忠犬の忠義


マリンフォードから大分離れ、海峡さんと麦わらの手術は終わったらしい。何とか命は繋いだらしいけど、有り得ない程のダメージを蓄積していたらしくて生きられるという保証はまだないんだ、とペンくんが教えてくれた。
そして数時間前に浮上したポーラータング号は今、何故か海軍の軍艦と並走しております。まぁ、その軍艦に乗っているのは海兵ではなく―――いや、海兵も乗ってはいるんだけど何故か石化してる―――革命軍の幹部だというイワンコフさんとそのお仲間さん、そしてこれまた何故か七武海の1人である女帝と呼ばれるボア・ハンコック。
それだけを聞くとどうしたって麦わらと海峡さんの逃走を手助けした私達を捕まえに来たのかって身構えるけど、そうじゃないんだって。ただ麦わらのことが心配だから追ってきたらしいですよ?それもすんごい話だなぁと思う反面、女帝にそこまで思われている麦わらが羨ましい…ってなってるペンくんとシャッちゃんには呆れたよね。2人らしいっちゃらしいんだけどさ。確かに女帝さんは綺麗な人だし。


「リズ、とりあえずもう大丈夫そうだから休んでこいよ」
「ウニくんはいいの?」
「おれも交代要員が来たら休むって。昼間、大分集中して音とか集めてただろ?」
「そうだけど…」
「ほらほら、倒れる前に戻れー」


倒れたら船長にどやされるし、嫌味も言われるし、仕事を増やすなってデコピンか拳骨食らうハメになるぞ〜。
ニヤリ、と笑ったウニくんがそう言って背中を押す。隣に座ってレーダーを凝視しているバンちゃんも、視線はそのままにそうだそうだ、と言いながら手をしっしっと動かしている。ウニくんの気遣いは嬉しいけれど、バンちゃんのそれは気遣いだとはとても思えないのですが。どう見たって邪魔な奴を追い払う仕草じゃん…。
ウニくんの言う通り、ひとまずは静寂を取り戻したと思う。海も荒れている様子はないし、追手もいない。残っている懸念は麦わらの容態だけど、そればっかりはどうにもできない。オペをしたキャプテンがやれることは全てやった、と言ったのだから、あとはもう麦わらの気力次第なのだ。本当に。ちなみにイッカクちゃんは先にお休みになりました。


「じゃあ…お言葉に甘えて休むね。おやすみ、ウニくんにバンちゃん」
「おう、しっかり休めよ」
「おやすみ」


操舵室を出て階段を上る。キャプテンはずっと麦わらに付きっきりなんだろうか…あの人、ちゃんと休んでるのかなぁ。手を出してしまった以上、医者のプライドが途中で放り投げることは決して許さない。最後の最後まで面倒を見る気でいるだろうし、私達だってそんなキャプテンを精一杯支えるしフォローだってするつもりでいる。でも休んでもらわないのは困るし、そもそも睡眠をとってもらわないと集中力だって長くもたないんだよ。
それが普段の、航海をしている時だったらどうとでもなるけどさぁ…今は少しだけ状況が違うから。だから尚更、睡眠と食事はしっかりとってほしいと思ってしまう。顔…見に行こうかな、ずっと操舵室に引き籠ってたから単純に会いたいって気持ちもある。キャプテンに。邪魔になるようだったらすぐにお暇すればいいもんね。よし、そうしよう!
手術室と医務室が並んでいる階に辿り着き、耳を澄ませて音を拾おうといらないものを遮断―――しようと思ったんだけど、目当ての部屋の前に影があることに気がついてしまった。キャプテン?それともクルーの誰か…?いや、どっちでもないな。この気配はウチの誰でもない。けれど、他の誰がこの船に乗っているというんだ?目を細め、わかりやすく殺気を纏って『影』に近づいていく。


「その殺気をしまわぬか。無礼な」
「なんだ、貴方か―――その部屋には入れませんよ、女帝さん」
「そなたは…ああ、この船の船員か」


私はさっきも言った通り、ずっと操舵室に引き籠っていたから女帝さんに会ってはいない。でも顔と名前は一方的に知っているし、追いかけてきた理由も一応聞いてるからアレだけど…この人、よく私がクルーのひとりだってわかったな。
首を傾げかけた所で、自分の着ているものが目に入った。あ、理由はこれか。つなぎ。珍しく着崩さないでいたから、わかりやすかったんだ。皆とお揃いのものだから。


「いくら七武海の貴方でも、いまだ危ない状態の麦わらに会わせるわけにはいかない」
「……」
「どれだけ貴方が偉かろうが何だろうが、この船の船長はトラファルガー・ローです」
「…そのくらいわかっておる」


だから何なんだ、という目で睨まれた。
うーん、美人さんって睨んでも様になるんだね。すっごいなぁ、なんて場違いな感想は、私だけの秘密。


「ロー船長の決定は絶対だ。だから誰も入れるなと言われている以上、従ってもらう」
「忠犬のようじゃのう…そなたの言動も、行動も」
「そう思ってもらっても構わない。あの人は私のキャプテンで、ご主人様だから」


僅かに目を見開いた女帝さんは、無言のままその場を離れていった。方向的に甲板へ向かったのだろうか…あの人の為に部屋を用意しているかどうかまでは確認していないけれど、どっちでもいいかな。この部屋に来たのも、今何処かへ向かっているのも、それは全て女帝さんの意思で行われていることだから。
お客さんってわけでもないのだろうし、下手に出る必要もないかなーって。プライドは激高っぽいから、機嫌を損ねてしまったら大変なことになりそうだけどね。


「女帝にケンカ売るのかと思って、肝を冷やしたぞー?」
「シャッちゃん…いたんだ」
「その言い方はひどくね?!」
「しー。ここ、医務室の前だよ」


しまった、という顔になったシャッちゃんはもう手遅れなのに、慌てて口を両手で覆った。気持ちはわからないでもないけど、もう言葉として零れ落ちちゃった後なんだからさ。ジト目で指摘すればまるで油の切れたブリキ人形のように、ギギギと緩慢な動きで医務室のドアへと顔を向けた。しばらくじーっと見つめ、誰も出てこないことを確認してから口を覆っていた両手を外し、安堵の溜息を吐いている。
うーん、キャプテンがいるか確認して顔を見ようかと思ってたけど、やめとこ。シャッちゃんの手を引き、そのまま温かいものでも飲もうと食堂へと足を向けた。


「あ、シャッちゃんもしかして医務室へ行く所だった?」
「いや、そういうわけじゃなくて単なる見回り。船長命令でな」
「キャプテンの?」


何でも女帝さんが麦わらの容態をずーっと気にしていて、さっきのように医務室の前で佇んでいることが多いんだってさ。決して入ることはしないらしいんだけど(キャプテンが釘を刺してるから)、それでも気が散るって理由で1時間に一度、艦内の見回り―――という体の女帝さんをさりげなーく何処かへ移動させよう作戦を実施させているそうな。後半部分はキャプテン以外のクルーが考えたことらしいけど。
正しい船長命令は『邪魔。気が散る。どかせ。』だそうです。でもそれをそのまま素直に伝えちゃうと、お怒りになる確率が高いのでやんわりと伝えてるんだって。やんわりって…伝わるの?それ。余計に面倒じゃないか?疑問を口にすれば、それはもー大変だよって苦笑された。でしょうね。


「お客さん扱いはしなくていいってことなんだけど、どうしてもなー」
「…単純に綺麗なおねーさん前にして何も言えないだけでない?それ」
「それもある」
「あるんかい」


大変ってあの場から離れてもらうことじゃなく、違う理由かいこの野郎。ちょっとでもそれは面倒なこと頼まれたね、って同情しかけた私がバカみたいじゃないか。全く。
遠慮なく溜息を吐き出して、食堂の扉を開けた。時間も時間だし、誰もいないかもな〜と思ってたんだけど…そこには1人でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいるペンくんの姿があった。


「ペンギン、お疲れ〜」
「ああ…お疲れ。シャチ、リズ」
「もう休んだのかと思ってた」
「さっきまで仮眠とってたんだ」


仮眠?でも今日のペンくんって、不寝番じゃなかったよな?振り分けられたシフトを思い出しながら、首を傾げる。…うん、やっぱり違う。不寝番はベポくんとジャンさんのはずだ。
それなのに何故に仮眠?あ、もしかして何があっても大丈夫なように、不寝番の人数増やしたのかな?今の所、追手の姿は見えないし問題ないとは思うけど、それがずっと続くってわけでもないし。


「航路に問題はないし、恐らくもう追手の心配もねぇよ。ウニ達もそう言ってただろ」
「言ってたけど、じゃあ何でペンくんは仮眠とってたのさ」
「船長がオペ終了後もほとんど休んでねぇんだよ」
「あー…やっぱりか。でもあの人、能力使ってオペしてたよな?」


それは初耳だ。いつの間にかシャッちゃんが淹れてくれたココアを飲みながら、自然と眉間にシワが寄る。確かにチラッと見た麦わらの怪我の具合は、ひどいものだった。海峡さんだってそう。もしかしたら能力を使ってオペするかもな、とは思っちゃいたけど、案の定でした。
それはいい、その判断はキャプテンがするべきだし、キャプテン以外できないものだと思っている。だけど、その後に全く休息をとっていないっていうのは頂けない話なのですが。オペはかなりの集中力がいるし、疲労度だって半端ないはずなのに…もしかしてずっと、麦わらに付き添っているのだろうか。状態が急変しても対処できるように、ずっと傍に。


「…なにそれ。麦わら羨ましい」
「ほんっとブレねぇなー、お前。そんなこと言ってる場合かよ」
「リズの心境はさておき、いい加減に少しは横になってもらわねぇとマズイんだ。だから仮眠とって、船長と交代しようと思って」


すんなり交代してくれるとも思ってねぇけどな。
ズズッとコーヒーを飲みながら、ペンくんは呆れたような声音でそう紡いだ。ああ、確かに…キャプテンのことだから、命令するなとかうるせぇとか、そんな風に一蹴しちゃうような気はするよね。
ペンくんもそんな性格を理解していると思うから、半ば無理矢理に交代するとは思うけどさ。唯一、あの人が逆らえないとしたら本気で怒った時のペンくんだと思うんだ。


「話は変わるんだけどさ。…リズは、麦わら助けるの嫌だって駄々こねると思ってた」
「へ?」
「それはおれも思った。でも案外、すんなりと受け入れてたな?」


こいつらは私のことを何だと思ってるんだ、と思わんでもないんだけど…間違っているとは言い切れないので、何も言い返せない。
だって助ける義理がない相手だし、麦わらはかなり友好的な性格っぽいけど敵は敵だ。それにキャプテンの興味を引くのもムカツク、という気持ちが全くないわけじゃない。多少はやっぱり、あるわけで。今だって麦わらの傍には大好きなキャプテンがいるわけですし?…でも、


「……命、拾ってもらっちゃったし」


ボソリ、と理由を呟けば、2人は疑問が解決したのか「あ!」って手をポンッと叩いた。2人して同じポーズしないでもいいんでないのかい?ちょっと面白い光景だよ、これ。


「そういや、シャボンディまで乗せてくれた船って麦わらの船だったんだっけ」
「うん。だからまぁ…恩人でも、あるしなぁと」
「だぁから何も文句言わず、船長の無茶ぶりにも応えようとしてたのか」


無茶ぶりっていうのは、きっと麦わらを見つけろって言われた時のことだと思う。うん、確かに無茶ぶりに近かったよなー…あれ。そんなの今更だから何とも思わないし、現に今回もやってやらぁ!って感じになりましたし。
そもそもあまりにも理不尽だったり、納得できないことじゃない限りはキャプテンの命令に背く意思はゼロだ。あの人をキャプテンだと認めた時から、ずっとそうだったもの。今になって覆されることでもないと思う。
自分でも従順だと思っているし、忠犬だと言われてもあまり嫌な気はしない。まぁ、ハート以外の人間に言われるのは…できれば避けたいっつーか、言われたくないっつーか…あんまりにも面倒な感情を抱いちゃいますけどね。

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