冷たい瞳を飲み込んで


いい加減に休め、と操舵室から追い出され、食堂で少しだけペンくんとシャッちゃんと話しながら温かいココアを飲んで、そしてぐっすりと眠っているイッカクちゃんがいる自室へと戻ったのは…果たして何時だったのか。
倒れ込むようにしてベッドに入り、数分もしないうちに夢の世界へと旅立ったと思う。だけどどうしてだろう、何故かパッチリ目が覚めてしまった。寝る前と変わらずイッカクちゃんがぐっすり眠っているということは、そう長い時間は眠っていないと思うんだけどなぁ。でもまぁ、ひどい眠気があるわけでもないし、体がだるおも〜って感じもない。気分の悪さや頭痛もないので、起きても問題はなさそう。
起きた所で何かすることがあるわけでもないんだけど、このままベッドでゴロゴロしていてもどうにもならなそうだから。あと単純に暇なんだ。イッカクちゃんを起こすわけにもいかないし。パーカーを羽織って、そっと部屋を後にした。


「静かだなー…あ、星が綺麗」


思いドアを開けて甲板に出ると、冷たい風が吹いた。うう、案外寒かった…ブランケットとか持ってくるべきだったなぁ、と思いながら空を見上げると、いくつもの星が瞬いている。わかっちゃいたけど誰もいないし、気配も薄い。大半のクルーはお休み中って所かな。
そういえばペンくんは、キャプテンを休ませることに成功したのだろうか。最悪、強硬手段に出るとは思うけどー…できれば、その前に彼の言うことを素直に聞いてくれているといい。難しい気がするけどね。あの人、めちゃくちゃ頑固だから。命令されるのも嫌いだし。


「何をしてる」
「びっ…くりしたぁ……キャプテン?」
「ペンギンに休んだと聞いていたが…今までずっと起きてたのか」


突然聞こえた声にビックリしつつも辺りを見回せば、欄干に頬杖をつきこっちを見下ろしているキャプテンの姿があった。珍しくいつもかぶっている帽子はないし、服装もVネックのTシャツというラフな格好。大分落ち着いているからか、その手に愛刀・鬼哭の姿もない。
まぁ、ポーラータング号の上だし…海賊や海軍がいる様子もないから、それほど警戒する必要もないか。どうせならキャプテンの方に行こうとしたら、私が動く前にひらりと飛び降りてきた。あらら…相変わらず身軽だなぁ、この人。


「キャプテンこそ何してるの?ペンくんに怒られたでしょ、休めって」
「ああ。さっきまで寝てた。目が覚めちまってな」
「ふぅん…私も一緒。目が覚めちゃって」


良かった、少しでも寝てくれたなら。これで一睡もしていないって言われたらどうしようかと思ったよ。あれだよね、ペンくんにお説教してもらうしかないよね、その時は。この人、ペンくんのお説教には逆らえないから。
だって怖いもん、お説教モードのペンくん。キャプテンに対して普段は敬語使ってるけど、怒ると呼び方も『船長』から『ロー』に戻るし、口調も荒くなるんだ。本人は無意識みたいで気がついてないけど。


「体調は」
「え?何ともないよ?」
「…そうか」


それっきり黙ってしまったキャプテン。何で急に体調は、とか言い出したんだろうか、この人は。というか、私、昼間も元気いっぱいでしたけれども。
体調悪くなった記憶もないし、……あ、もしかして麦わらの位置を探ったり、情報集めたりしてたから?だから問題ないか、って意味でのあの言葉だった―――とか、しちゃう?え、しちゃうの?キャプテンが私のことを心配してくれてたってことでいいのかな?!


「にしし、キャプテーン」
「なんだよ、気持ち悪ィな」
「ううん、やっぱり優しいなーって思っただけ!」
「変な奴…」


言葉はそっけない。でも薄らと浮かべられている笑みを見て、私の見解はさして間違っていなかったんだろうなって思う。素直じゃないからね、ウチのキャプテン。急に素直になられてもどうしたの?!ってなりそうだから、今のままでも構わないけどさ。


「静かだね。戦争があったなんて嘘みたい」
「今は女帝屋が統べる島に向かっている道中だからな…それに海軍もそれ所じゃねぇだろうさ」
「見事な程にめちゃくちゃになってたもんね、マリンフォード」


あれだけの数の海賊と海軍が一戦交えたんだ。どう楽観視しても何も壊れない・誰も死なないなんてことは夢のまた夢。無理な話だもんね。今はきっと、現状の把握とー…これから先のことを考えることで精一杯だろう。しばらくは無駄に追いかける心配はなさそうかな。
実際の所はわからないけれど、たった数日でもいい…キャプテンやクルーの疲労が回復するまで、そっとしておいてほしいなんて思ってしまう。海賊がそんなことを願うなんて、滑稽なことだとわかっちゃいるけどね。


「血は血でしか洗い流せないってよく言うけど…」


本当に、そうなのかな。ポツリ、と呟いた言葉は、風に乗って消えていく。私の呟きにキャプテンは、何も反応を返してはくれなかった。
そっと盗み見た彼の横顔には、感情が何も宿っていないように感じて…私はこの時の顔をずっと忘れることがないと思う。忘れられないと、思う。

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