削られる命
女帝さんが呼んだ九蛇の海賊団と合流し、ずいぶんと平和な海を進むこと数日…遠くに1つの島が見えてきた。女帝さん曰く、あの島が女帝さんの統べる女ヶ島『アマゾン・リリー』だそうだ。その名の通り、住んでいるのは女ばかり。そして住人全てが戦う術を習得している、戦士なのだそうだ。成程…つまりは住人全てが九蛇海賊団のクルーってことになるのかな、多分。
本来ならこの島に男は立ち入ることはできないんだって。何か麦わらは特別らしいけど…まだ目を覚ましていないし、この状態で島へ下ろすことは危険だってキャプテンが判断したので、とりあえず目を覚ますまではポーラータング号に。起きたら女帝さん達に報告、後に麦わら1人だけ女ヶ島へ上陸―――ということになりました。それまでは私達も緊急特例ってことで、湾岸への停泊を許されましたとさ。まぁ、理由が理由だしってことでね。
「目を覚ましたら錯乱するかもな、とは思っていたけれど…」
艦内から始まり、今は森の方から破壊音や悲鳴が聞こえている。
実は数十分前に麦わらが目を覚ましたんだ、医務室の扉をぶっ壊して。それも火拳の名を叫びながら。最初は記憶や意識が混濁しているだけだと思った…でもきっと違う、これは火拳の死を現実だとわかっているのに受け止めきれない心の叫び。一種の錯乱なのかもしれない。ひとしきり暴れ回れば気が済むかもしれないとは思うけど、でもそれではキャプテンの必死の治療が意味を失くしてしまう。せっかく一命をとりとめたのに、その全てを水の泡にするつもりかあの男は!!
キャプテンと私以外のクルーが総出で麦わらを止めようとしているけれど、全く歯が立たない。体力も、気力も、かなり消耗しているはずなのに…何であんなに暴れ回れるんだ。ああ、いや…これはそういうものは一切関係ないものかな。全てを忘れたいが為の、行為だから。
そんな状況をBGMにしながら、キャプテンと海峡さんは座った状態で静かに言葉を交わしていた。放っておいたらどうなるのか、傷口が開いたら死ぬかもしれない―――と。
「そうか…なら、止めねばな」
「大丈夫なの?貴方も怪我人よ、海峡さん」
「なァに、怪我をしていようが今のルフィくんに負けやせん」
そう言って笑みを浮かべた海峡さんは、決して越えるなと言われている陣の向こうへと姿を消した。そうなると私達はもう手を出せない。ただ待つだけ……というか、待つ必要があるのかもわからないけれども。
でもキャプテンも麦わら帽子をじっと見つめたまま動く様子がないし、まだ出航はしなさそうかな。何となく手持ち無沙汰でキャプテンの横に腰を下ろせば、灰色の瞳がツイとこっちを向いた。
「―――キャプテンが、止めに行くかと思った」
「麦わら屋をか?何故、おれが行かなきゃいけない」
「だって医者のプライドってもんがあるでしょ?麦わらが命拾いしたの、キャプテンが治療したおかげじゃん」
「…やれることはやった。あとはあいつの自由だろ」
生きることを選んでも、死ぬことを選んでも…それは麦わらの意思だから。おれには決定権も何もない。そう言っているように思えた。それはそうだろうけど…ちょっと意外かも。キャプテンは全快する時まで面倒を見るつもりだと思ってたのに。いや、見るつもりだったとしても麦わらが死を選ぶのならばそこまで、ってことなのかなぁ?
うーん…やっぱりキャプテンの考えを理解するのは難しいなぁ。思いっきり伸びをして息を吐いた所で、遠くで水柱が上がったのが見えた。え、何事?何か叫び声みたいなのも聞こえたし、海王類か何かかな?
「ペンくん、あれ何事?」
「いや、おれにもわからねぇ。大型の海王類の姿は見えたが……あ」
「うん?」
「死んだ!何かにやられたぞ…!!」
「あのデケェのが…!!」
「え、死んだって海王類が?海王類同士のケンカだったの?」
「わからねぇ。相手の生物は見えなかった」
ペンくんに借りた双眼鏡を覗いてみると、確かにそこには海王類の死体がプカプカと浮かんでいた。本当に何が起きたのアレ…てか、海王類同士のケンカだと仮定するとして、こっちに向かってきたりしないよね?
あっさり食べられちゃうようなヘマをするつもりはないけど、船を襲われてしまったらどうにもできないんだけど。やだなぁ、と眉間にシワを寄せ、双眼鏡を外す。…と、ザバッと海から何かが上がってきた。あれは…人、だな。―――えっ人?!
「いやあ参った」
「…キャプテン、冥王さんなんだけど…」
「ああ…見ればわかる…」
「おお、キミ達か…シャボンディ諸島で会ったな」
ええ、お久しぶりですーなんていう間柄でもないけれど。というか、何故この人は海から上がってきたの…泳いできたの?ぽっかーんとしていると、冥王さんは勝手に船が嵐で沈められてしまってここまで泳いでくるハメになってしまったとか、年をとったとか話し始めた。
ああ、やっぱり泳いできたんだ…年をとったとか、体が動かないとか言ってますけど、泳いできている時点で多分、貴方が思う程は衰えてないと思います。ほんっと体力オバケなんじゃないかこの人、と遠い目になっていると、ペンくんが驚いた声を上げた。
「"凪の帯"には嵐はねぇぞ?!―――ってことは、そんな遠い海で遭難してずーっと泳いで来たのか?!」
「え?ここって嵐ないの?確かにずいぶんと穏やかな海だな〜って思ってたけど…」
「リズ!お前はあとでもっかいおれとお勉強!!…さっき海王類とケンカしてたのもあんたか……!!」
どうやら私はペンお兄ちゃんとお勉強会をしなければいけないそうです。なぁんか前に聞いたことがあるような気もするし、本で読んだ気もするけど…記憶から抹消されてるっぽい。本を読むのも、知識を仕入れるのも嫌いじゃないし、ペンくんと勉強するのも嫌いじゃないんだけど…今回のはちょっとお説教が入りそうで嫌だなぁ。でも仕方ないか。
私がそんなことを考えている間に濡れに濡れた服を絞り、眼鏡をかけ直した冥王さんはフッとこっちを振り返って麦わらがこの島にいると推測したのだが、とか口にした。それにはもう私達全員ビックリだ。
だってこの島を選んだのは女帝さんが七武海である限り、きっと海軍には麦わらを匿っていることを悟られないだろうと考えたからだ。安全に療養できる、と女帝さんが断定したからだ。それなのにこうも簡単に推測されてしまったなんて、これじゃあ海軍にバレるのも時間の問題ってやつかなぁ。
「ふふ…海軍には恐らくバレていないだろう。私は女の勘に従ったまでだ」
「女の勘…?」
「それで物は相談なんだが、ルフィくんを私に預けてもらえないだろうか」
「麦わら屋を?」
訝し気な視線を冥王さんに投げたキャプテンだけれど、しばし見つめ合った後、静かに少なくとも2週間は安静にさせろ、とだけ告げて立ち上がった。あれ、いいの?
「おれがやれることはやった。目も覚ましたなら、お役御免だ」
「そうか。では、後のことは私が引き受けよう」
「お前ら、出港準備だ」
「え〜〜〜?!入らねェんすか?女人国!!」
「入らねぇよ」
というか、入れさせてもらえないっていうのが現状なのでは…。何だかいつも通りだなぁ、と騒ぐクルー達を横目に見ながら、一足先に艦内へ戻ろうと立ち上がる。あ、キャプテンは出航準備とか言ってたけど…麦わらが暴れてめちゃくちゃになった医務室は大丈夫なのだろうか。三班がいそいそと修繕と片づけに行ってくれたけれど。
音はすごかったけど、薬とかは倉庫に厳重に保管してるから多分大丈夫。扉も頑丈にできてるから、ぼっこり凹んだりはしてるかもだけど、それくらいで済んでるはず。あの音の大半はカルテをしまっている棚が倒れたり、器具が吹っ飛んだ音だと思うし。まぁ、それでも大層な被害だと思うけどね。
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