選択


貴方は知っていたんですか?
僕の記憶があの人によって、封じられていたこと―――…



呟くようにあの人へ投げかけた言葉は、しっかりと届いていたようで。
目を伏せたまま、侑子さんは「知っていたわ」と答えた。
きっとその理由も知っているのだろうけど、対価なしでは…侑子さんは答えてくれない。
今の僕には何も、対価として差し出せるものがない。だから…その理由を、知ることは出来ないんだ。


『…全てを、思い出してしまったのね。緋月』
「はい。さっき…夢で、たくさんの町や国を滅ぼす光景を見ました。姫さんがいた玖楼国と、ファイくんがいたセレス国にあった町も…僕が滅ぼした」
『全てを思い出した今、その先を選ぶのは緋月。貴方自身よ』
「僕、自身……」
『そう。再び歩き出すのも、ここで立ち止まるのも…貴方が選ぶこと。誰かに指図されることではないの』


…どうしたいか、どうするべきなのか…そんなの、僕の中ではとっくに決まってる。迷うことも、改めて考えることもない。
ギュッと拳を握った時、頭からバサリと何かが被せられた。
一瞬、彼かと思ったけれど…背中に感じた気配は、ファイくんのものだった。いつの間にか起きていたんだね。


「そんな薄着じゃ風邪、ひいちゃうよ。緋月ちゃん」
「ファイ、くん…」
『緋月、そのまま通信を繋いでいてくれる?ファイと話がしたいの』
「わかりました。…じゃあ、僕は席を外し…」

―――ギュ…ッ

「いいよ。…此処に、いてくれない?」


侑子さんはきっと、ファイくんと2人で話がしたいのだろうと思ったのに…だから、此処から離れようとしたのにな。
全ての記憶を思い出して、魔力も今までよりも上がって…その場にいなくても、通信を保てるようになったから。でもそれはファイくんによって阻まれ、再びその場に腰を下ろした。


「吸血鬼から戻れる方法を残すなんて、やっぱり貴方は小狼くん達に甘いですね」
『…左目が戻ったら吸血鬼じゃなくなるってことは、もう二度と元には戻れないことより残酷かもしれない。貴方次第ではね。黒鋼とは……』
「話しましたよ。「おはよう、『黒鋼』」って」
「!」


それが、ファイくんが出した答え…なんだね。


「最初は小狼くんやサクラちゃん、緋月ちゃんやモコナみたいにちゃんと名前で呼ぼうと思ってたんですけど…何か色々呼ぶ度に怒るのが面白くて。渾名で誰かを呼ぶなんてしたことなかったですしね。楽しくて、自分で引いた線を通り越しているのに気付かなかった」


だから、ファイくんを生かすことを選んだ黒鋼くんを許しちゃダメなんだと笑った。許せば近づくことになるから、って。
僕のこともきっと…許すことはしないのだろう。名前を呼んでくれて、話しかけてくれて、笑いかけてくれたけれど。

それでも…一度だって…僕の目を、見ていないから。
それはきっと…「誰も不幸にしたくない」と、心から願う貴方の防衛線。


『ファイ、これだけは覚えておいて。あの子達は貴方にとって、もうただ通り過ぎていくだけの存在(もの)ではないでしょう。…もちろん緋月にとっても。そして、あの子達にとっても貴方達は大切な存在。貴方達の痛みは、あの子達の痛みでもあるのよ』


…侑子さんの言いたいことは、痛いほどによくわかる。ずっと、ずっと一緒にいて身に染みている事実なんだもの。そんなこと。
姫さんも、小狼くんも、黒鋼くんも、モコも…ファイくんだって。誰かが怪我をする度に、誰かが心を痛める度に…あの人達の心も痛かったんだって。

わかっては、いるの。理解もしているの。
だけど…自分のせいであの人達を苦しめてしまうのなら、不幸にしてしまうのなら―――僕も、ファイくんと同じ選択をする。それがきっと、一番良い選択だと思ってるから。


「サクラちゃんはまだ上で眠ってるんですか?」
『いいえ、外よ』
「外…?何で、あの子が外に」
「水の対価を、取りに行ったの」


ファイくんを生かす為に、神威さんに血をもらったから。昴流さんの願いを、侑子さんに代わりに頼む見返り、としてね。
だから、水の対価は僕達が支払わなければならない。本来なら、僕が行く予定だったのに…この国では何も出来なかったから、と姫さんが自ら望んだ。『私が行きます』、と。
止めることは出来た。無理矢理にでも止めて、僕が行くことだって、黒鋼くんが行くことだって…シャオが行くことだって出来た。
でも僕達はそれをしなかった。姫さんの意思を尊重したんだ。

…こう言うと、とても綺麗なことに聞こえるけど。止めなかったのは事実なんだから、物は言い様ってとこよね。
どんなに言葉を並べたって、きっとただの言い訳にしかならない。


「……」

―――スッ…

「あ…ファイくん、待って!」
『緋月』
「…はい」
『迷うことも、悩むことも…何も恥ずかしいことではないわ。でも必ず、貴方自身の意思で…選んでちょうだい』
「―――…出来る、ことなら」


軽く会釈をして、僕は通信を切った。
通信を切る瞬間の…侑子さんの辛そうな表情が、頭から離れない。全てを知っていても、何も出来ないもどかしさ。干渉し過ぎてはいけないから…干渉値を超えてしまっては、ダメだと知っているから。

だから尚更…辛い。
それならばいっそ、何も知らないままでいたかったと…思ってしまう。何も知らないままで、皆と一緒にいたかったよ。


「そうだったら、こんな気持ちに…ならなくて済んだのかもしれないね。もしくは……出逢わなければ、良かったのに」


心がないただの、殺戮人形のままだったのならば…何も考えずに、知らずに済んだのかもしれない。
こんなことを考えるのは、逃げかもしれない。目の前の現実から、目を逸らしたいから。
中途半端に心を持って、幸せだっていう感情を…知ってしまった。大切で、護りたいと思える人達に出逢ってしまった。
だからこそ、あの人達を傷つけたくない。苦しんでほしくない。

―――この選択で、彼らを護ることが出来るのなら。決意を新たにして僕は、彼の後を追った。


皆がいる場所まで戻ってみれば、異様な雰囲気に包まれていた。言うなれば…負の感情が渦巻いている、とでも言えばいいのかな。
その中心にいるのは、あの2人。シャオはモコを胸に抱いて、少し離れた所に立っている。


「姫の所へ行くつもりか」
「だとしたら?」
「此処で待ってろ」
「あの子が無傷で帰ってこられないだろうことは、君もわかっているはずだ。だから、治療しないんだろう。その背中。緋月ちゃんも、そうだろう?この国に薬は少ない。サクラちゃんが怪我をして帰った時、少しでも薬を残しておけるように」
「黒鋼…緋月…」


正直、ファイくんの言う通りだった。
地下から戻って来た時も、姫さんが対価を取りに行った後も…黒鋼くん、シャオ、都庁の人達。
更には神威さんと昴流さんにまで、怪我の治療をしろと言われた。姫さんも行く直前に、治療してって言ってたんだっけ。
だけど…颯姫さんが、この国に薬が少ないと言っていたから。せめて姫さんが帰ってくるまでは、このままにしておこうって決めたんだ。黒鋼くんだって治療していないし。

無傷で、帰ってこれればいいとは思う。でもこの深い闇は、何を引き連れてくるかわからない。
対価となるモノが安全な場所にあるとも限らない。どんな目に遭うかだって。それならあの子が帰ってくるまで薬を使わなければ、何が起きてしまっても対処出来ると思ったの。


「あの子が帰りたくても、帰れなくなっていたら?怪我ならまだいい。でももし、命を落としたら…もう、帰れないんだ」
「姫さんは…全部、覚悟の上だと思う」
「……そこまでわかっていて何故…」
「だからこそ。待っている者の所へ帰って来ると約束した姫を信じて、俺は待つ。待つことが一緒に行くことより痛くてもな」
「…オレは待てない」
「信じることがそんなに恐いか」

―――ポツ…ポツ…

「!雨……」
「この雨、すごく痛いのに!!サクラ…!!」


全てを溶かしてしまう、無に還してしまう雨。人の肌を焼き、痛みを与える雨。…それが、こんな時に降り出してしまった。

その中を迎えに行こうとするファイくん。
ファイくんを止めようとする黒鋼くん。

この一触即発の状態は、放っておけば戦い始めてしまいそうなほどにピリピリとしている。
どんな言葉を彼に掛けても、きっと止めることは出来ないんだろうな。戦ってほしくはない。でもどうすればいいのかわからないでいた時、凛とした声音が響いた。


「もし」
「シャオ…?」
「もし助けに行って、貴方が傷付けばさくら…いや、姫はもっと傷付く。きっと自分の体が傷付く何倍も心が傷付く。貴方が姫を、傷付けたくないのと同じように」
「…本当に同じなんだね。君達は」

―――ピクッ

「―――…!」
「?!おい、緋月っ」


突然走り出した僕に驚いている黒鋼くんと、ファイくんの横を通り抜ける。
体中が痛い。骨が軋むのもわかる。でも、でも―――姫さんが帰ってきたんだ。


「っ姫さん!!!」
「本当だっサクラだ!!」


ドサリ、と倒れこんだ姫さんの体を肩に掛けていた毛布で包み込む。
色んな所を怪我しているのか、血で真っ赤に染まって…此処まで歩いてくるの、辛かったでしょう?
ごめん…ごめんね、姫さん。こんなにも辛い思いをさせてしまって、ごめんね…っ!


「そんな…泣きそうな顔、しないで?緋月ちゃん…。ごめんね?ずっと、色んなもの抱えて…辛かったよね…今回だって、たくさん失って」
「姫、さ……」
「サクラちゃん!」
「…ごめんな…さい。ファイさんが辛い時に…何も出来なくて…ごめんなさい。今もきっと…わたしよりずっと…貴方が…辛い」
「…サクラちゃん」
「…それでも…生きていてくれて…良かった…。…ごめんなさい…」


ファイくんは、僕ごと…姫さんをギュッと抱き締めた。強く、強く―――。
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