方してるんだよな。悔しいけどやっぱり、ハートの船長だ。どう言えばクルーが動いてくれるか、理解していらっしゃる。私がわかりやすいだけかもしんないけど!


「どうなんだ、リズ」
「〜〜〜できます!やります、やってやりますよー!!キャプテンのバァーーーーカッ」
「…ガキか、アイツは」
「いや、それアンタが言えた立場じゃないですからね?」
「あ?」


勢いでできます、やります発言をぶっ放し、これまた勢いで食堂を出てきてしまった私は大股で歩きながら、ただ今操舵室へと向かっている最中です。その間に伝声管を通してペンくんがクルー全員に指示出しをしている声が耳に届いた。
麦わら回収は当然ながら最低限の人数で行うようで、残りは医務室と手術室の準備に回るみたい。死にかけているってことはあの音や声を聞いた感じで把握できたけど、肝心の怪我の具合がわからないんだよね。手術が必要か否かさえも、実際に本人を見てみないと判断ができないし。
とはいえ、死にかけているという時点で手術をしないって選択肢は消えているに近いし、重傷であることは間違いないと思う。これは私が感じたものだから、確かな情報であるとは断言できないけどさ。


「お邪魔しまーす」
「あれ?リズ、どうしたんだ?船長の傍にいなくていいの?」
「ウニくん…君は一体、私を何だと思ってるの」
「あはは、ごめんって。でもこういう時、大体はあの人の傍を離れないだろ?」
「そのご本人から指示を受けたんだよ。麦わらがいる場所を特定しろって。マリンフォードまであとどれくらい?」


操舵室にいたのは操舵担当のウニくんと航海士のベポくんだけだった。まぁ、潜航中だしね…あとは浮上するだけだから、この人数でも問題はないとは思うけど。それ以上に医務室や手術室の準備へ人数を回したい、ってことなんだろう。


「もうすぐだよ。聞き取れそう?」
「平気、やってやる宣言してきちゃったし頑張るよ」


もう然程遠くはないらしい。ベポくんの質問に返事をし、ウニくんの隣に腰を下ろした。クセでヘッドフォンを着用しようとして、今回はアクティブソナーもパッシブソナーも使わないことを思い出す。意外とテンパってるのかも、と自覚して、落ち着けるように大きく息を吸い込んで吐き出した。…よし、大丈夫。できる、絶対できる。失敗するわけには、いかないのだ。
目を閉じて集中すれば、甲板で探っていた時よりかなり早い段階でかなり鮮明な音や声が聞こえ始める。おお、もうすぐって言っていただけあるな…でも近いってことは、さっさと特定しなくちゃいけないってことでもある。やっぱり責任重大だこの野郎…!!

『これ以上、こいつらの思い通りにさせんじゃねェよ!!!』

―――違う…

『お前らともあろう者が…大層じゃのう!!!』

―――この声も違う、何処だ…何処にいるの?麦わら……!

『…すまん、”赤鼻”のォ…助かった―――しかし、ルフィくんに深手を…負わせてしもうた』
『何だか知らねェうるせェよ!!―――』

海峡さんの声と…これはシャボンディのモニターで見た茶番劇をしていた、道化のバギーだ!どういうことかはわからないけれど、麦わらと海峡さんを道化のバギーが抱えてるのか…?空を切るような音も一緒に聞こえる。
ええっと、方向は…っ!


「麦わらを見つけた!3時の方向の空中!!恐らく、道化のバギーが抱えてる!」
「船体はそっちに向けたから、このまま浮上します!20秒で海面に出ますよっ!」
『ウニ、麦わら屋を回収したらすぐに潜る。準備をしておけ、イッカクとバンをそっちへ回す』
「アイアイ、お任せを!ロー船長」
『ベポ、リズ!お前らは上がってこい。こっちを手伝え』
「アイアイ、キャプテン!すぐ行くよ」
「リョーカイ」


操舵室を飛び出し、ベポくんを追いかけるように全速力で駆け上る。
甲板へ続く扉は、大きく開け放たれたまま。太陽の光の眩しさに目を細めていると、キャプテンの声が私の鼓膜を揺らした。


「麦わら屋とはいずれ敵だが、悪縁も縁!こんな所で死なれてもつまらねェ!!」


見上げた先には、空中に浮かぶ道化のバギーに抱えられ、血だらけで意識を失っている海峡さんと麦わらの姿があった。


「そいつをここから逃がす!一旦おれに預けろ!!おれは医者だ!!!」

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