それはいつか起こる何かの前夜祭
周りの空気に流されて、ポーラータング号に戻ってこれたのが嬉しすぎて、珍しく飲みすぎてしまったらしい私は食堂で寝落ちていたみたい。冷えた空気に体を震わせ、誰がかけてくれたのかわからないブランケットを羽織り直して辺りを見渡した。
そこら中に酔っ払って寝落ちているクルーがいるけど、その中にキャプテンの姿はなさそう。もしかして自室に戻っているのだろうか…その可能性が一番高そうだよね。あの人は宴会には必ず参加してくれるけれど、気がつくとフラッと姿を消してしまっている。その場で寝落ちてる、なんてのは一度だって見たことがない。
いつだってキャプテンは、きちんと自室で就寝しているのである。まぁ、その方が風邪ひかなくて安心だけどさ。
すっかり眠気も酔いも覚めた私は、キャプテンの自室へ行ってみることにした。
その前に自室に寄り、あの人の為にかっぱらってきた海図とエターナルポースを持ち出す。起きていればそのまま、手に入れた情報を報告してしまおうと思って。寝入っているのならまた起きてから行けばいいし。これも賭けの一種なのだろう、宴会での会話を思い出しそっと笑みを零しつつ、私は船長室の前で足を止めた。
「―――誰だ」
靴音を鳴らしていたわけではない。ましてやノックをしたわけでも、声をかけたわけでもないのに…その部屋の主は、低く鋭い声で「誰だ」と問いかける。怒ってる…って感じの声音ではないけど、一瞬肩がビクリと揺れてしまったぞ。ビックリして。
このまま踵を返してしまおうか、と思ったけれども、問い掛けを無視することなんて私にはできそうにないので「リズです」と返した。すると、数秒の間を置いてゆっくりとドアが開き、僅かに眉間にシワを寄せたキャプテンが顔を出す。寝ていたわけでは、なさそう…?
「お前、寝落ちてたんじゃねぇのか」
「寝落ちてた。さっき目が覚めて、案外スッキリしてたからキャプテンの顔を見たくなって…あと起きてたら、報告もしちゃおっかなって思ったの」
「何もこんな夜更けに、………いや、いいか。おれも目は冴えてる、入れ」
「はーい」
キャプテンのデスクの上にはたくさんの本や紙が広げてあって、やはり寝ていたわけではなさそうだ。記憶の中ではこの人もお酒を飲んでいたはずなんだけど、よくその後に本を読んだりする気になれるなぁ…と素直に感心してしまう。
というか、いつも通り過ぎて本当にお酒飲んでました?って聞きたくなる程だ。もう大分時間が経ってるし、アルコールが抜け始めていてもおかしかないけど…それにしたって飲みました、って感じが全くないのよね。セーブしてたのかなぁ?まぁ、元々キャプテンが酔っ払った所なんて見たことないけども。
そんなことを考えていたらボーッと突っ立ったままになっていたらしく、ドアを閉めたキャプテンに適当に座れ、と頭を撫でられてしまった。なんだこれ、嬉しい。
「あ、それで報告なんだけど…これ、かっぱらってきた」
「海図―――と、エターナルポース?どこの島のだ」
「パンクハザードに一番近い島」
「『パンクハザード』…?」
パンクハザードでシーザーという男が『SAD』と呼ばれる薬を作っていること、それをジョーカーと呼ばれる男に渡し『SMILE』というものを製造してカイドウに流していることを話した。海図とエターナルポースは、その情報をボロボロと落としてくれた男の持ち物だということも、一応付け加えて。
でも『SMILE』の製造場所までは知ることができなかったから、それを謝罪したらキャプテンは問題ない、と。
何が問題ないのかわからなくて、頭上に?が浮かぶけれど恐らく、この人はその辺り察しがついているのだろう。私に情報収集をお願いしてくれたけれど、キャプテン自身でも調べてはいたんだろうな。
「よくやった」
「にししっキャプテンからの頼み事だもの、頑張るしかないでしょ?」
「そうかよ」
言葉はそっけない。でも幾分か柔らかい、穏やかな笑みを浮かべていた。
この人にはずっと、笑っていてほしい。生きていてほしい。ひとりで抱え込まないでほしい。ずっとそんな思いを抱いているけれど、どれだけ言葉にしたってきっとこの人の心の奥深くまでは届くことがないのだろう。それが歯痒くて、悲しくて、…それ以上に淋しくて仕方がなかった。
私に情報を集めてほしいと言った時、キャプテンはやり遂げなきゃいけないことがあると教えてくれた。その中身までは教えてもらっていないけれど、これから先も教えてもらえることはないんだろうけど―――遠くない未来、やり遂げる為にキャプテンはひとりで姿を消すのだろう。
それはずっと不安で、現実にならないでほしいと願っていたことでもある。あるけれど、この願いはどれだけ星や神様に願ったとしても叶えてはもらえない。そんな確信めいた思いが、ポーラータング号を離れていた数週間…胸の内にあったんだ。
いつか来るそんな未来を、私は受け入れることができるのだろうか。受け入れらずとも受け入れろと、この人は残酷な言葉を吐くのだろうか。
「…キャプテン」
「なんだ?眠ィなら部屋戻って寝ろ」
「うん、眠い…眠いから、だから」
駄々っ子のようだと、自分でも思う。でもそれは思うだけで、態度を改めようという気にはならなかった。
ガキっぽいと笑われてもいい、この温もりを離さなくていいのなら。
「一緒に、寝よう。キャプテン」
驚いた表情を浮かべ、次に呆れた表情を浮かべたキャプテンの腕を無理矢理引っ張って、ベッドへ引きずり込んだ。
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