早くおかえりって言わせてよ


リズが波に攫われて4日が経った。あの日以来、ずっとアイツを捜しているもののいまだに行方知れずのまま。
こんなに船が静かなのは、グランドラインに入る前にとある島でリズが姿を消した時以来だと思う。仲間が1人消えただけって思う奴もいるかもしんねぇけど、『だけ』じゃねェんだ。おれ達にとっては大事な大事な、失いたくない奴なんだよ。1人欠けたらそれはもうハートじゃない。おれは昔からずっと、そう思ってた。

 side:シャチ

「シャチ、まだ起きてたのか?」
「おーお疲れペンギン。何か眠れなくてさ」
「お前もか…ベポもそうらしい。食堂で軽食を作るが、食うか?」
「えっマジ?!食う、食う!」

腹が減ってるかどうかと聞かれれば、そこまででもない。でも気分転換になる気はしたし、ベポのことも気になるし、腹はそこまでじゃねぇけど喉は渇いたなーって思ってた所だからちょうどいい。
ベポは前の時もそうだったけど、リズがいなくなった日から目に見えて落ち込んでる。大好きな船長が構ってくれてても泣きそうな顔になることなんかザラだし、食欲もちょっと落ちてる。普段はこの時間に何か食おうとすると怒るペンギンが、率先して軽食を作ろうとしてんのはベポのことが心配だからなんだろーな。多分、作るのは蜂蜜たっぷりのパンケーキだ。絶対そう。

「あ、シャチだ」
「ベポも眠れねェんだってー?」
「わっ!シャチ、くすぐったいよ〜!」

食堂でポツン、と座っていたベポにむぎゅっと抱きつけば、ちょっとだけ明るい声で笑った。よしよし、このまま元気になってくれりゃあこっちも安心なんだけど…まぁ、事はそう上手くは運ばねぇか。ベポが元気と食欲を取り戻すのはきっと、リズの無事がわかった時だけだ。
もう4日も経ってるという事実から、アイツは死んでるんじゃないかって声もちらほらと出始めている。それはわからないでもない、生きていてほしい気持ちはずっとあるけど…あの嵐の中、海に落ちたんじゃあ普通なら命はない。むしろ、生きている方が奇跡だとさえ思う。
思うけどさ、…信じたくねーじゃん。目を逸らしているだけだって言われたらそこまでだけど、それでもおれは生きてるって信じたい。大丈夫だって信じていたいんだ。

「騒がしいと思ったらアンタ達だったの」
「イッカク。いいのか?こんな時間まで起きてて」
「仕方ないでしょ、眠りが浅いんだから。…いい匂い」
「パンケーキ。お前も食うか?」
「余ってるなら食べる。とびっきり甘いのね!」
「あいよ。シャチは甘いのと塩辛いの、どっちがいいんだ?」
「ベポ達と同じのでいいよ。でも甘さは控え目でよろしく」

この1匹と1人の甘さと同じものにしたら、さすがに食えない。甘いのは嫌いじゃないし、そこそこ食う方だけどベポとイッカクの甘党には、到底勝てるわけもない。
パンケーキの甘い香りが漂う中、どーでもいい世間話に花を咲かせていると1人、また1人と食堂へ仲間達が集まってきた。匂いにつられたのか、それとも違う理由なのか…それは聞くつもりもない。というか、聞かなくてもわかる。多分、理由は皆一緒だから。
しまいには見張りしている奴以外、船長までもが食堂に集まっていてさながら夕メシの時間みたいな騒がしさなんだけど。

「船長、夕メシ抜いてましたよね?腹減ってます?」
「…ああ」
「じゃあアンタにはこっちで。パンケーキよりそっちの方がいいでしょう?」

船長の前に置かれたのは、少しだけ形が歪なおにぎり3つ。この人の好物だ。きっと船長の夜食用に作ってたんだろ、用意周到な奴だから。ペンギンは。
それから揃ってパンケーキやらおにぎりやらを食べ、もののついでだーって酒まで飲み始めて、気がつけば朝でした。不寝番だった奴らに呆れられたのは、言うまでもなかったりする。仲間の大半が寝不足でボーッとしている時だった、うんともすんとも言う気配がなかった電伝虫が鳴いたのは。

「救難信号…じゃねぇよな?」
「違うな」
「え、この番号知ってるのって…」

ウチのクルー以外にいねぇよな。ってことはリズか?!
その場にいた全員の考えが一致しただろう瞬間、ベポが受話器を取った。

「リズ?!リズなの?!」

まだアイツだって決まったわけじゃないのに、受話器を取ったベポはすでに涙目だし名前思いっきり呼んじゃってるし…これで違ったらどうすんだよ、と思ったけど、それはただの杞憂となる。数拍、間をおいて「そうだよ」と聞こえた声は、間違いなくリズのもので。食堂内に安堵の溜息と、ベポの泣き声が響き渡った。
きっとあっちも聞こえ始めた泣き声にビックリしてんだろうなぁ…まだ何もリズから聞けてねぇのに、どうすんだ。この状況。とりあえず、部屋で寝てる船長を起こして来て代わってもらうか。あの人が一番、話をするのに向いてるだろ。どうすればいいのか、指示も出してくれるはずだから。それにリズも船長の声、聞きたいだろうしな〜。

「シャチ、ベポを落ち着かせてこい」

では早速、船長の部屋に。と踵を返した所で、船長ご登場。どうやらおれが動く前に誰かが呼んでくれたみたいだな。溜息交じりにベポを連れていけ、と命令を受けたので、受話器と持ったまま泣き続けているベポの背中を撫でて食堂を後にする。
少し落ち着いたらしいけど、まだグスグス鼻をすすってるし、涙もボロボロ零れてる。あーあー、毛もつなぎもびっしょびしょになってんじゃん…あとで拭かねぇとダメだなこれ。そんな状態のベポと連れ立って歩いてるし、さっきの泣き声が響き渡ってたんだろーな?何事だ?って顔で駆け寄ってくる仲間がたくさんいる。

「なんだよ、シャチとベポってばケンカでもしたのか?」
「しっ…してない、リズ、リズから連絡っ……!」
「…え?マジかよ」
「おー、マジマジ。今さっき連絡入った。船長が応対中だ」

そう教えてやると次々に食堂へ走っていく。その背中を見送り、ベポの気分転換をする為に甲板へ。

「ベポー、そろそろ泣き止まねぇと水分なくなるぞ?」
「うえええぇええ!だってぇ〜…」
「うんうん、リズが無事で良かったな。おれもホッとしたし、皆もそうだろ」
「うんっ…うわああああぁああん」

ああ、ダメだこれ。まだしばらく落ち着きそうにねぇなぁ。
ひとまず欄干に寄り掛からせるように座らせて、おれもその隣に腰を下ろす。こうなったら仕方がない、気が済むまで泣かせてやった方がいいだろう。あとで水分補給用に何か飲み物も持ってこねぇと。
グスグスと鼻をすする音と穏やかな波の音をBGMに、ゆっくりと時間は過ぎていく。船長、リズとちゃんと話できてるのかな。無事なのは良かったし、安心したけど…今、アイツは何処にいるんだろう。元気そうな声ではあったけど、体調崩してたり怪我してたりしてねぇのかな。―――ちゃんと、会えんのかな。

「ベポ、シャチ」
「ぐすっ…ペンギン……」
「まーだ泣いてんのか、お前。船長が呼んでるぞ、航路の確認してェんだと」
「航路…?」
「この前の島でシャボンディ諸島付近の海図、手に入れただろ?それも持ってこいってさ」

ああ、そういえば。もうすぐ新世界に入るらしく、その前にシャボンディ諸島で物資の補給やらをする予定になっていた。新世界に入る為には必ず、その諸島を通るらしい。それを教えてくれたのは船長だった。そこを目指すぞ、って。
でもリズが海に落ちてそれどころじゃなくなって、ひとまず指針を無視して近辺の島に手あたり次第、上陸してたんだよな。何でもいいから情報を得られないか、一縷の望みを抱いて。まぁ、なにひとつ得られなかったんだけど。
だけど、何で急にシャボンディ諸島付近の海図の話になったんだ?

「アイツ、海賊船に居候中らしい」
「は?!」
「えっ?!」
「その船のログポースが指している次の島は、海底だそうだ」
「海底?…あ、魚人島」

成程、そういうことか。魚人島へ行く為には、船をコーティングしてもらわなきゃならない。それができる職人がいるのはシャボンディ諸島…つまり、おれ達も今からその諸島へ向かえばリズと再会できるってわけだ。ちょっと遠回りにはなったけど、元々はそこへ行く予定だったわけだし。だからシャボンディ諸島付近の海図を持ってこいって話になったわけね。
はー、スッキリした!ベポもその事実に気がついたらしく、涙で濡れた目を袖でぐしぐし拭って勢い良く立ち上がる。そして行ってくる!と元気な声を上げて、艦内へと消えていった。うん、元気になったみたいだな。

「…じゃー何ともねぇんだ、リズの奴」
「ああ。3日程意識を失っていたらしいが、特に怪我はしてないとよ」
「そりゃあ運がいいな。怪我してないのも、拾われたことも」

はー…と肺に溜まっていた空気を、一気に吐き出した。ほんと、ほんっと良かったわ…無事だってわかって。

「どれくらいで会えるかはわからないが、とりあえず合流できるまでシャボンディ諸島に停泊するそうだ」
「ああ、それは誰も反対しないでしょ。するはずがない」
「ははっそれもそうだな。船長が言わなきゃ、ベポやイッカクが進言してるだろうし」

ああ、絶対そうだ。
リズをひっそり大事に思ってる船長のことだから、待たないって選択はしないとは思ってるけどな。とりあえず、これでようやく安心して眠れそうだ。

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