02


徐に小狼くんが指先に魔力を溜め、呪文(スピラ)を空中に書いた。
―――発動した魔法は、強力なものだった。生身で受けて、無事ではいられない程の威力。

護りたいのに…風の魔法を使えば、少しは軽減できるかもしれないのに―――体が上手く動かせない。
指先に魔力を溜めることすらままならない。
髪をバッサリ切られて、これだけの血を流しているからか…魔力が消耗してる。
こっちに向けられて発動した魔法は、黒鋼くんの背中を直撃し、貯水槽の柱でさえも壊していく。
痛いだろうに、苦しいだろうに…彼は必死に僕とファイくんの体を抱き締めて、護ってくれた。


「ファイと緋月の感じがする。今の2人の魔法なの?」
「こいつらの魔力も喰ったのか」
「羽根を取り戻す為に、必要なものは手に入れる。邪魔なものは消す」

―――ギリッ…

「こいつは…こいつらはっ…お前とあの姫の為に変わったんだ。お前達が少しでも笑ってられるように。聞こえねえのか、小僧!!」


必死の懇願…黒鋼くん、らしくない。
だけど、それだけ―――小狼くんに届けたい想いがあるの。思い出してほしい想いがあるの。
姫さんの為にも、犠牲になってしまった…ファイくんの為にも。
なのに、それなのに…もう、どんな言葉も、想いも…小狼くんの心には響かない。届いてはくれないんだ。
それが…こんなにも悲しい―――――。


―――キィィイイイィイイ
―――パァッ


「?!」
「"あの子"が…来た―――」
「あの子…?」


中央に現れた魔法陣。そこから出てきたのは…小狼くんにそっくりの、黒い服を着た少年。
少年は、僕達を庇うように小狼くんの前に降り立った。―――ピースは揃った。

さぁ、これから僕達を待ち受けるのは…生(ハジマリ)か死(オワリ)か。
もうゲームは始まっている。抜け出せない、運命。それが道筋。
これが…貴方様が望んでいるもの、なのでしょう?飛王様。


「(こんなに…近くにいるのに、止められない…)」


自分の非力さが、情けない。悔しくて、悲しくて―――涙が出る。
護りたいと思うのに、失いたくない人達なのに…僕には何も出来ないなんて。


「シャ、オ―――」
「………」


掠れた声で名前を呼べば、こっちを振り向く懐かしい顔、瞳。
微かに微笑むように表情を緩めたかと思えば、またすぐに小狼くんの方に向き直った。


―――ポゥ…

「心の半分。おれが昔、お前に渡したものだ。
一度、封印が切れたものをその魔術師と緋月がおまえに戻そうとしたんだな。その奪われた左目や、血と共に」
「……!」
「けど…ダメだったの…間に合わなかった……!」
「切れた封印はもう、どんな方法を使っても戻らない。魔術師も―――貴方も、わかっていたはずだ」
「わかってた…わかってたよ。でも―――」
「それでも賭けたんだろう、可能性に」


シュルリ、と解かれた右目を覆っていた布。隠されていた瞳は、本来の色を取り戻している。小狼くんに写していた心が、本体である彼に戻ったから。
これでもう…僕達の知っている小狼くんには、戻ることが出来ない。マヤカシが消えていくかのように。

少し離れた所で、姫さんが手を怪我しながらも必死に…僕達の名を呼んでいる。必死に、必死に…大きな瞳に涙を浮かべて。
ずっと眠っていたのに、一番目覚めてほしくない時に目覚めてしまったのね。今の現状はきっと、姫さんにとって一番辛い。


「おれはお前の右目を通してずっと見て来た。お前が出逢った出来事や人達を。あのさくらを一番大事だと思ったのは、『おれの心』じゃない!おまえだろう!!」


…そう。確かにあの心の大元は、あの子のものだった。
だけど、その全てが与えられたものじゃないの。ただ羽根を集めるだけじゃない…その中で姫さんを大切だと、護りたいと思ったのは―――


「確かに、小狼くん自身の心だったのに…!」
「!あの紋は……」
「え…?」


黒鋼くんが凝視しているのは、あの子の胸の部分。蝙蝠を模られた、飛王様の紋。
彼のお母様を殺した時に、僕が持っていた刀にも…同じ紋があったから。

―――黒鋼くんにとっては、憎き相手(ワタシ)の唯一の手掛かりだ。
眉間に深い、深いシワが刻まれていく。纏っているオーラがどんどん、怒りと憎しみへ変わっていくのがわかった。


「刀!」
「え?!」
「刀、出せ!!」


突然響いた、黒鋼くんの怒声。
驚きながらも口の中から、小狼くんの刀…緋炎を取り出した―――のに、それは黒鋼くんの手に渡ることはなかった。
何故なら、魔力を手に入れた小狼くんが魔法で刀を横取りしたから。…魔力が高い分、そんなことも出来てしまうのね。これはなかなか厄介かもしれないな。


「止め、なくちゃ…!」
「緋月?!無理に動くんじゃねぇっ」


小狼くんが持っている緋炎は、火を扱える剣だ。
何度かあの剣を使った場面に遭遇しているけど、あの火の威力は半端じゃない。
ただでさえ、さっきの魔法で色んな所が損傷しているのに…刀を抜かれたら、崩れてしまう。
全員が―――無事では済まなくなる。

せめて、黒鋼くんとファイくんだけでも護らなくちゃ。
本当なら全員を護りたいけど、今の僕の魔力じゃ…無理があるから。だから2人だけでも、絶対にこれ以上傷つけさせたりしない。


「モード、護り。"ウインディア"!」


僕の詠唱と、緋炎が鞘から抜かれたのはほぼ同時だった―――。
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