戻ってきた静寂


艦内へ足を踏み入れると、一足先に戻っていた三班と手が空いているクルーがバタバタと走り回っていた。
うん、まあそうだよねーそんな早くに修繕や片付けが終わっているはずもないですよねー。


「あっリズ!お前、今手ェ空いてるか?!キャプテンから何か用事任されてたりする?!」
「ううん、何も任されてないけど…どうしたの、コウくん」
「思ったよりも修繕に時間食っててさぁ…カルテと器具の整理、頼んでもいいか?」
「ああ、そのくらいならお安い御用だよ!任せて」
「悪い!あとで手ェ空いた奴を向かわせっから!」


頼んだぞーっと片手を振り、コウくんは走り去っていく。さて、私も医務室の片づけをしに行くとしましょうか。コウくんの言っていた感じだと、恐らくは誰も散らばったカルテや器具の片づけをできていない状態なのだろうし。
そのくらいなら出航後でもできるっちゃできるけどー…あんまりキャプテンに見せたくないよね、そういうのは。私達がしでかしたことではないとはいえ。あの人も事情をわかっているから、理不尽に怒ることはしないと思うけどね。
ふんふんと鼻歌を歌いながら医務室へ入ると、想像以上の惨状にうぉお…とひっくい声が漏れた。もちろん、扉もひっどいことになっておりました。ザトーさんとジャンさんが一生懸命修繕中です。どうやらさっき声をかけてきたコウくんは、別の箇所を修繕中の模様。


「がっはっはっは!ひでェだろう、リズの嬢ちゃん」
「うん…想像以上っす。どんだけ暴れたのよ、麦わらの奴」
「ほぼ錯乱状態だったようだ。火事場の馬鹿力というものと、似たようなものかもしれん」
「まぁ、元々のパワーが底知れねェ坊主のようだったからな。仕方ねェかもなぁ」


ザトーさんは楽しそうに笑ってるけど、多分、笑い事じゃないと思うよ。これ。私は苦笑を浮かべるしかできなかった。現実逃避したくなるような状況だけれど、さっさと手をつけないと終わらないな。
溜息を一つ零し、まずは散らばっている器具を拾い集めることにした。…拾い始めてすぐでこんなこと言うのは何だけどさ、私1人でやり遂げるにはかなりの時間を要すると思うんですけれど。やるけどさ。頼まれたし、ここまできて見て見ぬフリするのも嫌だから。
ベッドは誰かが元の場所に戻してくれたのか、もしくは被害を受けなかったのかはわからないけれど、シーツが少し乱れているだけだった。こっちは後でベッドメイクすればいいや。


「うわ、いくつかひん曲がってるものあるけど…どっかで調達できるかなぁ」
「どれどれ?…ああ、確かにこれはもう使えんな。それ以前に全て、一度は消毒せんとマズイだろう」
「ですよねー。それは四班にも手伝ってもーらお」


消毒の仕方がわからないってわけではないけど、医務室と手術室をテリトリーとしているのはキャプテンと四班だからなぁ。常に使用している人達に、扱いに長けている人達に任せてしまうのが一番だと思うんです。だってほら、医療器具って命に直結することもあるでしょう?特に手術で使う時とかさ。
手術が必要になる状況になることはそうそうないって思いたいけど…海に出ている以上、海賊を名乗っている以上、無傷でいられることの方が少ないから。用心しておくに越したことはないと思うの。


「おーい、何か手伝うことある?」
「シャチか。こっちももう終わるから、リズの嬢ちゃんの方を手伝ってやれ」
「リズ?あ、ほんとだ。いつの間に戻ってきてたんだ?」
「5分ちょい前。コウくんに片付け頼まれたの」
「あー…そういや、手が空いた奴はとか何とか言ってた気ィすんな」


ひょっこり顔を出したシャッちゃんは、廊下や甲板の修繕にイッカクちゃんと当たっていたらしいです。そこも壊されてたんかい…本当に恐るべし、麦わら…!直す箇所はそう多くないだろうと思っていた5分前の私、考えを改めた方がいい。何度も言うけど、想像以上です。どこもかしこも。
まぁ、それは置いておくとして―――シャッちゃんが手伝ってくれるなら、器具を拾い集めるのお願いしちゃおっかなぁ。その間にカルテを掻き集めて、整理してしまえばさっきよりは効率良くなると思うし。というわけで、まだまだ落ちている器具達の回収と仕分けを遠慮なくシャッちゃんにお願いすることにした。仕事分担、仕事分担。
細かいことが苦手なシャッちゃんは、とんでもなく渋い顔をしていらっしゃるけどね!でもそんなの知ったこっちゃないです。手伝ってくれるって言ったもん。それはつまり、手隙だってことだもんね。


「うえー…どこまで吹っ飛んでんだよ」
「じゃあカルテの整理する?」
「やだ。まだこっちの方がマシだっつーの」
「そーお?じゃあお願いね、シャッちゃん」
「…上手くノせられてね?おれ」


あっはっはっは。気のせいですよー気にしたら負けですよー。
それにしてもカルテもぐっちゃぐっちゃだなぁ。クルー分のだけなのが救いだけど…それでも多いよね、総勢21人だもの。そして旗揚げ組に関しては、1人分だけで軽く5年分はあるはずだし。そうするとね、ファイル1冊では済まないんですよー。というか、ファイルが散らかってるだけならまだマシだけど、中には金具が外れて中身ごと散らばってるものとかあっからね?シャッちゃんが器具を拾い集める方がマシって言ってたのは、そういう理由です。
手先はめちゃくちゃ器用で、細かい作業とか得意なクセにこういうのは面倒だって言ってやろうとしないんだよねシャッちゃんって。本人曰く、機械いじりとかと全く違うんだとか。私にはその意味がよくわからなかった。横で聞いていたペンくんやイッカクちゃんは、しきりに頷いていたけれども。


「そういえばこの後は何処へ向かうんだろうね?」
「シャボンディ諸島に戻るんじゃねぇのか?そうしねぇと新世界へ入れないし」
「まぁそうなんだけど…海軍がうろついてたりしない?」
「それはねぇだろ」


シャッちゃんは私の疑問をスパッと一刀両断。あんなひどい戦争があった後だし、海軍も立て直しにまだバタバタしている可能性が高いそうな。だからシャボンディ諸島には必要最低限の海軍しかいないのではないかっていうのが、シャッちゃんの見解らしい。
でもまぁ、それは確かに一理あるかもしれない。いまだ戦争の爪痕は深く残っているだろう。だとすれば、今のうちに通過してしまうのが得策?それとももう少しタイミングを見計らうべき?キャプテンはどう考えているんだろう。


「最終的な判断は船長がするよ。あの人ももう戻ってくるだろ?」
「多分。この島に残る理由ももうないしね」


キャプテンが戻ってきたら聞いてみればいい、とシャッちゃんは笑い、再び散らばった器具を拾い集め始めた。

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