02


「酸性雨が降り続くようになって15年。川・池・湖…地上にある水は、飲み水としては使えねぇ」
「濾過出来る機材がある建物も、雨にやられてまともには動かないしね」


小狼くん達の所へ戻ってみれば、何やら話をしていた。
草薙さんや遊人さんが話してくれているのは、この国の現状のことみたい。僕と黒鋼くんもそっと傍に近寄って、話の続きを聞いてみることにした。

15年前から降るようになった、あらゆるものを溶かしてしまう雨。
川や池に溜まるのもその雨水だから、飲み水として使えないのは当たり前よね…。だけど、この辺りには元々、地下水脈があったんだって。

でも―――この雨が溶かすのは、建物だけじゃない。


「地面でさえ、酸性雨は腐食させる」
「地下にあるといっても、覆うものがなければ地上の水と同じことだ」
「でもこの建物は、他に比べてほとんど崩れていないように見えます」
「あ、そっか…だからこの地下の水が……」
「そう、貴重なんだよ。あとタワーね」
「さっき来た奴らか」


突然やって来て、突然去って行ったあの人達…。
霞月くんの話から察するに、そのタワーって所にも此処と同じように、水があるんだろうね。
そしてその建物も崩れていないんだ。だけど、水はいつ枯れてしまうかわからない。
少ないより、余るほどにたくさんあった方がいいって考えなんでしょう。それも間違っては、いないと思うけれどね。


「もう少し前には他の建物も、まだ崩れきってなかったんだけど。今では、この都庁とタワーだけだね。15年前とほとんど変わらないのは」
「何故か…な」


酸性雨が降り始めたのは、15年前。
此処とタワーがあったのは、きっとそのもっと前からのはずだ。

そうすると…その2つの建物だけが、雨に耐えられるような素材で出来ているってわけじゃないんだろうな。
どうして…崩れることなく、聳え立っているんだろうか?何か―――理由が、あるのかなぁ。


「じゃあ、この国の水はもう此処の下と、あの人達がいるタワーっていう所の地下にしかないんだー」
「国っていっても、この東京23区辺りしか人がいる所は残ってないだろ」
「住めるような建物、残ってなかったもんね…」
「まぁ、言うなれば。此処は―――『東京』っていう国かもしれないね」
「……『東京』」


あらゆるものが朽ち果てた国、『東京』か…。


「(そこに残っている地下の水……神威さんと、この人達が必死に守ろうとしているもの。でも何だろう…?地下に眠っているのはそれだけじゃない、って気がするのは。神威さんが本当に守りたいのは、あの水じゃなくて―――)」


何か、別のものなんじゃないんだろうか。





―――ザアァ…

「(雨の音…止まないな)」


話を色々聞いた後、僕達は此処に逗留させてもらえることになったんだ。
治療させてもらえる為に案内された部屋を、そのまま使っていいって言ってくれて。ご親切に人数分の毛布まで貸してもらえちゃいました。
1つだけ設置されているベッドには、変わらず眠ったままの姫さんが横たわっている。
その傍らには疲れからか、ぐっすり眠っている小狼くん。怪我もしているし、少しでもゆっくり休めるといいんだけどな。


「はい、緋月ちゃん。薄着じゃ風邪引いちゃうから、この毛布羽織ってねー」
「うん、ありがとう。…姫さん、まだ目覚まさないんだね」
「この国にどれくらいいることになるかわかんないけど、出来れば眠ったままでいてくれると良いんだけど」


この国の惨状は、ひどい。心根の優しい姫さんには、出来れば知らないままでいてもらいたいな。
辛い顔をする彼女の姿は―――見たくなどないから。
そっと、眠っている姫さんの頬に触れてみる。触れたソレは仄かに温かくて、生きてるんだって事実にホッとする。
生きていることはわかっていたはずなのに、こんなに長い間目を覚まさない姫さんと僕は知らないから。
もしかしたら、っていう疑念が消えてくれなかったの。


「小狼くんの怪我、大丈夫かな…」
「今は大丈夫そうだけど、小狼くん熱出るかも。オレ起きてるから、緋月ちゃんと黒様寝ててー。緋月ちゃんも熱出る恐れがあるから」


壁に寄り掛かる黒鋼くんの隣に座らされて、手に持ったままだった毛布を頭からすっぽりと被らされた。
相変わらず、黒鋼くんは何も答えなくて…僕も必然的に口数が減っていく。
何も発しない僕達に、ファイくんはへにゃんとした笑顔でこっちを向いたんだ。


「えーっと、2人とも何か答えてくれないと、オレ独り言言い続けてる微妙な人になっちゃうんだけどー」
「あ…うん、ごめん…」
「なら、お前も答えろよ」
「なにを?」
「あの口笛。高麗国とやらで死ぬかもしれない時でも、お前は魔力を使わなかった。言ってたな。『元にいた国の水底で眠っている奴が、目覚めたら追いつかれるかもしれない』、『だから逃げなきゃならない、色んな世界を』」
「くろ、がねくん…?」
「黒りん、記憶力いいねぇ。さっすがお父さんー」


にっこりと笑って、パチパチと手を叩くけれど…黒鋼くんはいつものように、怒ったりしなかった。
何も言わずにただ、ファイくんをじっと見ている。


「2人ともつっこんでようー、寂しいじゃないー」
「…お前が罪人で追われているのか、それとも別の理由があるのか…俺には関係ねぇ」
「黒様らしいねぇ」
「お前がそう望んでるんだろ。へらへらしながら、誰も寄せ付けないように、誰とも関わらねぇように。
だがな、今のお前は小僧と緋月の熱を気にして、姫がこの国の惨状を知ることを案じてる。それに前の国で使った、あの魔力」
「言ったでしょ?オレは死ねないって。だから…」
「お前は『自分では死ねない』だけだろう。だが、誰かのせいで死ぬなら別だ」


レコルト国で使ったあの魔力…彼が使わなければきっと、僕達は捕まっていただろう。
ううん。もしかしたら、死んでいたかもしれないんだ。僕の護りの風は、一時的に防ぐことしか出来なかったんだもの。
魔力を持つ彼なら、すぐにそのことに気がついていたはずだから。

彼が魔力を使う少し前、確かに言ったんだ。「辛い思いさせてごめんね」って。
ずっと壁を隔てていたのに、あの時―――


「なのに、お前は自分から魔力を使った。自分から関わったんだ、あいつらに」


雨の音だけが響き渡る部屋。
重い、重い沈黙が流れる中…最初に口を開いたのは、俯いたままのファイくんだった。


「……オレは」

オレが関わることで、誰も不幸にしたくない

「……!」
「……」


いつもの間延びした、軽い口調じゃない。貼り付けられたような笑顔も浮かべていない。
辛そうな、それでいて悲しく、淋しそうな…初めて見る表情だった。
これがファイくんの本心で、本当の彼。笑顔という名の仮面が剥がれた、彼の姿なのだろう。

思わぬ本心に触れて、少しだけ驚いた。
再び、沈黙が流れ…部屋の中には雨の音だけが響き渡るようになる。


―――バサッ

「ちょっといいかな」
「おっと、もう寝てるか」
「あ、じゃあ僕―――…」
「緋月ちゃんはダメ。休んでなさい。大丈夫、黒様が聞きまーす」


話を聞くことぐらい、どうってことないのに。
立ち上がろうとした所をファイくんに止められて、黒鋼くんにその場に座り直させられて。
そして、そのまま立ち上がった黒鋼くんは…ファイくんの腕を掴んで、低い声で呟いた。


「話そらせたとか思ってんじゃねぇぞ」
「いたいよーぅ」
「…言ったな、俺には関係ねぇと」
「うん、聞いたー。だから、気にしないでオレのこと…」
「お前の過去は関係ねぇんだよ。だからいい加減、今の自分に腹ぁ括れ」


本当に、彼らしい言葉だ…嘘偽りのない、真っ直ぐな言葉。だからこそ、追い詰められる。その言葉から、射抜くような瞳から…逃げることが出来ないんだ。
黒鋼くん達が外に出て行って、足音がどんどん遠ざかっていった頃。立っていたファイくんが、ズルズルと座り込んだ。
表情は手で覆われていて読めないけど、悲しそうに笑っているような気がしたの。そのまま消えてしまいそうなほどに。


「あはは……難しいよ、オレには」
「ファイ、くん…」

―――ギュウ…

「ごめん、緋月ちゃん…しばらく、こうさせて」
「……うん」


それで、貴方の気持ちが落ち着くのなら。






―――ドクン


―――パァアアァア


―――ドンッ



「… 小狼 …」
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