賭けの対象だなんて心外だ
―――はっ…はぁ、
ただひたすらに、がむしゃらに走り続けた。港を、町中を、人混みをすり抜けるようにして。たくさんの人がなんだ?という顔をしてこっちを見るけれど、それを気にしている時間も余裕もない。
とにかく早く、早く―――辿り着きたかったんだ、ポーラータング号へ。
「あ、リズだ!キャプテン、リズが帰ってきたよ!ほらっ」
「うるせェぞベポ。そんなに叫ばずとも聞こえてる」
「ははっアイツ、待ちきれなかったんだな〜全力疾走じゃん」
「船長、…アンタが一番に出迎えてやってください。タラップは下ろしてありますから」
そんな声が聞こえて、ふっと視線を上げた。するとブンブンと手を振るベポくん、欄干に頬杖をついてニィッと笑みを浮かべているシャッちゃん、その隣に立ってヒラヒラと軽く手を振ってくれたペンくん、そして―――珍しく帽子をかぶっていないキャプテンが、タラップを降りてきた。面倒そうな表情を浮かべて。
でもそれでも、どれだけ面倒そうな表情をしていても、私は構わないって思ってしまう。ペンくんに言われたから渋々、という形でも、意地でも行かないって選択肢を選ばないでいてくれたことが嬉しいから。自然と口元に笑みが浮かび、僅かに走るスピードを上げて私はタラップを降り切ったばかりのキャプテンへ突っ込んだ。
「ただいまっキャプテン!!」
「―――おかえり。だが、そのまま突っ込んでくるんじゃねぇよアホ!!」
「ええ〜?でもキャプテン、ちゃんと受け止めてくれるじゃん尻もちついたりもしないじゃん」
「だからといって、突っ込んできていいわけじゃねぇだろ…!」
そのまま背中に腕を回してぎゅーっと抱きつけば、頭上から聞こえてくる溜息。でも彼の手はゆるゆると私の頭を撫でてくれるから、嬉しくてまた笑う。
ほら、怒りの言葉を吐いてもこうして引き剥がさないでいてくれる。こういう所がとても優しいなって思うんだよ?本人に言ってしまえば、きっと拳骨が降ってくるだろうから言わないけどね!
抱きついたままぐりぐりと胸元に頭を擦りつけていると、いつまで経っても離れそうにない私を疎ましく思ったのかキャプテンはいとも簡単に私を担ぎ上げた。あれです、俵抱き。思わずおお、と声が上がったよね。
「いつまでそうしている気だ。他の奴らが待ってんだよ」
「皆にも会いたいけど、まずキャプテン補充がしたい」
「やめろ。おれを何だと思ってやがる」
「ハートのキャプテン。」
「そういう意味じゃ、……いや、もういい」
あ、面倒になったんだなこの人。でも全部本気なんだけどなぁ…3週間ちょっと離れてたわけだし、少しでも傍にいたいんだもん。
これから先、離れる予定なんてこれっぽっちもないし、飽きるほど傍にいられるのも事実だとは思う。けれど、どうしたって不安はつきまとってくるから―――それを拭う為にも。
だって傍にいればきっと、この人はいなくならない。私達を、私を置いていかない。そう思うから。もし何処かに行きそうになっていたとしても、引き止めることができるもの。
「あのねあのねリズ!今日はリズが戻ってくる日だから、ごちそうだぞ!」
「ごちそう?」
「そーそー。四班の奴らが張り切って、お前の好物たんまり作ってんだぜ」
「えっ本当?!やった!!」
艦内へと戻る道中、ベポくんとシャッちゃんが教えてくれた情報に私は満面の笑みを浮かべた。ガキっぽいと言われようとも、嬉しいものは嬉しいのです。それはいくつになろうとも変わらない事実だと思うんだよね。
だって好きなものばかりが並ぶんだよ?テンションだだ上がりするでしょ、むしろテンション上がらない人なんてこの世界のどこを捜しても見つからないと思うんです。毎日だって好きなものは食べたい。食べたいったら食べたい。
こういうことを口に出しちゃうから、キャプテンを筆頭にガキだって言われんのかなぁ…だけど、素直さってあった方がいいじゃんか。…ある程度は。それに私だって何でもかんでも口に出してるわけじゃないやい。
結局、私は食堂に着くまでキャプテンに俵抱きにされたままだった。嫌なのか、と聞かれればそんなことはこれっぽっちも思わないので、首を横に振ると思う。おお、と思ったのも最初だけで、順応性が高いらしい私はすぐにその状態のままキャプテン達と普通に会話してたし。
その様子を見たペンくんや、すれ違う皆はおかえりーと言葉を口にしながら苦笑を浮かべていました。何故だ。
「本当に私の好物だらけだ…!」
「どうせアンタは船を離れてる間、まともに食事してないだろうって全員の意見が一致したの」
「え、なにそれ」
「でも間違ってないでしょ?」
「〜〜〜〜…間違ってると言えないのがとても悔しい」
「あははっ」
イッカクちゃんがとても楽しそうに笑い、その笑い声につられたのか皆も豪快に大口開けて笑って。見慣れていたはずのその光景が、やけに懐かしく感じてしまう。
うっかり気を抜けば泣いてしまいそうになるのを隠すようにして、私も笑みを浮かべて美味しそうなからあげに手を伸ばした。それが合図だったかのように、ワイワイと賑やかな食事という名の大宴会がスタートするのである。
名目上は私が帰ってきたお祝い、らしいけれど、まぁ理由はどうであれ皆はお酒を飲む理由が欲しいだけなのよね。お祝いっていうのも嘘ではないんだろうし、疑う気持ちだって微塵もないんだけれども。こうしてまた迎え入れてくれることが、たまらなく嬉しいのである。
幸せ気分で黙々と食事を口に運んでると、少し離れた席で「勝ったー!」だの「負けたー!」だの声が聞こえた。何だろう、もうできあがったクルーが賭けトランプでもしているのだろうか。好きだなぁ、そういうの。まぁ、別にいいかーと思い直し、食事に戻ろうとしたらガッと首に腕が回され思わず、ぐえっと声が出た。食事中に誰だこの野郎!!
「よーう、おかえりリズ!」
「バンちゃん。ただいまー。なに?ずいぶんとご機嫌だね」
「ん?んん、そうだな。すげー機嫌いいぞ」
私の首に回した腕はそのままに、バンちゃんは空いていた隣の席に腰を下ろした。鼻唄を歌いながら。本当にご機嫌…さっきの勝った・負けたの声と関係があったりするんだろうか。
何個目かもわからないからあげを口に放り込み、咀嚼しているとグイッと引き寄せられて喉にからあげ詰まらせた。慌てて水で流し込んで、犯人であるバンちゃんの頭を思いっきり引っ叩く。いってェ!って怒られたけど、怒りたいのこっちだからね?君じゃないからね?!嫌だよ、死因が『からあげを喉に詰まらせた為』とか!どんだけマヌケな死因なのさ!!
「なっにすんだお前ェ!!」
「それはこっちのセリフだ酔っ払い!!嫌だよ、からあげが死因!」
「…何の話をしてんだ。バン、リズ」
「あっ聞いてよペンくん!この酔っ払い、人のことからあげで窒息死させようとしたんだよ!」
「してねェよ!人聞き悪ィなっ」
「………はぁ?」
よくわからねぇ、と向かいに腰を下ろしたペンくんは、呆れた表情でジョッキを傾けている。うん、まぁワケわかんないだろうな。ざっくりすぎて。
仕方がないのでバンくんと交互に経緯を説明すると、黙って聞いていた彼は「ああ、さっきのアレか」とポツリと呟いた。アレってどれ?と首を傾げていると、グビグビと麦酒を飲んでいたバンくんが「賭けの話だよ」と不敵な笑みを浮かべる。…賭け?さっきのあの歓喜と落胆の声が上がっていた、アレ?
「昼間にちょっとな、賭けてたんだよ」
「だから何を」
「お前と船長」
「は?キャプテンと、私?」
「リズが帰ってきた時、船長に抱きつくか否か」
ペンくんの言葉に私はあんぐりと口を開けるしかできなかった。
は?賭けって、その対象って私かこの野郎!!!
「人を勝手に賭けの対象にしないでくれる?!んでもって、わかりきってることで負けた奴どいつだ!!」
「リズ、怒りのポイントがズレてる」
「だって私だよ?私が1ヶ月近くもキャプテンと離れてて、抱きつかないっていう選択肢あると思う?!」
ねぇけど、アホかお前。
呆れ顔ペンくん、再び参上です。でも自他共に認めるキャプテン大好きな私が、抱きつかないわけないと思うんだよね。やっぱり。
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