待ってたんだよ、ずっと。


シャボンディ諸島に着いて早くも3日が経った。今の所、リズから連絡があったとは聞いてねェ。まぁ、近くまで来たら連絡しろーとは船長も言わなかったみたいだし…連絡が来る可能性はゼロに等しいかもな。
どれくらいの時間がかかるのか全くわからないけれど、アイツと合流できるまで出航する予定もないし…誰ひとり、その結論に異議を唱える奴もいなかったからのんびり過ごしていたりする。このシャボンディ諸島は海軍本部が近くにあるし、さぞ海兵達がたくさんいるんだろーな、と警戒していたんだが…どうやらそんなことはないらしい。

「騒ぎを起こさなければ、ひとまずは安心してよさそうですね」
「ああ。今はここを離れるわけにはいかねぇからな…引き続きなるべく目立つなよ、お前ら」

船長が振り返ってそう告げれば、至る所からアイアイ!とお馴染みの返事が飛んでくる。それに満足そうな笑みを浮かべ、船長は船を下りていった。彼の後を当然のようにベポが追いかけ、おれとシャチが続く。
シャボンディに着いてから船長室に籠りがちだった船長は、今日は珍しく外出するらしい。本屋にでも行くんだと勝手に予想していたんだが、どうやら違うらしい。

 side:ペンギン

「オークション?」
「ああ。シャボンディには奴隷制度が残ってるって話はしただろ」
「聞きましたけど…それとオークションに行くのと何の関係が?」
「別に奴隷を買うわけじゃねぇ。言わば好奇心だな」

まぁ…いいけど。船長が行くっつーならついてはいくが。海賊をやってるんだ、人間オークションや奴隷制度にいちいち口出しするつもりもねぇが―――それを肯定するつもりもねぇ。今の所は。
しっかし…好奇心旺盛な人だっつーのは知ってたけど、こういうものにも興味を示すとは思わなかったな。むしろ、嫌っている方かと思っていたんだが、それはおれの思い違いだったらしい。

「そーいや船長。今、シャボンディには億越えルーキーが11人?いるらしいっすよ」
「へぇ…」
「まず船長でしょーそれからキャプテン・キッド、大喰らい、ギャング・ベッジ、魔術師、海鳴り、赤旗、怪僧、殺戮武人…あとリズが気にしてた麦わらと海賊狩りっすね」
「麦わら屋?」

ああ、そういえば前に手配書が入っていた時にじーっと見てたな。リズ自身は気になる理由がわからないらしく、自分のことなのに首を傾げてはいたが。船長も麦わらのことは多少、気になっていたらしくシャチの言葉に反応を示した。
それにしても新聞でよく名前を目にする奴らが、一気にこの島に集まっているとは…どの航路を辿っても、最終的にシャボンディに着くとはいえそんなことがあるんだな。絶対にない、有り得ないとは言わねぇけど、可能性としてはかなり低いんじゃねぇの?海に出るタイミングも、グランドラインに入るタイミングもそれぞれ違うわけだし。
つーかさ、そこら中から爆発音やら金属音が聞こえるんだけど…さっすが無法地帯って言われてるGRだな。諍いが絶えねぇらしい。何となしに視線を向けた先にいたのは、睨み合う怪僧・ウルージと殺戮武人・キラーだった。殺戮武人は確か、キャプテン・キッドのとこのクルー…だったか。

「おー、派手にやってんなぁ。船長、見物していきます?」
「…そうだな」

無造作に積み上げられている箱に腰を下ろし、怪僧と殺戮武人の攻防戦を眺め始めた。口の端を吊り上げて。どうやら楽しんでいるらしい。ま、確かに船長が楽しむ気持ちはわかるけどな…この2人の戦い方はすげぇと思う。億越えしているだけのことはあるよな。
だけどこの見物はそう長くは続かなかった。いい所で赤旗―――元・海軍だというドレークが止めに入っちまったから。こいつもおれ達と同じノースブルー出身なんだよな、名前はよく耳にしていた。海上で出くわすことはなかったが。

「…船長?」
「止められちまったもんに興味はねぇよ。行くぞ」
「アイアイ」

溜息を吐いて立ち上がり、そのまま歩き始めた船長の背を追いかける。このままオークションが行われるという1番GRに行くのかな。だが、スタートは4時からだったか…まだ時間はあるはずだし、どこかに寄り道していく可能性は高いかもしれない。そんなことを考えていたら案の定、船長はそこそこでかい本屋に立ち寄る、と口にした。
中までついていっても良かったんだけど、あの人は本を選ぶ時は1人で選びたいタイプだし、真剣に吟味している所を邪魔されるのも嫌いだ。よって、自動的におれ達は外で待機していることになるわけで。何分かかるかわからねぇし、どこか座れる所……

「あ、ペンギン、シャチ!あそこにカフェあるよ」
「本当だ。テラス席なら本屋の入口も見えるし、あそこでコーヒーでも飲んで待ってようぜ!」
「そうだな…そうするか」

席取りは2人に任せ、おれは飲み物を買う為に店の中へ。落ち着いていていい雰囲気だし、中で待っていてもいいんだが―――さすがに白のつなぎとオレンジのつなぎを着た集団が陣取っていたら、注目を浴びそうだ。ハートのシンボルの刺繍も入ってるしな。バッチリと。やっぱりテラス席にしておいて正解のようだ。あそこだったら中ほど注目を浴びることはないだろう。まぁ、海賊なんてしょっちゅう来るだろうからこの辺りで気にする奴はそういないかもしれねぇが…うるさく言われるのは、こっちも勘弁願いたい。
あ、しまった…あいつらの注文を聞くの忘れてた。ええっと、コーヒーとオレンジジュースでいいか…おれは何にしようかな。ボケッとメニューを眺めていると、その隣に新メニューとでかでかと書かれたポスターが目に入った。新メニュー…いちご?

「お次にお並びのお客様、お決まりでしたらこちらへどうぞ」
「あ、―――」




船長の用事は割とすぐに終わったらしく、一休み用に買ったコーヒー達はオークション会場で口にすることとなったのだが…一列後ろに座っているシャチの押し殺した笑い声が果てしなくうぜぇ。
こめかみに青筋が浮かんでいるのを自覚しながらも、ここで騒ぐのは得策じゃねぇよなと言い聞かせてズココ、と派手な音を立てながら買ったばかりのソレを飲む。

「シャチ、いい加減にうるせぇぞ」
「だって船長!ペンギンがいちごって、ちょっと似合わないじゃん!」
「うるっせぇ。んなのおれが一番身に沁みとるわ」

目に入ってしまった新メニューのポスター。それがどうにも印象的だったらしく、そして何となしにリズが好きそうなやつだなーとか考えてたら、うっかり頼んじまったんだよ。慌てて変更しようとしたけど、そのオーダーはもう通ってしまったらしく叶わなかった。
どうぞ、と渡されたピンク色の飲み物を見て、口元が引きつったのは言うまでもない。そしてベポ達が待つテラス席へ移動し、このバカ男に指差されて大笑いされた。問答無用で脳天に拳骨かましてやったけど。

「でもペンギンがコーヒーじゃないもの飲むなんて珍しいよね」
「…印象に残ってたんだよ。それで、つい。…船長、一口いります?」
「………あめェ」

ほんの少しだけ口に入れた船長の眉間には、いつにも増して深いシワが刻まれた。ですよね、めちゃくちゃ甘いですよね…一口飲んで失敗した、と後悔した。いや、冗談抜きに。
仕方ねぇ、いまだ笑っているシャチのコーヒーと交換してもらおう。どうせ金を払ったのはおれだ、どっちを飲んでも問題はねぇだろう。腹を抱えているシャチの手からコーヒーをぶんどり、代わりにおれが飲んでいたやつを押し付けた。

「ちょ、ペンギン?!」
「お前、甘いのそこそこイケるだろ。あと頼んだ」
「え〜…?無茶苦茶だな、ペンギン。……あ、うま」

それは良かった。さっきまでの不機嫌顔はどこへやら。あっという間に笑顔になったシャチの顔をチラ見し、視線を舞台へと移した。少し前から始まったオークションには、ありとあらゆる人間が出品されている。海賊、踊り子…それはもう様々だ。
奴隷になるのを拒み、舌を噛んで自決しようとするものすらいる…確かに奴隷になったら生きている、とは言い難いかもしれねぇな。そこに自らの意思なんて存在しなくなる、人間と扱ってもらえることだってないだろう。それを思えば、ここで死んだ方が幾分かマシだと考える奴がいたとしても不思議ではない。コーヒー片手に見る光景としては、どうしたって胸糞悪ィな。それでもコーヒーは飲むけど。

オークションは淡々と進み、今日の目玉商品―――まさかの人魚が登場した。

「へぇ…初めて見た」
「そうそう出品される代物じゃねぇらしいからな…5億に対抗できる奴なんかいやしねぇだろ」

5億で買う、と声高らかに宣言したのは、前の方に座っていた天竜人。司会の男も念の為に、と他にいないかと声を発するが、会場内は諦めムードに包まれている。それはそうだ、船長の言う通り5億以上の金を出せる奴なんているわけもない。そもそも、天竜人が声を上げた時点で決まったも同然だろう。
あの男の奴隷に決まりだな…あの可愛い人魚のおねーさんは。目玉商品だと言っていたし、このオークションもそろそろ終わりを迎える頃か。その前に出てしまった方が得策か、と考えを巡らせていたら、派手な音を立てて何かが転がり込んできた。は?何事だ?

「―――麦わら屋…」
「むぎ、…あ、本当だ!え、海賊狩りもいるじゃねぇか」

ボソリ、と呟かれた船長の言葉に目を丸くして驚いていると、確かにそこには麦わら帽子をかぶった少年と刀を3本腰に差した男が立っている。
うっわー…本物だ。つーか、よく見てみりゃあ立ち見で麦わらの一味のクルーもいるじゃねぇか。サイボーグ、泥棒猫…手配書とはずいぶん違うが、金髪の男は恐らく黒足か。そしてあのでっかい青っ鼻がわたあめ…か?違うか?いや、でも青い鼻なんてそう珍しい奴が何人もいるとは思えねぇ。悪魔の実の能力者だとしたら、姿が違うのも頷ける。
しかし、誰ひとりオークションに参加する意思がなさそうなんだが…一体、何をしに来たんだ?それもトビウオで突っ込んで来るって…噂通り、ぶっ飛んでるなぁ。てか、トビウオってあんなに飛ぶもんなのか?多分、おれが知ってるトビウオと違う。
うん、でもここグランドラインだし…おれの知っている常識がここでは通用しないっつーのはさすがに理解した。つまりは、そういうことなんだろう。疑問に思うだけ無駄だってこと。
勢い良く突っ込んできたトビウオと操縦士であろう男がいなくなるのを眺めていたら、悲鳴と銃声が響き渡った。今度は何だよ…!次々に問題が起きるな、と溜息を吐いて振り返ると、銃口から煙が出ている銃を片手に妙な踊りをして喜んでいる天竜人がいた。

そいつの視線の先には、血を流してぶっ倒れている―――魚人。

成程ね、さっきの悲鳴はあの魚人を見たからってことか。人間オークションに奴隷制度に魚人族への差別…シャボンディには薄くなっていたはずの歴史が、まだまだ色濃く残っているようだ。

「…あ。」
「おいおいマジかよ、アイツ…!」

心底下らねぇ。厄介事に巻き込まれる前に出た方が、と船長へ進言しようとした矢先。麦わらが拳を振り上げた。何をしようとしているかって?そんなのひとつしかねぇだろ。
視界の端に船長の笑った顔が映ったのと同時だった、振り上げられた麦わらの拳が天竜人を派手にぶっ飛ばしたのは。イカレた奴だとは噂で聞いちゃいたが、ここまでぶっ飛んでるとは…!うっそだろ?

「船長、さっさと出た方が良くないか?」
「今更だろう、ペンギン。外にはすでに海軍がいる…囲まれてるぞ」

おい、船長。初耳だぞ、それ。
ジト目で恨み言を言えば、気がつかない方が悪いんだと鼻で笑われた。あーうん、そうですね、船長の言うことも一理あるにはあるが…!!ああもう、これ以上は何を言っても無駄だな。仕方なく溜息を吐いて、言葉を飲み込んだ。

「キャプテーン」
「どうした?」
「どこからか、リズの匂いがする」

船長の愛刀・鬼哭を抱え、シャチと一緒に後ろの席に腰を下ろしていたベポがそんなことを言い出した。当然、ただの人間であるおれ達は全くわからない。でもベポの嗅覚はおれ達以上だ、白くまなんだから当たり前のことなんだけど。そのベポがリズの匂いを捉えたってことは…近くまで来てるのか?確かに海賊船に拾われて、居候してると数日前の通信で言っていたが。
でもそれだけだ。海賊団の名前も、そこの船長の名前も、何ひとつ船長もおれも聞かなかったんだよな。何故なら必要ない、と判断したから。シャボンディに来るのは明らかだったし、リズは普通の人よりも聴覚が優れてるからおれ達を見つける可能性だって高かった。まぁ、予想よりも到着が大分遅いんだけど。

さて、アイツは何処にいるんだ?麦わらと海賊狩りが突っ込んできた時にざっと見渡したけど、リズの姿はなかったはず。それにこの会場にいるのなら、ベポもあんな曖昧な発言はしない。あそこにいる、と断定する。それをしなかったってことは、ここではないどこかにいるってことになる。
捜し回る手間は省けたけど、…いや、居場所がわからないままなんだし、省けちゃいねぇのか。首を傾げていると、ベポが「あ。」と呟いて天井を見上げた。何か見つけたんだろうか。ベポに倣って上を見上げると、さっき見たばかりのトビウオがまた突っ込んできた―――それも3匹も。

「麦わらの仲間じゃね?あいつら」
「だな。悪魔の子、そげキング、骨、それからリズ………リズ?!」

骨も気になる。気になるけど、今はそっちに構ってる場合じゃない。確かにアイツの姿が見えた、悪魔の子と呼ばれる綺麗なおねーさんの後ろに。
おいおいおい、居候先の海賊団ってまさかの麦わらの一味かよ…!思わずあんぐりと口を開け、そのままの状態で船長を見る。だけど船長にとっても想定外の状況だったらしい、珍しく目を見開いて凝視しちゃってるんだよ。でもそうなる、そうなるに決まってるよ、これは。

「こいつは…予想してなかったな」
「それは麦わらに拾われてたこと?それとも天井突き破ってきたこと?」
「…どっちもだ。何をしてやがる、あのバカ」

帽子のつばを下げた船長は、溜息をひとつ吐いて椅子に更に深く体を沈めた。まぁな、ほんっとなにしてんだろアイツ…元気そうだけど。

「キャプテン、キャプテン!リズのこと迎えに行かないのか?」
「この距離で迎えも何もねぇだろう」
「ははっそりゃそうっすよね」
「アイツ、おれ達に気がついてるんですかね?」

綺麗なおねーさんの後を追うように飛び降りてきたリズは、情報を得ようとしているのか辺りをぐるっと見渡している。そして彼女の目が、船長の声に反応するようにこっちを向いた。
キョトンとしていた顔が徐々に喜色を帯びていく様はなかなかに見ていて面白いと思う。くくっ抱きつきたいって顔してんなぁ。わかりやすい。

「ただいま、キャプテン!」

満面の笑みを浮かべた彼女を見るのは、久しぶり。おかえり、と言う代わりに、船長が「遅ェんだよ、バカが」と呟いた。

- 78 -
prevbacknext
TOP