『東京』
「水……」
「どういうこと?」
「水を盗りに来たんじゃないのか?」
「その割にはよくわかってないって感じだね」
「泥棒にしてはボーッとしてるよ」
「オレ達、此処に着いたばっかりなんですよー」
「どうやって?」
「えーっと…」
うーん…そう言われると、どう答えていいかわからない。
次元移動してきた、って言っても信じてもらえないだろうし、そもそも理解してもらうことも難しいだろう。
こことは違う別の世界があるなんて、普通に考えてみれば有り得ないことだと思うから。
どう答えようか考えている間にも「防雨服はどうした」とか、「何処から来たのか」とか質問は続いていて。
でも上手い言葉が見つからなくて、曖昧な笑顔を浮かべることしか出来ない。
結局、その問いに答えたのはまさかのモコだった。
「あのね、あのね!モコナ達、すごく遠い所から来たの。この国のこと全然わからないの。だから、泥棒さんじゃないよ」
「何?!この生き物」
「モコナはモコナ!」
「突然変異なの?」
「それにしちゃ可愛いね」
「それに喋ってる!」
…何か、何処に行ってもモコってこんな感じだよね。
あの小さな男の子なんて、モコのこと気に入っちゃったみたい。触ろうとした所を、別の人に止められてるけど。
那托と呼ばれた男性は、いまだに僕達をかなり警戒してる。ま、警戒心を抱いても仕方のないことだけどね。
いくら戦うつもりはない、水を盗りに来たわけではない、この国のことを全然知らないって言った所で…簡単に信じられるわけじゃないもの。
いつ襲われるかわからないから、警戒心を解かない。うん。至極、賢明な判断よね。
僕達だって彼らと同じ立場だったら、きっとそうする。
「…さて、どうするかな遊人」
「神威は任せるって言ってたけど」
「神威が殺さなかったということは、その必要はないって感じたということでしょう」
「…どうして、ですか?」
「地下にあるものを守る為には、手心は一切加えないからな。神威は」
「地下にあるものって…さっき言っていた、水のこと…?」
「あぁ。ってことは、無理に始末することもねぇな」
「草薙さん」
「表の死体を無駄に増やすこともないでしょう?颯姫ちゃん」
「…わかりました」
「決まったな。行っていいぜ」
どうやら泥棒っていう汚名は晴れたようで。…だけど、そう簡単に此処を離れられない理由が僕達にはある。正しくは小狼くんが、だけど。
姫さんの羽根とは断言出来ないけど、この一帯で大きな力は…此処の建物の地下からしか感じることが出来ないんだ。他の場所に移動しても、きっと羽根はないと思う。
だから、此処を調べない限り時限移動することも出来ないってわけ。でもこんな状況じゃあ、此処に逗留させてもらうのは難しいよね。
疑いが晴れたといっても、彼らにとっての僕達は"得体の知れない連中"でしかないんだもの。どうしたものかしらねぇ…。
「あのー、色々大変な時に申し訳ないんですけどー」
「(ファイくん…?)」
どうするのかはわからないけど、こういう時に上手く話を進められるのはファイくんだけだ。ここは彼に任せるとしましょうか。
一体、どのように時間を稼ぐのか。口出しをせずに、じっとファイくんの行動を見守ることにした。
そしたら、何を思ったのか僕達の名前を彼らに教え始めたのです。…黒鋼くんのことは、やっぱりいつものように紹介して怒られてたけど。
小狼くんの左足と、僕の腕にツイと視線を泳がせて、また彼らに向き直る。
あぁ…そういうことか。
「このままだとちょっと辛いんで、治療っぽいことお願い出来ませんかねー」
「薬がもったいない」
「得体が知れない連中は、早急に此処から出した方がいいのでは?」
「でも泥棒でもないのに撃っちゃったしねぇ。神威が」
―――スィ
「治療という程のことは出来ないかもしれませんが、どうぞ」
牙暁と呼ばれた綺麗な女性が、治療の許可をくれた。
良かった…小狼くんの怪我、このままにはしておきたくなかったし。それに何より、少しではあるけど時間が稼げる。
「ありがとうー」
「黒鋼くん、小狼くんのことおんぶしてあげて」
「えっおれは大丈夫です!それより緋月さんの方が…」
「さっきからまともに立ってられない人が何言ってんの。僕は歩けるから」
「オレが緋月ちゃんのこと背負えれば良かったんだけどー」
「姫さんが眠ってるんだもの。無理でしょう」
渋っている小狼くんを無理矢理、黒鋼くんに背負ってもらって僕達は彼らの後に着いていった。
奥に進んでいくと、たくさんの人がそこにいて。
聞いてみれば、この辺りじゃもうこの建物くらいしかいる場所がないんだそうだ。
…確かに外にあったのは瓦礫と風化した建物ばかりだった。人が住めるような建物は、1つもなかったな。
―――バサ…
「此処だ」
「あの、この子をベッドに寝かせてもらっても大丈夫ですか?」
「構わないよ。はい、これ包帯と薬ね」
「ありがとうございます。小狼くん、治療―――…」
―――ヒョイッ
「小狼くんの手当てはオレがやるから、緋月ちゃんも黒りんに手当てしてもらってー?」
「僕の怪我は大したものじゃ…」
「腕、血まみれだろうが。袖捲れ」
「……はい」
こうなった以上、黒鋼くんもファイくんもきっと譲らない。
仕方なく袖を捲って、手当てをしてもらうことにした。
「…君、さっき神威と戦った時に彼の下敷きになってたよね?背中も治療した方がいいと思うよ。牙暁」
「ええ。腕の手当てが終わったらこちらへどうぞ」
「え、でも…」
「うだうだ言うな。見た目以上に辛ぇんだろうが」
…本当に黒鋼くんって、気がついてほしくない所まで気がついちゃうんだから。
そこまで当てられてしまったら、逆らうことが出来ないじゃないか。
強引なくせに、ぶっきらぼうなくせに、愛想もないくせに…それなのに、時々優しい一面を見せる。
だから近づかないように、してたのにな…少し近づくだけで、こんなにも胸が苦しくなるから。抱いてしまった気持ちがむせ返るほどに溢れてきてしまうから。
「…出来たぞ。行って来い」
「うん、ありがとう」
なるべく距離を取らなくちゃ。最低限の会話以外、しないようにしなくちゃ。これ以上―――この想いを育てちゃダメだ。
黒鋼くんに腕の手当てをしてもらってから、カーテンで覆われている一角に案内された。
別にさっきの場所でも、って思ったけど…背中だと服を脱がなきゃいけないことをすっかり忘れていました。
僕は気にしないタイプだけど、きっと皆に止められる。小狼くんなんて、顔を真っ赤にして叫んじゃうんだろうなー…。
「こちらへどうぞ。服、脱げますか?」
「あ、はい」
あー…せっかく黒鋼くんとファイくんが選んでくれたジャケット、ボロボロになっちゃったなぁ。
可愛いし、気に入ってたんだけど…ここまで裂けて、血で真っ赤に染まってちゃ、もう着ることは出来ないか。
溜息を1つ吐いて、羽織っていたジャケットを脱いだ。首の後ろで結んでいたリボンを解けば、背中全体が露になる。
牙暁さんに背中を向けて、ベッドに腰掛けた。
「…少し触りますよ」
―――ツ…
「っ……!」
「骨に異常はないと思います。でも何箇所か強く打っているようで、紫に変色してますね…痛みますか?」
「少し、だけ…」
「問題はないと思いますが、念のため湿布を貼っておきましょうか。一緒にいた人達も心配そうに貴方のことを見ていましたから」
そう言いながら、湿布を何枚か貼ってくれる牙暁さん。
全ての箇所に貼り終えたのか、リボンまで結んでくれて、ジャケットの代わりにとストールのようなものまで貸してくれた。…袖がないこのドレスじゃ、少し寒いかもって思ってたからありがたいな。
スッと立ち上がった牙暁さんが、不意に声を上げた。「終わりましたから、入ってきても大丈夫ですよ」って。
外に、誰かいるのかな?全く気がつかなかった。
バサリ、とカーテンの隙間から顔を覗かせたのは…黒鋼くん。
「……!」
「手当てはもう終わりました。此処には誰も来ないと思いますから、お話をするならどうぞ」
「あぁ」
「あ、牙暁さん!手当て、ありがとうございました」
「いいえ。では、失礼します」
軽く会釈をして、牙暁さんは外へ出て行った。
残ったのは僕と…僅かに眉間にシワを寄せた黒鋼くんの2人だけ。
「怪我は」
「あ…骨に異常はないだろうって。念のために湿布を貼ってくれた」
「…そうか」
僕が座っている隣に静かに腰を下ろすその横顔は、さっきと変わらずに険しくて。何か考え込んでいるようにも見えた。
どうか、したのかな?あんまり考え込む姿を見たことがないから、少しだけ心配になる。何もないのなら、それでいいんだけどさ。
しん、とした室内には何の音も響いていない。微かに外にいる他の人達の話し声が、聞こえてくるだけだ。
少しだけゆったりと流れる時間に、身を任せるように膝を抱え込む。
「…緋月」
「なぁに?黒鋼く―――」
―――スッ…
突然、頬に触れた手。真っ直ぐに見つめてくる、紅い瞳。
鼓動が高鳴って、目を逸らすことが出来ない。
「あ、の…」
「……悪い、怪我させちまった」
「そんなっ…これは黒鋼くんの、せいじゃ……」
「巻き込んだのは俺だ」
―――ギュ…ッ
「―――…!」
「絶対に、死なせねぇ。護る」
温かい腕の中。じんわりと心に染み渡ってくる言葉。
このまま…この人に身を委ねることが出来たのなら、どんなに幸せだろうか。
(好き…キミのことが、大好きだよ―――黒鋼くん)
(大切なんだ、お前が。どうしようもなく…愛おしい)
想えば、想うほどに すれ違っていく、2人の想い―――。