02


不意に聞こえた機械のエンジン音、多数の気配。それは外からの、招かれざる客。


「タワーの奴らだ!」


霞月くんの言葉に一気に緊張が走る。この大変な時に、何だってやって来るのか…全員の心境は、きっと同じだ。
フイイィイ、と独特のエンジン音が止まり、たくさんの人が降り立つ。
先頭にはタワーに住む人達のリーダー。確か、名前は…封真、とか呼ばれていたような気がする。

でも今はそんなことどうでも良かった。
僕達は彼が手に持っている、入れ物にいれられたあるモノが気になって仕方がない。だってそれはどう見ても…


「何だか増えてるな、人数が」


綺麗に光り輝く、姫さんの羽根だったから―――


「それ、サクラの羽根!!でもでも!モコナめきょってならないよ!緋月は?!」
「…波動が感じ取れない。こんなに近くにいるのに」
「感知されないようにしてあるからね」


姫さんの羽根は、傍にある何かを守る性質があるんだそう。…それがどういう仕組みになっているのか、全くわからないってことらしいけど。
だけど、それを聞いてようやく合点がいったんだ。
この都庁が、そしてタワーが酸性雨に晒されても朽ちなかった理由。きっと両方に姫さんの羽根があったからなんだと思う。

傍にある何かを守る…今回の場合は、都庁とタワーがそれに当てはまっていたんだね。
でも都庁にあった羽根は、さっき姫さんの中へと還っていった。今はもう、此処は羽根に守られていない。そう長くないうちに崩れてしまうんだろうな。
でも1つわからないのは、封真さんが…何故此処に、羽根を持って現れたかということ。


「取引がしたいんです。この羽根を都庁に渡します」
「代わりに?」
「タワーにいる人達を、此処へ移住させて下さい。タワーの水は残り少ない。そう長く保たないだろう。そして、此処には水があるけれど羽根はない」
「だったら都庁は水、タワーは羽根をそれぞれ提供して、より居住空間が広い都庁で暮らした方が、どちらの人達にとっても良いのではないかと考えたんですが…いかがでしょうか」
「どうかな?神威」
「決めるのは俺じゃない。俺はもう行くから」


神威さんの隣に立っている昴流さんの姿に気が付き、封真さんは納得したように微笑を浮かべた。
羽根がこの都庁を守っていたのは本当のこと。それがなくなってしまった今、建物は崩れてしまう。
タワーにあった羽根を争い、奪うことは出来るだろうけど…怪我人が出ない、というのは保障出来ないでしょうね。そして、今までリーダー格だった神威さんは直にこの国を出て行ってしまう。


「だとしたら、タワー側に勝つのはなかなか難しいね」
「あいつがいるもんね」
「受けるしかないんだろうな」
「それサクラのなの!」
「モコ…」
「サクラのね、大事な大事なものなの!それを探して、皆で旅して来たの!今、1人いないけど…だから!」
「……待って」
「サクラ!」


いつの間に目を覚ましていたんだろう。シャオに抱きかかえられ、眠っていたはずの姫さんがフラリと立ち上がった。
その体を彼が支えようとするけれど、やんわりと拒否をする彼女。

いつもと同じ光景なのに、"魂"(ナカミ)が違う。

お互いにそれがわかっているから…シャオも姫さんも、辛そうな表情で。そしてゆっくりと、視線を外した。


「緋月ちゃん、モコちゃん。羽根があるの今でもわからない?」
「うん」
「僕も何も感じないよ」

―――この世界に羽根はない。…なら、この世界に留まる必要もない。

「羽根があれば、この建物と中の人達を守れるんですね」
「そうだね」
「……その羽は、このままこの国に」
「!」
「でも!羽根が戻らなかったら、サクラの記憶も戻らないんだよ!」
「いいの……いいの」


どこか影が落とされたような、姫さんの表情。
…もしかしたら、彼女は気が付いてしまったのかもしれない。戻った記憶がきっと、彼女に新たな決意をさせたんだ。



―――ピチョン…ッ

水がなくなってしまった地下の貯水槽は、侑子さんから送られてきた瓶によって満たされた。


『この水は、ある意味綺麗じゃない。消毒されないままの自然の力がまだ残っている水よ。とても強いわ。だからと言って、また汚染させてしまえば同じことだけれど。この世界が、過去にやってしまったように。この水がなくなる前に、この世界の仕組み自体を正さなければ。…後は貴方達次第よ』


…これで僕達が代わりに頼んだ、昴流さんの依頼は終了ってことになるのかな。
都庁の人達と、タワーの人達は水が入っていた瓶や、羽根が入っている入れ物に興味があるみたい。どうなってるのか、としきりに尋ねている。
だけど、この国に魔法や魔力はないみたい。存在していないと言うことは、それを防ぐ機械なんてモノは作る必要はない。ましてや、作れるはずなんてないんだ。


「ソレ…この国のものじゃないんですね」
「そう。四年前、俺が他の次元から持ってきたものだから」
「他の…次元……?」


もしかして、と思ったら…どうやらこの人も侑子さんの知り合いのようだ。本人曰く、侑子さんの店の客の中では新参者らしいけれど。
封真さんは依頼されたり、自分が欲しいものを探したりする狩人(ハンター)。各世界の貴重なモノ達を集める、ね。

……何だろう。封真さんとは初めて会うはずだけれど、前に会ったことがあるような。
よくわからない感覚が頭を駆け巡る。何処かで会った?それとも今までに会った人の誰かに、似ているのだろうか?


「初めまして。貴方が昴流さんですね。兄がお世話になりました」

―――ザシュッ…

「お前、あの狩人の弟だったのか」
「(桜都国で会った…星史郎、って人の弟…)」


どうりで…似た雰囲気だと思ったわ。ってことは、神威さんと昴流さんにとっては―――会いたくない人物、ってことになるのだろうか。
確か、星史郎さんから逃げていると聞いた記憶があるんだけど。

突如、神威さんの瞳が金色に変わり、封真さんに攻撃を仕掛けた。
取り巻く殺気。鋭い爪によって壊されていく柱。ただでさえさっきの騒動でボロボロになっている地下なのに、更に損傷が激しくなる。
けれど、黙ってやられている封真さんではなかった。鞭のような、ロープのような武器を使って神威さんを拘束する。


「神威!」
「兄さんの言ってた通りだな。やっぱり強いね、神威。でも怒らせると、昴流さんも怖いって教えてくれたけど」

―――パキパキ…

「神威を放して下さい」
「もちろん」
「(金色の瞳と、鋭い爪……やっぱり、昴流さんも吸血鬼なんだ)」
『貴方達、兄弟は昔から問題ばかり起こすわね』
「それは兄さんでしょう」
『貴方もよ』
「星史郎兄さんは、まだこの世界には辿り着かない。だから、先にこの『東京』での用を済ませよう」


…そうだ。まだ、水の対価を支払っていない。何を対価に差し出せばいいのか。
侑子さんの言葉を聞く為に、彼女の方に体を向ける。


『さて、水の対価ね。緋月』
「はい」
『貴方にやって欲しいことがあるの』
「おい、魔女。ソイツは怪我を―――」
「それはおれが……」
「わたしがやります」


強い意思を秘めた、姫さんの瞳。
この国では眠ったままで何も出来なかった。だから、自分がその対価を支払う…と。
そう、侑子さんに告げた彼女には…迷いなど、微塵も感じられなかった。


「教えて下さい。これまでに起こったことを」


―――この『東京』には酸性雨が降っていること。

―――酸性雨は、全てを朽ちさせてしまうこと。

―――ファイくんの左目が、ないこと。

―――彼が、吸血鬼になったこと。


全てを隠さずに、でも掻い摘んで姫さんに話した。それを彼女自身が望んだから。知りたい、と口にしたから。
何が起きたのか理解した姫さんは、「それなら尚更、わたしが行きます」と繰り返した。

都庁の人が貸してくれた、黒のタートル・ショートパンツ・グローブ・マント・ショートブーツ…そして護身銃と腰に固定するカバン。
それらを身に纏い、封真さんからバイクの乗り方について説明を受けていた。


「乗り方の説明は、これで大丈夫かな?」
「はい。ありがとうございます」
「本当に1人で行くの?」
「ええ」
「侑子!この国の雨痛いの!大きな生き物もいるし、1人じゃすごく危ないよ!」
『…だからこそ、1人で教えた所にあるものを取って来る。それが対価になる』


侑子さんの言っていることは、正しい。僕もその通りだとは思うけれど…それでも、姫さん1人で行かせたくないんだ。
対価になるものを取りに行くのだから、かなりの危険を伴うと―――予想出来てしまっているから。
本当ならば、どんな手を使ってでも止めたい。それがダメならば、一緒に行きたいと思うんだ。だけど…それでは対価にならないから。
支払わないわけには、いかないから…僕達には待つことしか出来ないんだ。


「ごめんなさい」
「え?」
「わたしが『やめて』って言わなかったら、怪我してなかったでしょう。だから、休んで下さい。モコちゃんも休んでてね」


シャオにモコを預け、目を合わせるように腰を屈め、優しく言葉を掛ける。


「黒鋼さんも治療して下さい。……緋月ちゃんとファイさんを、お願いします」
「…言い出したら、やっぱり聞かねぇんだな。行って来い。俺達は此処にいる。お前が帰ってくるまでな」
「……はい。緋月ちゃん。きっと、一番ひどい怪我を負ってるから…ちゃんと治療して、休んで。…ね?」

―――ギュ…ッ

「待ってる、から…絶対に帰って来てよ」
「…うん」


漆黒の闇に覆われた、『東京』。
一体、何が起きるのか…何が待っているのか、誰にもわからない。否、わかるはずもなかった。
華奢な姫さんの背中が、闇へと溶け込んでいった。
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