消えゆく灯火を


火拳は死んだ―――私達が潜航している間に四皇のひとりである大海賊・白ひげも立ったまま命を落としたらしい。そして白ひげの能力を乱入した黒ひげが手にした、という声まで聞こえてきた。どういうからくりなのかは全くわからないし見当もつかないけれど、確かにあの男は2つの悪魔の実の能力をその実に宿したらしい。
それによって海軍本部の要塞はもうめちゃくちゃだ。海も地面も割れ、海面は黒ひげによって引き起こされた地震で大荒れ状態。直に津波が至る所を襲い、奪っていくはずだ。決着は、もうついているはずなのに…海軍の目的である『火拳のエースの処刑』は本来の手段とは多少異なったとはいえ、それは成し遂げられたはずなんだ。それなのに何故、誰も止まる気配がないんだろう。
マリンフォードを覆っているのは、正義でも何でもない『狂気』だ。


「勝利したはずの海軍の方が…狂気に染まってるように見える」
「こういうものは止まらねぇ。全てを喰らい尽くすまでな」
「―――キャプテン!あれ!!」


ベポくんの声にハッと我に返ると、眩い光と何かが爆発する音が聞こえて背筋がゾッとする。
今の、は…なに?何かが飛んでいったのは見えた、数日前に目の当たりにしたパシフィスタのビームによく似ていた気がするけど。


「置いてきなよォ〜〜…"麦わらのォルフィ"をさ〜〜…!」
「"黄猿"だ!!」


海軍の軍艦のマストの上。そこには海軍本部大将がひとり、黄猿が立っている。さっきのビームはアイツが…!そうか、大将は3人共能力者だったんだっけ。ほんっと規格外の奴らばっかりだ、中堅以上の海兵は。
この船がビームによって爆破されてしまう前に、さっさと麦わらを回収して潜ってしまった方が良さそう。いまだ海峡さんと麦わらを抱えたまま、空をふわふわ飛んでいる道化のバギーに2人を渡して!と声をかけようとした瞬間、「せいぜい頑張りやがれ!」と2人をぶん投げた。
えっちょっ…急に投げるな、あの赤っ鼻め!!!ジャンさんが甲板に来てくれていて助かった…難なく2人を受け止めてくれたから。


「海へ潜るぞ!!」


海峡さんはそのままジャンさんが、麦わらはベポくんが抱えて準備ができている手術室へ―――けれど、それをあっさり見逃してくれるような奴ではないらしい。黄猿という男は。


「シャボンディじゃあ…よくも逃げてくれたねェ〜…トラファルガー・ロー。そして人間兵器のリズ〜〜〜!」
「げっ…!」
「"麦わらのルフィ"〜、"死の外科医"ロー、"鬼の子"リズ〜…!」


マストの上にいる黄猿の体が光り始め、私達に狙いを定める。あの速さのビームなんて避けられるわけがない!
万が一、避けられたとしても潜水艦が木っ端微塵になりかねない。万事休すかと思われた時、誰かの声が響き渡って黄猿の動きも、赤犬の動きも止まった。高まりに高まった士気を通り越した狂気が、少しではあるけれど薄まったように感じる。

その僅かな隙を作り出したのは、どう見たって若い海兵。

階級があるのかさえわからない海兵は、大粒の涙を流しながら「命がもったいない」と力の限り、叫んでいた。目的は果たしたと、何故戦意のない海賊を追いかけるのか、何故止められる戦いに欲をかくのか、今手当てをすれば助かるはずの兵士を見捨ててその上にまだ犠牲者を何故増やすのか…今から倒れていく兵士達は、バカじゃないかと―――赤犬に進言している。
届くはずもないのに、恐怖に震えて涙を流しているのに、それでも彼の紡ぐ言葉はひたすらに真っ直ぐだと思った。


「命が―――…もったいない、」


真っ直ぐで、ひたむきで、正解とも間違いとも言えない彼の言葉は、やっぱり赤犬へは届かない。むしろ、正しくない海兵はいらないと部下であるはずの若い海兵の命さえ、摘み取ろうとしている。
マグマを纏った右手が彼を貫こうと振りかぶられる。けれど、それは1本の刀によって止められた。赤い髪をした、ひとりの男性。間違いない、あの男は…"赤髪のシャンクス"だ。えっ嘘?!何でこんな所にいるんだよ!


「おい、リズ!早く中に入れ!さっさと潜らねぇとマズイ!!」
「えっあ、うん!」


扉の奥から顔を出したペンくんに急かされ、慌てて艦内へ。扉を閉めようとしたんだけど、先に戻っていたはずのキャプテンがじっと何かを見つめている。虚空?いや違う、あの先にいるのは…赤髪さん、だよね?四皇を目にすることなんてそうそうあることじゃないから、気になってるのかな?
麦わらを運び終わったベポくんがそれに気がついて、四皇は珍しいけど早く扉閉めて、と急かし始めた。ああうん、そうだよね、私も急かされたもん。キャプテンの手が扉にかけられた時、何かが飛んでくるのが見えた。何だろう、…帽子?


「麦わら帽子…」
「これって麦わらのだよね?一体、誰が…」
「さあな。リズ、これを持っていろ」
「アイアイ!」
「お前は操舵室へ行って、ウニ達を手伝え。このまま逃がしてくれるはずもねぇからな」


その言葉に頷いて、急いで操舵室へ。その間も耳に全神経を集中させていると、赤犬の憎しみに満ちた声が聞こえてくる。その声に重なるようにして、恐らく青キジの声とパキパキと何かが凍るような音も聞こえてきちゃったんですけど…!


「潜るスピード上げて!海面が凍り始めてる!!」
「まさか青キジの能力か?!…ッうわ、危ねェ!!!」


粗方、船体は潜りきっていた所で良かった。残るは潜望鏡のみだったから、何とか難を逃れた感じ。…あ、そうか。潜望鏡あるんだから慌てて駆け込んでこなくても見えてたんじゃん。何かもう平常心を保てていないような気がするけど、今はそれを反省している時間はない。反省は後でいくらでもできる、今はただ無事にマリンフォードを離れなくちゃ。
しばらくは潜航を続けて、十分離れたら一度浮上する…って言った所だろうか。とりあえず、麦わらと海峡さんの手術が終わるまでは潜航していた方が安全だよね。これからの動向をある程度予測していると、船がグラリと揺れた。えっなに?!


「わっ…?!」
「ビームで攻撃された!当たっちゃいねぇが、このままじゃ当たっちまう!」
「全速力で海底へ!!」


手術室は大丈夫だろうか。一株の不安を抱えながらも、一度途切れさせてしまった集中力を手繰り寄せて耳を澄ませた。

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