紅の記憶


真っ暗な闇が支配する世界へ、たった1人で飛び出していった姫さん。
それが、対価だから。僕達はただ、此処で待つしかない。彼女が再び戻ってくるのを、ひたすらに。


「(頭が、痛い…体も重くて、いうことをきいてくれない…)」


どんどん霞んでいく視界。
どんどん沈んでいく意識。
どんどん苦しくなる呼吸。

自分の体のはずなのに、誰かに無理矢理眠りにつかされそうになってるみたいだ。
ズキンッと頭が激しく痛み、僕の体は前のめりに倒れていく。ダメ、だ…もう自力で、立っていることすら難しいみたい。


「緋月?!」
「緋月っ!」

―――ドサ…ッ

「…気を、失ってる」
「緋月、緋月…っ!」
「泣くな。気を失ってるだけで、死んではいねぇ。これだけの怪我をして、大量に血を流してる…少し休ませた方がいい」


フワリ、と体が浮いて…温かいものに包まれた。
その感覚を最後に、僕は意識を手放した。



―――時は、満ちた…今こそ、その記憶の全てを思い出せ。
手を、体を、心を…その身に宿す全てを、紅に染めた記憶を―――




―――砂に覆われた国。





遠くにいくつか町が見えた。多くはない水と、緑を慈しんで…楽しそうに笑い合う、町の人。
黙々と歩く紅い少女にも、優しく声を掛けている。



「何処から来たの?」
「1人で来たのかい?」
「お腹空いてないか。良かったら、コレ食べな!」
「ねぇ、ねぇ!一緒に遊ぼうよっ」



にこり、とも笑わない少女に笑いかける。…こんなにも滑稽な映像は、ない。
1人の町人から受け取った、真っ赤な果物を手に…少女は、その口を開いた。



『モード、消滅。…"ヘル・ファイア"』



小さく、呟くように紡がれたその言葉は誰の耳にも届かなかった。
―――いや、届くはずもなかったのだ。何故ならば…豊かだった町は、全てを失い…跡形もなく燃え尽きたのだから。





そこは薄い桃色の髪を持つ姫が住む、玖楼国。







―――白に覆われた国。





遥か先に、大きな城が見える。
けれど、少女が向かうのはそこではない。もっと近くの…多くの人が暮らす、城下町。
雪に覆われ、吹雪くことも多い国ではあったが、それでもあの砂の国と同様に人々は笑っていた。
楽しそうに笑い合い、仲睦まじく寄り添い合っている者もいた。その光景を見て、少女は不思議そうに首を傾げた。



『どうして"ヒト"は笑う…朽ち果てる運命、なのに』



無感情な瞳、無機質な声。
少女は手の平から、明らかに自分の背丈よりもある剣を取り出した。そして―――地を蹴った。

一瞬の間の後、至る所から叫び声が上がり、更に血飛沫が舞う。

逃げ惑う人々は、口々に懇願する。助けてくれ、死にたくないと。
けれど、少女の耳には決して届かない。懇願の言葉は、少女の破壊心を更に助長させる魔法の言葉。



『ふふ……あは、あははははははっ!』



少女は、ただ笑う。血溜まりの中で、狂ったように。


ピチャン、と何かが跳ねる音。ザクザク、と何かを踏みしめる音。
その音が重なった時、紅い少女は金髪碧眼の少年と出会う。


「女の子―――…?」


少女と同じ運命を背負う悲しき少年の住む、セレス国。



――――――――――――――

―――――――――――

――――――――



唐突に、目が覚めた。そして今、"ワタシ"の記憶が全て蘇る。
あの心優しい少女が住む国…僕と同じ運命を背負う、悲しき魔術師が住む国…黒鋼くんだけではなく、僕はあの2人の心まで痛めていたんだね。全てを奪い、何もかも消滅させて…。

…覚悟は、していた。思い出したくないけれど、数えきれないほどの命を奪ってきた。
だから…僕には幸せになる権利も、笑う権利も、生きる権利もないと思っている。恨まれて、憎まれて、殺されて…当然の存在だって。それでも…失いたくない、って…思ってしまった。


「あっ緋月!目が覚めたの?!大丈夫?!!」
「うん、大丈夫。…皆、は?」
「あっちでサクラの帰り待ってるよ。ファイはまだ眠ってる」
「…そう」


フラリ、と寝かされていた石畳から起き上がる。隣にはいまだ眠ったままのファイくん。
決して穏やか、とはいえない寝顔だけれど…それでも、生きている。呼吸をしている。

―――でも…


「ごめん、モコ。少し1人にしてくれる?」
「え、でも……」
「大丈夫だから。…ね?お願い」


少しだけ心配そうな表情をしていたけれど、頷いてその場を離れてくれた。
眠っているファイくんから少し離れて、僕は指先に魔力を溜めて円を描く。ユラリと映し出されたのは、眉間に僅かにシワを寄せた侑子さん。


『緋月…その髪は』
「思いきり、やられてしまいました。髪と血を奪われて…更にファイくんの片目を取り込んだ彼の魔力は、強いです」
『……そうね』
「侑子さん」
『何かしら』


ずっと、ずっと…聞きたかった。きっと貴方なら、この疑問に答えてくれるような気がしたから。
膝の上で拳をギュッと握った。



貴方は知っていたんですか?
僕の記憶があの人によって、封じられていたこと―――…
- 125 -
prevbacknext
TOP