02
羽根を取り戻す為なら、どんなことも厭わない。僕達の前にいる小狼くんは、そういう風に作られている。
痛みとか、悲しみとか、恐怖とか…そんな感情は何一つないんだ。目的を果たす為だけに存在しているから。
それを邪魔する者、阻もうとする者は…容赦なく、排除するように。…僕とファイくんも、邪魔する者として認識されているのだろうか。
「(殺したく、ない…小狼くんを。でも反撃しないと、僕達が殺される。こんな所で―――死ねない)」
手の平に魔力を込めて、『紅紫蝶』を引き出す。
一瞬だけでいいんだ。彼が怯んでくれれば、彼が…動きを止めてくれれば!
そうしたら魔力を発動させて、封印を施す術をかけることが出来るんだから。
鞘から抜いて、一閃。この近距離だ。外すわけがない。
小狼くんの身体能力でも、避けられるはずがないと思っていた…のに。
―――パシッ
「っえ……?!」
刀身を素手で掴んだ彼は、そのまま私の手から刀を引き抜いた。
刃を掴んでいる手からはポタポタと血が流れているのに、表情一つ変えないなんて。やっぱり、痛みを…感じていないのね。
どれだけボロボロになろうとも、キミは羽根を探し続けるのでしょう。…何を犠牲にしたとしても。
「まずは―――その髪」
グイッと髪の毛を引っ張られる。奪われた刀が宛がわれ、ザシュッと髪が切られる音がした。
無理矢理に髪を引っ張られ、体を起こされている状態だった僕は支えを失い、また床に倒れこんだ。
その衝撃にさっき蹴られた箇所が悲鳴を上げて、また奥底から血が込みあがってくる。
咳き込めば、床は鮮血で赤く染まっていく。
カツン、と…踵がなる音。
視線だけを上に上げれば、僕の魔力を取り込んだのか…彼の茶色の髪が微かに赤みを帯びていた。
手に持っていたはずの髪も、もう消失しているから間違いないだろうね。
「次は、血」
―――ペロ…ッ
ゾクリ、と…背中を何かが這い回る。これは"恐怖"だ。絶対的な―――絶望感。
逃げなくちゃと警鐘を鳴らしているのに、体は言うことを聞いてくれない。骨が軋んで、自分で体を起き上がらせることすら出来なくなっている。
動けないまま顎を掬われ、首筋に…刃がヒタリと当てられた。そのまま静かに引かれた鋭い刃は、薄い皮を深々と裂いていく。
「緋月ちゃんっ!!!」
「っあ……!」
―――首筋から、血を吸われる感覚。
―――ボタボタと、流れていく血。
―――急速に失われていく体温と、意識。
ああ…僕、死ぬのかな。
瞳に小狼くんの指が触れた時、もう終わりだと思った。
このまま瞳を抉りとられて、この命は終焉を迎えるんだと悟ったんだ。
だけど、フワリと何か暖かいモノに包まれて。沈みかけていた意識が、少しだけ戻ってきて…視界にボンヤリと"何か"を映し出す。
「やめるんだ、小狼くん…っ!それ以上はもう―――」
「…まぁいい。お前の両目を手に入れれば」
スルリ、とファイくんの瞳に彼の指が触れる。
何をするつもりなのか、なんて…容易に想像がつく。ファイくんの魔力の源は、あの蒼い瞳だから。
その瞳を抉り取って―――魔力を、手に入れるつもりなんだ。
さっき、僕の髪と血から魔力を奪い取った時のように。
グ、と小狼くんの指に力が篭る。なのに、ファイくんは抵抗する素振りもなくて…ただ拳を握って、小狼くんのことを見据えていた。
握られた拳の内には―――僕が落としてしまっていた、心の半分。
も、しかして…小狼くんの中に戻そうとしているの?
「だ、め…やめて……」
―――グチュ…ッ
「やだ、いや…お願い…やめて、小狼く……!やめてえぇええっ!!!」