02
―――ファイくんを、死なせない方法。
本来なら、消えゆく命を繋ぎとめることなど…許されないこと。それが自然の摂理、理だから。捻じ曲げてはいけないものだから。
何より…本人が生きることを、望んでいない。だけど…それでも。少しでも彼が死なせない方法があるのなら、僕はソレを選ぶ。
『あたしがやれば対価が重過ぎる』
「どうすればいいの?!」
「どんなに重い対価でも構いません。支払います。だから……っ」
―――バッ
「やっぱり地下の水がほとんど消えちまってる」
草薙さんの言葉に那托さん、遊人さん、颯姫さんの目が見開いた。
大切な、大切な…この都庁で暮らす人達の命を繋ぐ水だったのに…。
原因はきっと―――あの時の水柱だ。魔法陣が現れたことによって出来た、巨大な水柱。それは弾け飛び、霧散した。
シャオはその魔法陣から現れた…責任を感じ、彼は辛そうに俯く。
「おれがあの場に現れたから…」
「いいえ、僕のせいです。この世界に来てすぐ、地下の水の沈んでいた力に引き寄せられて…」
昴流さんが語り始めたのは、次元移動をしてこの国に辿り着いた時のこと。
降り立ってすぐ、2人は水底に沈む力…姫さんの羽根に気がついたそうだ。
すると、瞬く間に昴流さんの体は水の中に引き込まれた。そのまま取り込まれ、繭のような薄い膜を作り出していく。
…だけど、危害を与えようとしていたわけじゃない。ただ、傍にあるものを守ろうとしているだけ。
―――そして昴流さんは水底で眠りにつき、神威さんは彼を護る為に…この世界に留まることを決めた。
誰にも、触れさせない為に。
「じゃあ…姫さんがあそこにいたのは」
「僕が引き寄せてしまったんです。だから、その後のことが起こるべくして起こったとしても、その場が地下になってしまったのは僕のせいです」
「…何がきっかけだとしても、なくなった水は戻りません。貴方には何か考えがあるようですが」
「はい」
牙暁さんの問い掛けに1つ頷くと、昴流さんは空間に映し出されている侑子さんに向き直った。
「お久しぶりです。侑子さん」
『そうね』
「お願いがあります。水が欲しいんです。この地下の水槽を満たす程の」
昴流さんの思わぬ言葉に、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。
だって、昴流さんには水を欲しがる理由がどこにもない。―――水がなくなったのが、自分の責だと思っているから?
『……対価がいるわ。貴方達、双子に次元を渡る術を与えた時と同じように』
「わかっています」
『黒鋼、緋月…あたしに地下水槽をいっぱいにする水を頼みなさい。そして、昴流の願いを貴方達があたしに頼む代わりに、昴流に言いなさい。昴流の血、吸血鬼の血をファイに与えろ、と』
吸血鬼の治癒能力は、人間を遥かに凌ぐと聞く。それに…この2人は吸血鬼の原種なんでしょうね。
だからこそ、侑子さんはそんなことを言い出したのか。
吸血鬼の血を受ければきっと、ファイくんの怪我は治るのだろう。死なずに―――済む。
「ダメだ。あの狩人みたいに、俺達の邪魔をするようになったら…」
「神威、待って。…ね」
「ファイ、吸血鬼になっちゃうの?侑子が見せてくれた本みたいに、色んな人の血を吸うようになっちゃうの?」
『ただ吸血鬼の血を受けるだけならね。…黒鋼、緋月』
凛とした声音が僕達2人の名前を呼ぶ。視線だけを向け、じっと次の言葉を待った。
『ファイを死なせたくないのは、貴方達の願い。ファイはそれを望んでいない。なら、貴方達も彼を生かした責を負わねばならない』
「そんなこと、承知の上です」
「何をすりゃあいい」
『貴方達が『餌』になりなさい』
僕と黒鋼くんが、ファイくんの餌に…?
『昴流の血を飲ませる時に、貴方達の血を一緒に飲ませて。そうすれば、ファイは2人の血だけを受け付けるようになる』
「…僕達の血しか、飲めなくなるってことですよね?」
『ええ。そういうことよ』
「それって、もし緋月と黒鋼に何かあったら、ファイは…」
「死ぬね…間違いなく」
だけど、血を与えなければ…ファイくんはどっちにしろ、死んでしまう。そんなのは嫌だ。
…死なせたくなんて、ない。見境なく人を襲うようにさせてしまうのも、嫌に決まっている。
僕と黒鋼くんの答えは、もう決まっているんだ。最初から。
「…わかった。水の対価は俺達が払う」
「だから、血をください。お願いします」
「……や…めろ」
「うるせぇ!」
「黙ってて!」
「憎んでも、恨んでもいいよ……責ならいくらでも負うから」
「そんなに死にたきゃ俺が殺してやる。だから、それまで生きてろ」
一瞬、目を見開いた後…微かに笑みを浮かべて、ファイくんの瞳は再び閉じられた。
「俺がやる」
「でも神威……」
「もう誰にも昴流の血はやりたくない。…腕を出せ」
差し出した僕と黒鋼くんの手首に、赤い線が走る。
神威さんの手首から流れ出る赤と、黒鋼くんの手首から流れ出る赤と、僕の手首から流れ出る赤が…交じり合う。宙で交じり合った赤は、ポタリとファイくんの唇へと落ちていく。
それは…"人間"である彼との、別離の合図。