02


壁に背を預けて休んでいると、2人分の足音が聞こえた。
敵か…?でもそれにしては殺気も感じないし、数が少なすぎる。
そもそも、今まで人も見かけなかったし。門番とかもいる気配がなかったもんね。するってーと…


「緋月ちゃん?!」
「あー、やっぱりファイくんと黒鋼くんかー。2人共、無事だったんだねー」
「まぁな。てめーはボロボロだな」
「あははは。ちょっとしくじっちゃったんだよねぇ」


でも大分、頭痛は治まった。
背中はかなり痛むけど、動けないほどではないし…先に進もう。

立ち上がろうとしたら、目の前にスッと手が差し出された。
誰の手だ?って疑問が浮かんで、視線を上げてみれば黒鋼くんの姿。
…めちゃくちゃ意外で、しばし黒鋼くんを凝視したままの状態で固まりました。


「掴まんねーのか」
「え、あ、いや掴まります!ありがとう…」


慌てて手を握れば、そのままグイッと引っ張られる。
若干乱暴ではあるんだけど、手を差し出してくれる優しさとか…すごくさりげなくて。
そういえば、春香ちゃんの家が風に襲われた時も助けてくれたんだっけ。
無愛想で、無口で、常に眉間にシワが寄ってるような人だけど。実はすごく優しい人なのかなぁ。
さりげない優しさがとても温かくて、とても―――痛い。


「大丈夫ー?」
「っえ…う、うん。大丈夫だよ」
「歩けるんならさっさと行くぞ」
「行くぞって、領主の居場所わかるの?」
「秘妖さんが教えてくれたんだ。この城の最上階にいるらしいよー」
「小僧はもう着いてるらしい」


そりゃそうだ、先に行かせたんだもの。
なのに領主の元に着いていてくれないと、僕の努力が無駄になってしまうじゃないですか。
向こうももう、決着がついてる頃かなー。


「ボーッとしてると置いてくぞ、女」
「スタスタ歩きながら言われても説得力ないよー黒様」
「ほんとーーーーにこらえ性ないよね、黒鋼くんは」


先に行ってしまった黒鋼くんを早足で追いかける。
最初の回廊みたいにまた仕掛けがあるものだと思ったけど、何もないし力も感じない。

―――つまり。秘術をかけ直すほど、今の領主には余裕がないってことだろうな。

それは即ち、小狼くんの優勢を意味している気がして。
何があるかわからないから警戒は解かないけど、そんなに心配する必要はないだろうと思う。
だって小狼くんは、どんなに怪我をしていてもやると決めたことはやる人だから。


「んー?何か人の声がする」
「この先に領主がいるはずだよーもちろん小狼くんもね」


更に歩みを進めていくと、空いている扉をはっけーん。これまたでっかい扉だねぇ。
ひょっこり中を覗いてみれば、何故かたくさんの人がいた。


「あれー?何だか人いっぱい?」
「あら、姫さんと春香ちゃんもいるよ」
「3人共、遅いー!!」
「こっちも色々あったんだよーごめんねぇ」


モコが黒鋼くんに頭突きをくらわせている時、小狼くんの低い声が響いた。
羽根を返せ、と。それはサクラ姫の記憶(もの)だから返せ、と。
コツコツと領主に近付く小狼くん。その姿に怯え始めた領主は、とんでもない戯言を口にした。
言ってはならない、けれど誰もが願ってしまうこと。それは禁忌の言葉。


「ま…待て!これを使えば春香の母親を生き返らせられるかもしれん!わ、わしを傷つけたり殺したりすれば、それも出来なくなるぞ!」


そう…誰かを、大切な誰かを喪った者なら誰でも願う。死んだ人を、蘇らせることを。
もう一度会いたい、もう一度声が聞きたい、もう一度目を開けてほしい…会うことが叶わないとわかっているからこそ、強く願うんだ。

でも―――――それは禁忌。それは理を崩す。
だから願っても叶えてもらうことは出来ない。


「……」

―――カツンッ…

「おい、何を…」
「え、緋月ちゃん?」


誰かが僕の名前を呼んでいる。
―――いや、呼んでいるような気がするだけかもしれない。

体が熱い。ふつふつと、体の奥底から怒りがこみ上げてきて…じっとしていられない。
いまだに何かを喚いている領主の顔に、蹴りを一発くらわせた。
いい加減、その口を閉じてくれないかな?うるさいんだよね、バカ息子も…アンタも。


「緋月さん…?」
「どうして…そんな戯言が言える」
「ひっ…!!!」


領主の喉元に突きつけるはガラスの破片。それは姫さんの羽根を覆っていたモノ。
そんなに小さな破片でも、喉を掻っ捌くには事足りる大きさで。
グッと更に喉に押し付ければ、領主は可笑しいほどに体を強張らせた。


「死んだ春香の母親を生き返らせる…?どの口がそんなことをほざくんだ。
彼女の母親を、彼女の幸せを、彼女の人生を、母親の人生を…それを奪ったのは誰だ。お前だろう?!お前が殺したんだ、お前が全てを壊し、全てを奪ったんだ!
どんなに強大な力でも、一度喪われた命を戻すことなど出来はしない…っ!会いたいと、触れたいと、声が聞きたいと、どれだけ春香が強く願ったとしても!もう会うことなど出来ないんだよ!」


乱れた呼吸を落ち着けるように息を吐けば、段々と周りの音が聞こえ始める。
後ろで泣いている、春香ちゃんの嗚咽も。ちゃんと聞こえる。

ねえ、キミはどうしたい?
あれだけ憎んでいた、母親の仇の領主が目の前にいる。手が届く所まで来ることが出来た。
仇を取りたいと、言っていたキミは―――どんな選択をするのかな。

喉元に突きつけていた破片をどけて、代わりに足を踏みつけた。決して逃げることなど出来ないように。
そのままゆっくりと…春香ちゃんの方を振り向いた。


「ねぇ、春香ちゃん。仇を討ちたい?」
「え…?」
「仇を討ちたいなら、僕は止めないよ。…でもさ?キミが手をかける価値のある男なのかな?」
「こんな奴…殴る手が勿体ない!」
「……うん、そうね。その判断は正しいと思うよ。だから―――僕が代わりに仇を討ってあげる」


手に持っているガラスの破片を握り直し、大きく振り上げた瞬間。誰かに強く腕を握られて、動かせなくなった。
腕を掴んでいるのは誰…僕の邪魔をしないで。僕はこの男を殺すんだから。


「やめておけ」
「黒鋼くん……どうして邪魔するの」
「その役目はてめぇじゃねえからだ」


どういう意味かを問う前に、聞き覚えのある声がした。


『そこまでだ』


黒鋼くんから声がした方へと、視線を変えた。
そこにいたのは秘妖さん。領主を捕まえて、妖しげな笑みを浮かべている。
どうして?何で貴方まで僕の邪魔をするの?
…あぁ、そうか。自分の主だから、殺されたくないんだね。だから僕の邪魔をするんだ。


「…邪魔、しないで。そいつを殺すの…助けるつもりなら、貴方も殺しちゃうよ?」
『助ける?私がこの下衆を?…面白い冗談を言うな、娘』
「冗談…?」
『私は好きでこやつの命を聞いていたわけではない。こんな城に閉じ込めてくれた礼を、ゆっくりせねばならん…だから、私が預かるのだ。息子共々な』


秘妖さんの後ろに現れたよくわからない穴に、2人が吸い込まれていく。
追いかけようと、捕まえようと手を伸ばしたけど…届かない。
最後に秘妖さんが、春香ちゃんへ言葉を残して、消えた。

殺せなかった。罰を与えられなかった。人の命を奪ったのに、壊したのに。

握ったままだったガラスの欠片を更にギュウッと握り締める。
ポタポタと、血が垂れる。じわじわと床に水溜りが出来ていく。
痛みなんか、感じない。全ての感覚が麻痺しているような気もする。
ただ感じるのは、止め処なく溢れてくる負の感情だけ。


「?!お前…っ」


殺せなかった。邪魔をされた。殺したかった。


全 テ ヲ 奪 ッ テ ヤ リ タ カ ッ タ ノ ニ


「人の命を奪った者は、人の人生を壊した者は…それ相応の罪を負わなきゃいけない。命で以って償わなきゃいけない…だから、アイツを殺したかったのに邪魔、された」
「何を―――」
「僕も…負わなきゃいけないの。アイツと同じ罪を、同じ罰を。あの日から、ずっと待ってるんだ…殺してもらうのを―――」


そう…殺してほしいの。"キミ"に殺してほしいの。
自分じゃ死ねない。でも見知らぬ誰かじゃ、ダメ。
"キミ"に殺してもらわなきゃ、意味がないんだから。

僕の意識は、そこでぷっつりと途切れた。


―――ドサッ…

「おい?!」
「気を失ってるだけ、みたい…顔色はものすごく悪いけど、生きてるよ」
「ワケわかんねぇことばっか言って、そのままかよ…」
「とりあえず春香ちゃんの家に戻ろうか。サクラちゃんも眠ってるし」
「…あぁ」



ねぇ、早く僕を殺して。くだらない感情を覚えてしまう前に、早く。
今すぐ、全てを―――失わせてください。
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