失う恐怖
―――ゴォッ
「っく―――…!!!」
炎の威力が、大き過ぎる。
かろうじて僕の後ろにいる、黒鋼くんとファイくんには当たってないみたいだけど…それ以外への影響がひどいもんだった。
全てを飲み込む炎が、地下の柱や壁を壊していく。
「きゃあ!」
「崩れるぞ!」
「(魔力が…もう、限界―――!)」
「もうやめろっ緋月!」
―――グイッ
「ハッハァ…ハ…ッくろ、がねく……」
「…心配すんな。護る、お前もへらいのも」
「何も…護れない……ごめん、ね…?」
「さっきの魔力で十分だ」
ギュウッとファイくんごと、黒鋼くんの逞しい腕に抱きこまれた。
炎に飲み込まれた柱が、壁が…ガラガラと激しい音を立てて崩れていく。
―――これに潰されて命を落としたら…もう、何も心配しなくてもいいのかな?
助けようと、護ろうとしてくれている黒鋼くんの思いとは裏腹に、僕はそんなことをぼんやりと考えていた。
もうこれ以上…何も失いたくない。傷ついてほしくない。苦しむ誰かの姿を見たくなんて、ないの。
「サクラ!黒鋼!ファイ!緋月!小狼―――――!!」
―――ガラ…ッ
崩壊が収まり、少しずつ視界が開けてくる。僕達はまだ…生きているらしい。
そっと視線だけを動かしてみれば、あれだけの崩壊があったのに…姫さんが囚われている繭のような物体だけは、傷一つついていなかった。…それは、中にいる姫さんも無事だってこと。
その事実に安堵するけれど、状況は至って深刻で。大粒の涙を流しながら、ずっと彼の名を叫んでいる姫さん。
けれど、やっぱり小狼くんが反応することなく…冷淡な瞳で、あの子がいるであろう場所を見つめている。
ガラガラと音を立て、瓦礫の下から這い出てきたあの子は頭から血を流していた。
「…おれがお前に心の半分を渡した時、『鏡』越しにお前に言ったな。右目の封印が切れて、おれの心がお前から離れるまでに、おれのじゃない、お前自身の心が産まれることに…おれは賭けると。お前が過ごした日々と人達の中で、お前自身の心が育つのを信じると」
僕も―――願っていた。
小狼くん自身の心が産まれること、想いを失わないでほしいと…ずっと願ってたの。一緒に旅をして、話をしたりしていくうちに…尚更、強く願うようになった。
姫さんの隣で、2人でその温かい笑顔を見せてほしかったから。幸せになってほしかったから。彼だけには…僕のようになってほしくなかったんだよ。
だから、いつか離れる時が来るまでは…2人の笑顔を、心を、想いを守っていこうと思っていたのに。
それなのに―――今、目の前で全てが崩れていった。何一つ残ってなどいない。
「けれど」
地面に魔法陣が現れ、あの子が手の平から1本の剣を引き出した。
「もし、右目の封印が切れる時が過ぎても間に合わず、お前に心がなければ。創ったものが強いるままに、ただ暴走を続けるのなら おれ が おまえ を消すと。
雷帝招来!」
引き出された剣とともに、一筋の雷光が宙を翔る。鋭い雷は小狼くんに直撃し、彼はそのまま地面に叩きつけられるように倒れる。
まともに直撃したんだ。その衝撃は半端じゃない。さすがに立ち上がれないのか、彼は動く素振りを見せない。
あの子はその機会(チャンス)を見逃さなかった。
地を蹴り、真っ直ぐに彼の首筋を狙う。…一撃で命を奪い、全てを終わらせる為に。
―――わかってる。
確かに、あんな状態の小狼くんを野放しにしておくわけにはいかない。このままにしてしまったらきっと、たくさんの犠牲者が出る。羽根を手に入れる為なら、手段を選ばないから。
でも…でもね、シャオ?
「―――…めて…」
「緋月…?」
"彼"は…大切な、大切な―――仲間なの!
「小狼くんを殺さないで!!!」
「殺さないで、シャオ!!!」
姫さんと僕の声に、あの子の動きが一瞬止まった。だけど、ホッとすることなんて…出来なかった。
僕達が叫んで隙が出来てしまったあの子の右太腿を、小狼くんが躊躇なく緋炎で貫いたから―――。
あの子の右足から溢れ出る、大量の血。
深々と貫かれた足では、立っていることすら難しくて。その場にドサリ、と倒れこんだ。
「……ぁ…!」
―――僕の、せいだ。
わかっていたのに、殺そうと覚悟を決めたあの子を…止めようとしてしまったから。
今の小狼くんには感情がない。こうなることだって予想が出来ていたはずなのに、それなのに彼を殺したくないって気持ちが先走ってしまったんだ。
止めようとしなければ…あの子は怪我をしなくて済んだのに。
「ど、うしよ…僕、あの子を―――」
「気ィしっかり持ちやがれ!死んでねぇ、まだ生きてる。お前だけが悪いんじゃねぇ。躊躇したのは、アイツの意思でもある」
「っ……!」
ボロボロと流れ出る涙。
悔しくて、情けなくて、悲しくて…色んな感情がぐちゃぐちゃになって、もう何が何だかわからない。
どうしたらいいのかが…わからないの。一体、どうすることが正解になるのかすら…見えてこない。
―――正解なんて、存在するの?
存在するはず、ない。正解なんてどこにもないんだ。
この世の出来事の全ては必然だ、と侑子さんは言っていたけど…こんな必然は、要らない。誰も幸せになれない、姫さんを悲しませるような…こんな現実。
抱き締めてくれている黒鋼くんの腕と、気を失っているファイくんの手をギュッと握る。そんなことで何かが変わるわけでもないけど、何かに縋っていないと…狂ってしまいそうだったんだ。
「駄目!!」
姫さんの声が聞こえた。
視線を向けてみれば、小狼くんが斬った所から彼女の羽根が姿を現した。ずっと薄っすらとだけ、感じていた羽根の波動。今はしっかりと感じることが出来る。
羽根を掴んだ小狼くんは、姫さんを抱き寄せて彼女の内(ナカ)へと戻そうとする。
何が起きているのか理解できていない為か、直感で何かを察しているのか…それを拒もうとする姫さん。
羽根が戻れば、体は強制的に眠りに入ってしまうから。…次に目を覚ました時。彼はもう傍にいないと、心のどこかでわかっているのかもしれない。
でもそんな姫さんの願いは届くことなく、羽根はスゥ…と体内へと消えていった。
「羽根は取り戻す。必ず」
ポゥ、と小狼くんの右目が淡く光る。恐らく、羽根の波動を探っているのだろう。
「……この世界にもう羽根はない。…なら、この世界に留まる必要もない。次の世界で羽根を探す」
呟くように紡がれた言葉。
それに呼応するかのように、何もなかった空間に切れ目が入った。…あれは時空の切れ目だ。魔力も感じる。
誰の魔力かなんて―――考えるまでもない。
小狼くんを羽根を集める道具として創った人。願いを叶える為なら、手段を選ばない人。そして…"ワタシ"の主である人。
「(―――飛王、様……)」
姫さんの体を支えていた左手を離し、切れ目へと足を向ける小狼くん。いなく、なってしまう…此処から去ってしまう。
止めたいのに、体が動いてくれない。
黒鋼くんに抱き締められているからだけじゃない…もう、限界なんだ。血を流し続けて、骨を何本か折られて、ギリギリまで魔力を使ってしまったから。
体に鞭を打ち続けた結果が、今だ。
それなのに―――何一つ、変えることが出来なかったなんて。