盤上で踊れ


―――ピッピッ

無機質な機械音を合図とするかのように、翡翠の美しい瞳が開かれた。
身に纏っているのは黒を基調とした、所謂ゴシック調のワンピース。首には棘がついた首輪。
少女は卵型の王座に腰掛け、両腕はその王座の肘掛にガッチリと固定されている。…逃げ出すことが出来ないように。

そのすぐ下には、同じように黒を基調とした服を身に纏った4人が、体を鎖で固定されていた。
彼らは…主(マスター)を護る、盤上の騎士。


「今日の相手、少しは骨があるといいんですけれどね」
「楽しむのはいいけど、君は突っ走るクセがあるから気をつけてよ」
「ご心配なく。迷惑をかけたりしませんよ…ファイさん」
「…おい、始まるぞ」


黒鋼さんの言葉が発せられると同時に、ウサギの審判が盤上の横にある台に登って来た。


『RADEY…GO!!』


―――ピッ
ピーーーーーーーッ

甲高い機械音が鳴り響くのとほぼ同時。駒となる人間の鎖が、カシャンッという音と共に弾け飛ぶ。
その瞬間、私達は敵に向かって駆け出した。それぞれが使っている武器は、愛用しているモノではない。

黒鋼さんが使っている武器は、「蒼氷」ではない大剣。
ファイさんが使っている武器は、身の丈ほどの長い槍。
シャオが使っている武器は、刃がついた鈍器。
私が使っている武器は、棘がついた2本の鞭。

このトーナメント用に貸し出しされているモノ。
慣れるまでは手こずったけれど、今ではもう自分の一部のように操れる。


「その女からやっちまえ!!!」
「!緋月っ」
「女だからって甘く見ていると…身を滅ぼしますよ?」


―――ヒュッ…

向かってくる男に振るわれた2本の鞭。両腕に巻きついたソレは、自由を奪い、尚且つ…棘が皮膚に深く突き刺さる。
解こうと暴れれば、暴れるほどに食い込んでゆく鞭の棘は、激痛しか生まないんだ。
暴れなければ、まだ軽い怪我で済んだのにね?

腕に巻きついた鞭と、走る激痛に自由を奪われた男を倒すのは簡単で。
タンッと跳躍して、お腹に蹴りを一発ぶち込めば、そのまま吹っ飛んでいった。もちろん、蹴りをいれる瞬間に鞭は解いたけれど。


「…ね?だから、甘く見るなと言ったでしょう?」


女だからと言って、男より弱いとは限らないの。確かに力は弱いかもしれないけど、そこはいくらでも補うことが出来るのだから。
痛い目を見るのは―――バカにしている方なのよ。いつでも、ね。

頬に飛んできた返り血を拭って、ぐるりと視線を巡らせば。
微塵も苦戦していない、いつも通りの皆の姿が見えた。

口元に楽しそうな笑みを浮かべながら、大きな剣で相手を斬りつける黒鋼さん。
冷ややかな笑みを浮かべながら、鎖鎌のついた槍を振るうファイさん。
ただ勝つことだけを望む、真剣な瞳で相手を殴り倒していくシャオ。
そして…真っ直ぐな瞳で私達の戦いを見つめる、姫様。

誰一人、迷いを持つ者はいない。



―――とある一室。
宙に浮かんだ、いくつものモニター。
そこに映し出されているのは、1つのチェスの試合。


「すごいですね。彼女とその駒(ピース)は。この世界最大の観光都市『インフィニティ』に来たのは、三ヶ月前。5人共、この国の者ではなく旅行者ですか。何だか変わった組み合わせですね」
「この駒、4人共素人じゃねぇだろ。イーグル」
「貴方もそう思いますか?」
「戦闘のプロというなら、あの男だろう」


モニターに大きく映し出されたのは、大剣をいとも簡単に振り回す黒鋼。


「こっちは戦闘というより、もっと防護術的なものですね。いつもこのスタイルで戦っているわけじゃなさそうだ」


次に映し出されたのは、鎖鎌のついた槍を振るうファイの姿。
自ら"敵を倒しに行く"のではなく、"向かってくる敵を倒している"ように見える戦い方。
そう…マスターである、サクラを護る為だけに武器を手に戦っているのだ。


「この子も同じ感じだけど、戦う訓練は受けてる。…それも高度な」
「どちらもかなりの使い手だ」
「えぇ。そして、彼女…"紅の死神"。噂には聞いていましたが、まさかこんな所でお目に掛かれるとはね。それとマスターの強さ」


持っている鈍器で、相手を倒す『小狼』の姿。
そして真ん中に大きく映し出された、サクラと緋月の姿。
妖しく微笑む緋月は、どこか艶やかな雰囲気を纏っている。
今までの彼女からは想像出来ないほどに美しく、ミステリアスで、そして…氷のように冷たかった。
真っ直ぐに前を見据えるサクラも、今までとは違う雰囲気を纏っている。
陽だまりのように暖かく、柔らかな笑みもあの時から見ることが出来なくなっていた。


「このチェスはマスター(打ち手)の精神力で、戦う駒の速さや強さが決まる。マスターの精神力が弱ければ、駒は自分の実力を発揮出来ない。色んなマスターを見てきたけれど、彼女のようなタイプは初めてですね」


サクラの真っ直ぐな、迷いのない瞳。
その裏にはとても辛く、目を背けたくなるような出来事がある。その上での、強くて揺るがない決意が生まれた。


降り立った国は、炎が上がり、何もなくなっていた。
転がっているのは数多の瓦礫と…数多の死体。怯えた表情のまま、血に濡れている。



「―――――…っ」
「……」


微かな、泣き声が聞こえた。すすり泣く、女性の声。
それはどんどん大きく、言葉になり―――悲痛な叫び声へと変化した。


「どうして、どうして…あの羽根さえなかったら、あいつも…来なかった。こんなことにはならなかったのに……!!」



「『チェストーナメント』の賞金が欲しいからだろ?このトーナメントを主催してるのはビジョン家だ。表向きは、手広く事業展開してる金持ちだが」
「裏ではマフィア」
「まぁ、そうだが。そんなはっきり言うな」
「事実ですし。僕はその当主。ジェオとランティスは、その当主の双璧と呼ばれてもう長い。この『チェストーナメント』も、マフィアとしてのビジョン家が主催しているものです。違法に掛け金を募って、チェスに擬えて戦わせる。もちろん、命を落とすこともある。危険は駒達だけじゃない。マスターも同じ」


―――ピッ

イスに座っている男が、肘掛にあるボタンを押すと、1つのモニターの映像が切り替わった。
そこに映っているのは、廃人と化した…数多の人間。精神力が保てずに駒が負ければ、マスターも廃人になってしまう。マスターも駒も、正に命を懸けたゲーム。
彼らが試合の行方を見つめている彼女達も、もちろんそのことを知っている。知っていて尚、このトーナメントに参加することを決めた。


「マスターの彼女と、駒の"紅の死神"の彼女。
何故戦うのか、あれ程真っ直ぐな目をしているのか。知りたいですね。あの強さの理由を」
- 129 -
prevbacknext
TOP