02


姫さんはファイくんが、僕は何故か黒鋼くんに抱えられて、さっきまでいた建物の下に戻って来た。


―――トンッ…

「別に歩けたのに…」
「その怪我でまともに歩けねぇだろうが」
「―――…ありがとう」


姫さんを横にさせてから、僕達は侑子さんと通信を繋いだ。
水の対価を渡す為に。…これからのことを、決める為に。そしてこれまでのことを、聞く為に。


『玖楼国の遺跡でサクラ姫、貴方の記憶を奪ったのは…飛王・リードという男よ。正確には記憶を奪うことが必要だったわけではないわ。飛王の真の目的は、貴方の記憶を"飛び散らせること"』

「何の為に…?」

『「願い」の為に。飛王の願いを叶える為には、必要なものが3つある。
ひとつは玖楼国に埋まっている遺跡。そしてサクラ姫。貴方が記憶を探して、色んな世界を巡ること。次元を越え、時には時間さえも越えて、様々な次元を「記憶」すること。最後は…ある人物の存在』


けれど、姫さんは記憶がある程度揃うまでは、ほとんど眠っていた。
眠っている間のことを覚えていることなど出来はしない…でも、あの方が欲しかったのは心の記憶ではないから。求めているのは…躯という名の、器の記憶だもの。
姫さんが持つのは、各次元や世界を躯に記憶出来る…世界を変えうる力だそうだ。


『その為に飛王は、サクラ姫の記憶を羽根にしてそれぞれの次元に落とした。それを拾い集める旅を、貴方にさせる為に。既に飛王の企みを知っていた『小狼』を攫い、何も知らないけれど、羽根を集めることを何よりも優先するもう一人の小狼を創り…』


侑子さんは不意にそこで言葉を切り、僕に視線だけを向ける。
…あぁ…僕の心を、案じてくれているのだろう。皆にわからないように、僅かに首を縦に動かした。
大丈夫、と告げるように。


『黒鋼の母上を殺め、国を滅ぼした』
「…何の関係がある」
『貴方が諏訪を出て、日本国の忍になり、知世姫に仕え、いつか旅立つように。日本国で人を異界へ送れるのは、知世姫しかいないから』


彼を独りにする為に、自分の駒にする為に…彼の母上を殺した。
そうすることで諏訪を、護っていた結界が途切れて…国すらも滅ぼすことが出来るから。知世姫に、仕えるしか出来ないように道筋を作ったんだ。

けど、全てが道筋通りに進んでいるわけではない。黒鋼くんはきっと、自分の意志で知世姫に仕えることを決めたんだと思う。
母上を殺した犯人を見つける為に、もっと強くなる為に。
知世姫もそう信じているからこそ…あの方の思惑を知りながら、彼を送り出したんだと思う。彼自身の意志は、仕組まれたものではないと。


『ファイ、緋月……貴方達も同じよ。仕組まれたこととそうでないこと、2人はもうわかっているでしょう』



―――空から舞い落ちる、真っ白な雪。
美しい銀世界にポツリと聳え立つ塔の中には、1人の少年がいた。
ボロボロの服を身に纏い、何も与えられていない少年の体は、骨と皮だけしかない程に痩せ細っていた。


「死にたい 死にたい 死にたい 死にたい 死にたい 死にたい」


カサカサに乾いた唇から紡がれるのは、自らの終わりを望む言葉。
少年は最早、精神が限界の淵に立たされていた。


「でも、その前に誰かに 誰かに」


助けを求めるかのように伸ばされた細い腕は…誰にも、届かない。



―――空から舞い落ちる、真っ赤な雨。
ボタボタと降り落ちる赤い雫…否、切り刻まれた人々の血。
その真ん中で真っ赤に染まった少女がいた。
筋肉のない細い腕には、身の丈以上の剣が握られており、その刃も真っ赤に染まっていた。


「誰カ ワタシを 止めテ」


ポツリと呟かれた言葉。
瞳から流れ落ちる、透明な雫。


「ワタシは もウ 誰も 殺しタクないノ―――」


無機質な、けれど哀しみを帯びた声を残し、少女はフワリと消えた。



「……っ」
「緋月、ちゃん…」

―――キュ…ッ

「……だい、じょうぶ」


傷だらけの手で、僕とファイくんの手を優しく包み込んでくれた。
名前を呼ばれただけだけど、大丈夫?と問い掛けてくれているようで…そして独りじゃないから、と教えてくれているようで。
その温かさに、微笑みを返す。ありがとう、という意味合いも込めて。


『サクラ姫が様々な次元を越えて、より安全にそれを「記憶」出来るように…もう一人の小狼、黒鋼、ファイ…貴方達が集められた。旅の同行者として』
「緋月とモコナは…?」
『緋月も…飛王の願いを叶える為に集められた存在よ。サクラ姫の力、遺跡の力…そして緋月の存在が、あの男の願いを叶える』
「緋月ちゃんの、存在が…?」
「……」
『モコナ、貴方達はあたしともう一人の魔術師、クロウ・リードが創ったもの。飛王の思惑を阻止し、そして…ふたつの未来の為に』
「ふたつの、未来…」


僕とシャオと侑子さんの視線が、彼女の後ろにあるベッドへと向かう。
そこに横たえられているだろう人の、無事を願う。


『大丈夫。貴方と、この子を失いたくない人達が払った対価と心が、この子を消させない』
「……ありがとう」
「その遺跡とやらと、姫の記憶と、緋月の存在で叶うそいつの願いは何なんだ」
『次元を越える力。時間と空間を操る力を手に入れること』
「その力で何を…?」
『それを教えることは出来ないわ。けれど…飛王が叶えようとしている願いは、誰もが夢見る。でも、誰も叶えられない願いよ』


侑子さんが教えられるのはここまで、これ以上は干渉値を越えるから…と、話を切った。
きっとこの話も、ギリギリのラインなんだろうね。


「なんだ、その干渉値ってのは」
「…世界は一見、無秩序のようで、揺れ幅を許しながら均衡を保つことで維持されているんだよ。均衡を保つことで維持されているものは、その均衡を失えば壊れるのみ」
『ええ。飛王が貴方達に旅をさせることで既に崩れ始めているものもあるの。
例えば、過去が変わってしまった紗羅ノ国もそうよ。けれど、崩れで生まれた新しいものにもまた意味がある』


全ては、必然だから。
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