進む道


『貴方達が出逢って、共に旅をすることになったのは確かに仕組まれたからだけど…でも、その後は貴方達自身の意志で選んで来たこと。進んでそうして来た者、流されて来た者…どちらもそうあるように選んだ結果。無くしたものも確かにあるけれど、生まれたものもまた多い。だから、これからのことも貴方達が選べばいいわ』


これからの、こと…。それはもちろん、旅を続けるか―――止めるかということ。
侑子さんの言葉が止まり、全員の"選択"を待つ。

きっとみんなの心はもう決まってるんだろう。だって…それぞれの瞳に、決意の炎が見えるから。願いを叶える為の。


「……旅を、続けます。小狼くんを…探す為に」
『小狼を追いかけて旅を続ければ、飛王の思惑に添うことになるわ』
「……それでも行きます。小狼くんの心を取り戻す為に」


姫さんの意志。彼への想い。
―――全てが、強い。強くて…きっと、壊れやすい。


「オレ、一緒でもいいかなぁ。今、オレの左目は小狼くんの所にある。同じ魔力の源は引かれ合うから、小狼くん探すのに少しは役立つかも」
「…それは、ファイさんの本当の気持ち…ですか?わたしが行くって言ったから……本当にやりたいこと…隠してませんか?」

―――そっ

「本当にしたいことだよ。オレは治癒系の魔法は使えない。君の怪我も治せない魔術師だけど、一緒にいさせてくれる?」
「魔法が使えても、使えなくても…ファイさんはファイさんです」


彼女の手の甲に誓いの口付けをした彼は、『我が唯一の姫君』と呟いた。
その姿はまるで神聖な儀式のようで…目を奪われる。


「モコナも一緒に旅したい!黒鋼は?」
「日本国へは帰る。それは変わらねぇ。けれど、変わったものがある。約束はひとつじゃなくてもいいだろ」
「……黒鋼さん」
「それに、探してた奴にも会えるしな」
『貴方は?『小狼』』
「取り戻したいものがある。もう戻らないかもしれない。けれど…守れるなら、守りたい」


シャオも選んだ。「一緒に行きたい」、と。2人の視線は絡み合うけれど、とても切なく…きっと届かない。
私もまた―――選ばなければ、いけない。この先を。


『最後は、貴方よ。緋月。貴方の願いは、もう叶いつつある…今すぐにでも、この旅を終えることが出来るわ』
「!」
「……!」
「?!」
「緋月、ちゃん……」
「いなく、なっちゃうの?緋月…」
「……」
『…貴方が選ぶ道は?』
「―――この願いは、まだ叶えない。叶えられない。私は彼らと一緒に進みます。
最果てまでだろうと、思惑に添うことになろうとも…護りたいと、思うから。負わなければならない責が、あるから」

―――ギュ…ッ

「貴方のことを…護ります、必ず。姫様」
「!…緋月…ちゃん」
『わかったわ。では、行きなさい。己の望みのままに』




―――シャッ

「あ……」
「…おう」


カーテンを開けて、中に入れば…そこにいたのは彼だけで。他の皆はまだ戻ってきていないみたいだった。
背中が血だらけだったシャツは、タワーにいた人達がくれた服に着替えられていた。…私も、服は着替えてる。さすがにボロボロだったし、血だらけ…だったから。


「背中の治療…してもらったんですか?」
「!お前―――…っ」
「黒鋼さんは怪我を放っておくクセがあるんですから、ちゃんと治療しておかないと」
「おい、緋月」
「言いたいことは、何となくわかります。でも何も言わないで。私自身が…決めたこと、だから」


にっこり笑って言えば、彼…黒鋼さんの表情が痛そうに歪む。
さっきの姫様のように…切なく、悲しそうに。

―――間違って、いると思う。
だけど、これ以上はもう近づくことが出来ない。私が近づけば、近づくほど…皆を不幸にしてしまうから。
それでも護りたいの。傍にいたい、と思ってしまう矛盾があるの。
だから、だからせめて―――線を、引かせてください。


「(それが解決法になるなんてこと、思っていないけれど…)」
「……ッ」

―――グイッ

「きゃっ……!!!」
「てめぇは、どうして―――…っ」


ぎゅうっときつく、折れた骨が微かに痛むほどにきつく抱き締められる。
切なそうに揺れた声。ふわり、と香る…愛しい人の、香り。
その全てが、私を揺さぶるんだ。揺さぶって、揺さぶって、揺さぶって…体を、委ねたくなる。何もかも捨てて、このまま連れ去ってほしい。
離れたくないし、離してほしくもないの。このまま背中に回された腕を、解かないで。そのまま抱き締めていて。


「(好き……キミのことが、黒鋼くんが―――大好きだよ)」


幾度となく、伝えたいと思った。願わくば、キミも同じ気持ちだと良いとまで思ってしまった。
そんな都合の良いこと…あるはずなんて、ないのにね。


「離して、ください…そろそろ姫様の手当ても終わる頃合です」
「…ずっと、そうやって生きていくのか。お前は」
「私は―――…こうしてしか、生きられないの」


僅かに緩んだ隙に、彼の腕の中から抜け出す。早く此処から逃げ出さないと、決意が鈍ってしまう。
告げてはいけない言葉を紡いでしまう前に、涙が零れてしまう前に…出て行こう。
離れてしまえば、きっと大丈夫。先に行っている、とだけ伝えて…私は逃げるように、その場を離れた。



―――カツーン…
―――カツーン…


部屋を出て、地下に向かう階段を降りる。すぐ後ろから黒鋼さんの気配も感じて…あの後、彼もすぐに部屋を出て来たんだね。
私達が地下へ向かっている理由。それは姫様が貯水槽に羽根を…沈めていくと、置いていくと決めたから。
自分に記憶が戻らなくても、此処の人達を護れるのならばと。


「ありがと。サクラ達の怪我、治療してくれて」
「此処にある薬じゃ完全に治療出来たわけじゃない。特に…その足とその首と目……」
「いいえ、有難うございます」
「薬を分けてもらえただけで十分ですから」
「神威も昴流も、封真もありがと!」
「……別に」
「僕は何もしてないから」
「そんなこと、ないです。昴流さんが侑子さんにあの依頼をしてくれたから、彼を助けることが出来たんですよ。神威さんも…彼に血を与えてくれて、ありがとうございました」


笑みを浮かべて、深く頭を下げた。
その姿に2人はとても驚いた顔になって、すぐ昴流さんは悲しげな笑みを浮かべた。
神威さんもいつもと変わらない表情のように見えるけど、僅かに眉間にシワが寄っている。何かを―――感じ取られた、かな?
カツンッと靴音を響かせ、昴流さんが近づいてきた。


「…選んだんだね。進む、道を」
「はい」
「まだ、見つからない?探し物は」
「私には……何も探すものはありません。だって、元々何もないから」


ずっと探し求めていたのは、"キミ"だけだ。でもそれ以外に、探すものなんてない。
失くすものだって、ないんだから。求めるものだって、何一つないんだもの。

私は―――何も求めちゃ、いけないから。何かを求めることは、あの方への裏切り行為。

私にだけ危害が及ぶなら、まだいいけれど…もしも皆に危害を加えるようなことをするのならば。…皆の傍にはいられない。離れなければいけなくなる。


―――ナデナデ…

「昴流、さん…」
「詳しい事情はわからないけど、でも…貴方はもっと求めていいと思う。自分に素直になって。ね?」


素直、に……侑子さんや黒鋼さんにも、言われたような気がするな。
頭を撫でる昴流さんの手が、ふんわりと浮かべられた笑顔が…とても暖かい。

―――ああ…そうだ。思い出した、私がずっと求めていたもの。この暖かさ、だ。

誰からも与えられることのなかった、人の暖かさ。そして、愛情と自分に向けられる笑顔。
感情というモノを知らなかった私が、唯一求めたもの。でもきっと…求めてはいけなかったもの。


―――フワ
―――パァッ

「…緋月」
「あ、はい」

―――ギュッ…

「っ!黒、鋼さ……」
「黙ってろ」


強く握られた手。離そうと引っ張ってみても、私の力では彼から逃れられない。
黙って…大人しく、このままでいる他に術はないんだね。温かくて、安心できて、でも―――それ以上に、痛い。


「返せるようにやってみるよ。君達が残していってくれたものを」
「お前達が次に来た時にはな」
「…はい」


―――シュルン

こうして私達は、東京を後にした。






―――――日本。
次元の魔女、侑子の手に握られているのは…水の対価として、サクラが取ってきた卵。文字通り、命を賭けて…。


「モコナ達、次の世界へ行った」
「……ええ」
「その卵、どうするんだ侑子」
「清めて渡すわ。ふたつの未来、そのどちらも消さない為に」


スルリ、と纏っていた装飾品を取っていき、それらを床に落としていく。
全ての装飾品が撮られた姿は、黒のドレス1枚を着ているだけ。けれど、ただそれだけの状態でも…彼女は気高いオーラを放っていて。そしてとても…美しかった。


「…この旅を仕組んだ貴方からすれば、あたしが介入するまでは予定通りでつまらない旅だったでしょうね。飛王・リード。だからこそ、緋月を加えた。その記憶を封印してまで。
でも、それでもあの子達はそれぞれに選んで、進んだ。出合って、触れ合って、そして変わった。この出逢いで。道筋は曲げられても、ひとの本当の想いは決して変えられない」





―――――時空の狭間。

部屋の中に置かれている、全てを映し出す鏡。
そこに映っていたのは、先程東京から次の世界へと旅立った…サクラ達の姿。
口元に笑みを浮かべ、酒を飲みながら眺めているのは、飛王・リード。


「やはり旅を続けるか。お前の働きは、無駄にならずに済みそうだ。これからもお前には、羽根を探して旅を続けてもらうぞ。小狼」


次に映し出されたのは、燃え盛る炎の中に立っている小狼の姿。その手には羽根が握られている。
…何も映っていない、無の瞳。血まみれの体。彼にはもう、何一つ残っていない。
仲間への思いも、大切な人への想いも…何一つ。ただ羽根を探し、奪い取るのみ―――――
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