動き始める
「………」
神威さんと少しだけ話をした後、突然水から光の柱が幾本も立ち上って。
ユラユラと揺れる水面は、中の様子を映し出してくれることはなく…僕達には何が何だかわからなかったんだ。
でも"何か"が起きていることだけは明白で、神威さんは羽織っていたものを脱ぎ捨てて水の中に飛び込んでいった。
僕には来るな、としっかり忠告してから…ね。
それからもう何分か経ったと思うんだけど、彼が戻ってくる様子はない。
呼吸が出来なくて、沈んでしまってるとか…そういうことはないと思うんだけど、こうも戻ってくる様子がないと、さすがに心配になってくるじゃない。
―――ピクン…ッ
「姫さんの、羽根の気配だ…!」
間違いない、間違えるはずがない!姫さんの羽根は…この水の中に眠っている。
取りに行ったとして…神威さんが素直に渡してくれるかどうか、いや…それ以前に、羽根があることを知っているかどうかも疑問だ。
だけど、こんなにも近くにあるとわかったのに―――このまま黙って身を引くわけにはいかない!
「取り返さなくちゃ…姫さんの為に、小狼くんの為に」
意を決して、羽織っていた上着を脱ぎ捨て、僕は水の中に飛び込んだ。息を止めていられるのは、長くてもほんの数分だろう。
…こういう時、水の中でも呼吸が出来るような魔法があると便利だなって思うんだけど。生憎、僕はそんな高度魔法は知らないもので。
そういう状況だし、あまり長期戦になるのはマズイよね。早く羽を見つけて…水の中から出ないといけない。
まぁ、そんなすんなりいくなんて―――ハナッから思っていないけれど。
「(それでも…やらないわけにはいかない)」
重い体で潜っていけば、神威さんと…何か繭のようなものが見えた。
羽根の気配はあの繭のようなものの中から、感じる。でも…どうして?
どうしてあの中から…姫さんの気配まで感じるの?
彼女は今、借りているベッドの上で深い眠りについている。
傍らには黒鋼くんが付いているはずだし、仮に彼女が目を覚ましていたとしても…此処にいる理由がわからない。
一体、何が起きているの?
やっぱり…姫さんの気配がする。神威さんの横に降り立った先に見たのは、水の中に浮いている彼女の姿。
「来るなと言ったのに…」
(ごめんなさい…でも、そこにいる子は―――大切な子、なの)
「これは躰じゃない。魂だ」
(ナカミ…?じゃあ、ベッドで眠っている姫さんは…空っぽってこと?)
「そうだ」
その時、何かが眩い光を放ち、姫さんの体内へと消えていった。
もしかしなくても…姫さんの内(ナカ)に、羽根が戻ったの?
―――間違いじゃない…だってもう、羽根の波動を感じない。
完璧に姫さんの体内へと取り込まれ、同化したんだろうね。
それに関してはホッとしたけど、何だか釈然としないのは何故なんだろうか。
不意に神威さんが何かに気がついたように、上を見上げた。
(神威さん?)
「…今、水底にあった力がこの中に取り込まれて消えた。あの力に引きずられて此処で眠ってたはずなのに。…なのに、何故目を覚まさないんだ」
繭のようなものに触れ、悲しそうな瞳で見つめている。まるで、愛しい者を見るように。
その瞳が姫さんを捉えた途端、ザワリと殺気が蠢く。
眠り続ける彼女を見る瞳には、さっきのような慈しみや悲しみは全くなくて。ただ、冷たく―――残酷な色しか映っていない。
これの眠りに
引きずられているのか
低い、低い声音で紡がれた言葉。
彼女さえ消してしまえば、彼の大切な人が目を覚ますかもしれない…そう思ったのだろう。振り上げた腕は、真っ直ぐに姫さんの心臓を狙っている。
いけないっ止めないと…姫さんの命が―――!
神威さんを止めようともがくけど、水の中じゃ思うように体を動かすことが出来ない。
助けたいのに、助けられない。…動けないのなら、魔力で止めるしかない。
精神を集中して、手に魔力を溜めた時―――ザンッと、誰かが水の中に飛び込んできた。
(小狼、くん―――…!)