重い対価
時の切れ目へと姿を消した小狼くん。
大事な人へと伸ばされた、姫さんの手は…届かなかった。
「一番辛い時に目覚めさせてしまったね…」
涙を流したまま、気を失った姫さんを抱きとめてくれたのは、恐らく神威さんが大切に思っている半身。
幼い時にあった…吸血鬼の双子の片割れだ。ようやく会うことが出来て、神威さんも少しホッとしたように見える。
しん、と静まり返った空間。ファイくんを抱えたまま、黒鋼くんがゆらりと立ち上がった。
鋭い視線が向けられているのは、あの子の服に描かれている紋章だ―――。
「おまえの、その胸の紋は?」
「貴方の母上を殺めた者の紋章だ」
黒鋼くんの纏っていたオーラが、その言葉を皮切りにどす黒く変化する。…これは負の感情。抗うことの出来ない、憎悪。
―――だけど、違うの。黒鋼くん。この子は…何の関係もないんだ。
何も知らない、どうすることも出来ない…ただ、囚われていただけなんだよ。
止めないと…黒鋼くんはこの子を殺してしまう。
軋む体を動かして、彼の腕を掴もうとした時だった。
凛とした声が、突然聞こえたの。…とても、懐かしく感じる声音。
『その『小狼』は、貴方のお母様を殺した者に囚われていたの。それに、何処にいたかもその子にはわからないわ』
「侑子!」
「侑子、さん…」
この人は真実を述べただけ…けれど、その言葉が僕の心に深く突き刺さる。
確かに命を下したのはあの方だけれど…実行したのは、あの方じゃない。
侑子さんも、あの子もその事実を知っているはずだ。でも―――2人はそれを口にしようと、していない。
優しさからか、それとも…自分達が口にすべきことではないと思っているのか。
…考えてもわかるはずはないんだけど、勝手に思考がぐるぐる回る。
「黒鋼!ファイが!サクラも緋月も『小狼』も怪我してるよ!」
「…後で聞かせろ、魔女。全部な」
「緋月、立てるか?」
「大丈夫…ありがとう、シャオ」
シャオに手を借りながら、ひとまず上へと上がることにした。
―――カチャ…
ピンセットが置かれる音と共に紡がれた言葉は、ひどく残酷なものだった。
「…無理だわ」
「っえ……!」
「どういうこと?!」
「眼球を抉り取られてる。普通ならショック死しててもおかしくないような状態よ。それに此処には薬も足りない」
「医者もいないんだ。颯姫ちゃんは医大生だけど、外科手術となると難しい」
「ファイ、どうなっちゃうの?」
はらはらと涙を流しながら、問い掛けるモコ。
問い掛けられた遊人さんは、辛そうに眉を寄せながら顔を伏せる。他の人達も同じような感じで。言葉にされるまでもないくらい…その表情が物語っていた。
ファイくんは、助からないと。彼を待っているのは、死だけではないかと。
「……っモコ!侑子さんと通信を、繋いで」
「う、うんっ」
額の石が光り、すぐに侑子さんの姿が映し出される。
彼女の顔も辛そうに歪んでいて。…きっと、この人は全てをわかっている。見通しているんだと思う。
けれど、何も変えることが出来ないから…辛いはずだ。わかっているのに、何も出来ないことは。
僕も―――そう。ファイくんが辛い思いをしているのに、何もすることが出来ない。
護ることが、出来なかった。彼も、姫さんも…小狼くんも。
それが辛くて、悔しくて、情けなくて、どうしようもなくなるんだ。
だから…せめて、今の僕に出来ることをしたい。どんなに、重い対価を払うことになろうとも。
「―――…侑子さん」
『…何かしら』
「……だ。だめ…だ。オレが生きたままなら…小狼くんの…魔力も生きる。半分の魔力でも大きすぎる…それ、に緋月ちゃんの魔力も取り込んでるんだ。彼を止められなく…なる」
「……っ!」
「ファイ!!」
―――ダンッ!!!
音がした方を振り返ってみれば、黒鋼くんが…壁に拳を叩きつけていた。素手なのにも関わらず、壁にはヒビがはいり、パラパラと破片が床に落ちていく。
彼を取り巻くのは、怒り。ファイくんに対する。
「…誰がそんな風に腹ぁ括れっつった」
―――グイッ
「ダメ!黒鋼!!」
ファイくんの胸倉を掴んだ黒鋼くんの顔は、とても辛そうだった。怒りと焦りと―――悲しみ。
ああ、そうだ…この人はわかりにくいけど、いつも皆の身を案じてくれていたんだ。今だってファイくんが生きることを望んでいる。
ファイくんもそれを理解しているんだろう。……同時に、彼の願いが無理だということも。
だから全てを諦めたような笑みで、「ごめんね」と紡ぐんだ。
―――ギュ…ッ
「侑子さん。貴方なら…知っていますよね?」
「こいつを死なせねぇ方法はあるのか」
『……あるわ』