02


「―――――ッ!!!」

―――ガバッ
―――ズキィッ!

「ぁ…っ!」


何、この痛み…っ!起き上がるのが辛いなんて、僕は一体何を…。


「ダメだ、急に起き上がっちゃ!ひどい怪我なんだぞ?!」
「春…香、ちゃん…?」
「そうだ。…気分はどうだ?1時間くらい眠っていたけど」
「へーき…体中が痛いだけだから…」


結局、起きてるのが辛いから横になったまま春香ちゃんと会話を続けることにした。
彼女と話してわかったのは…領主が秘妖に連れて行かれた後、僕は最悪な顔色のままぶっ倒れたらしい、ってこと。
そのまま1時間程、眠っていたんだってさ。懇々と。

薄っすらとだけど思い出してきた。
あの大バカ領主が"あんなこと"を言い出すから、頭にきて…プツンとイッちゃったんだった。
…この…右手の包帯が、その証だね。


「右手の傷、結構深いんだ。しばらくは包帯も取れないと思う」
「そっかぁ…ま、自業自得だからね。仕方ないよ」
「………緋月」
「んー?どうしたの、春香ちゃん」
「ありがとう」
「え…?」


驚いた。ただ、驚いたんだ。春香ちゃんの一言に。


「僕は、お礼を言われるようなことは何も…」
「あの時、緋月が言ってくれただろう?領主に」


彼女の母親を、彼女の幸せを、彼女の人生を、母親の人生を…それを奪ったのは誰だ。お前だろう?!
お前が殺したんだ、お前が全てを壊し、全てを奪ったんだ!
どんなに強大な力でも、一度喪われた命を戻すことなど出来はしない…っ!会いたいと、触れたいと、声が聞きたいと、どれだけ春香が強く願ったとしても!もう会うことなど出来ないんだよ!


「私の気持ちを代弁してくれてるみたいで…スッキリしたんだ。領主を蹴り飛ばしてくれたのもあるし。だから、ありがとう」
「春香ちゃん……」


「皆に緋月が起きたって伝えてくる!」と、満面の笑みを浮かべて出て行った春香ちゃん。その可愛い笑顔が、痛いほどに突き刺さる。

違う…違うんだよ、春香ちゃん。僕はキミにお礼を言われるようなことは、本当にしていないんだ。
あの言葉だって、春香ちゃんのことを思って言ったわけじゃない。自分に言い聞かせるためだったんだよ?
自分の罪を、決して忘れてしまわないように。
僕が奪ったモノを―――胸の奥深くに仕舞い込んで、封印してしまわないように。


「忘れるな…忘れちゃいけないんだ、"あのこと"は」


久しぶりに見たあの夢もきっと、そう言っているのだろう。

忘 レ タ ラ 許 サ ナ イ 。

これからもきっと、僕が笑ったり、楽しんだり…この罪を忘れそうになった時。夢に現れるんだろう。忘れるな、と言いたげに。

あぁ、早く―――早く僕を消して。失わせて。
こんな汚くて、浅ましくて、醜い僕を…お願いだから。


「…僕を…殺してよ―――」



あの後、僕はまた寝てたらしく…目が覚めた時にはもう真っ暗だった。
僕が寝ていた布団の隣には、姫さんと春香ちゃんが気持ち良さそうに眠っていて。
その姿を見て、微笑ましい気分になったんだ。自然と笑顔になれた。暖かい、って思った。
…すぐ、僕には必要のないモノだって自嘲の笑みになったけどね。

ゆっくりと体を起こせば、昼間に感じたような鋭い痛みは襲ってこなくて。ある程度は回復したことが伺える。
…まだ少し頭は痛いけど。コレは仕方ないかなー…壁に強打したのもあるから。


「(喉、渇いたな…ご飯食べてないから、お腹も空いてるような気がしないでもない)」


ふと、外の空気が吸いたくなった。恐らく出ているであろう、月が見たくなった。
水を貰うついでに、軽く散歩をしてこようかな…今日は月の光が綺麗だから。
姫さんと春香ちゃんを起こさないように、そっと布団を出て、部屋を後にした。
おやすみ、2人共。良い夢を。


…パタン…

「今日は満月かー…だから、明るいんだな」
「おい」
「ッ?!!」
「起きて平気なのか」
「黒鋼…くん…?」


突然聞こえた低い声。それも頭上から。顔を上げてみれば、屋根の上に人らしき影がある。
月の光の逆行で顔はよく見えないけど、声から察するに黒鋼くんで間違いないと思う。
小狼くんはもう少し高めだし、ファイくんの声はもっと柔らかい。
こんなぶっきらぼうな話し方でもないし?2人共。


―――トンッ

「何してやがる、こんな夜更けに」
「目が覚めたのと、喉が渇いたから…っていうか、黒鋼くんこそ何してんの」
「俺ぁ、酒飲んでただけだ」
「人ん家の酒を勝手に飲んだんですか…」
「…町の奴らが持って来た。礼なんだとよ」
「ふぅん…」


お礼……そうか。卑劣な領主がいなくなったから。

どんな理由であれ、町の人達にとっては…僕達のしたことが感謝の対象になるんだよね。ただ、自分の望みの為に行っただけなのに。
それがたまたま、領主を倒すことに繋がっただけ。別に町の人を助ける為に行ったわけじゃないのにね。


「それでも、感謝されるのか…」
「町の奴らにとっては、何も変わらねぇからだろ」
「まぁ、そうなんだけどー」
「……おい、女。聞きたいことがある」
「なにー?」
「お前―――…」

殺されるのを待ってるのか。

「え…?」
「気ィ失う前に言ってただろう。待ってる、と。―――死にてぇのか」


心底、驚いた。
まさか聞かれて―――いや、覚えているなんて思わなかったが正しいか。

他人がどうしようか気にしないように見えた黒鋼くんなのに、こんなにも鮮明に覚えているなんて。
誰にも聞かれてないと思っていたんだけどなぁ…それはただの気のせいだったみたいね。
僕に向けられる鋭い視線。
殺気、とまではいかないけど…剣呑さを含んでいる赤い双眸の瞳。

―――でも、ごめんね?誰にも話す気なんて、ないんだ。

それを隠すようにへにゃんと気の抜けるような笑みを浮かべて。
深く、深く―――――仮面を被る。


「死にたいわけないじゃーん。何言ってんの、黒りんってばぁ」
「てめ…はぐらか―――」
「そもそもさ、死にたいんだったら…あのバカ息子に勝とうとはしないでしょうに。こんな怪我までして」
「……」
「納得したみたいだね?…んじゃ、おやすみーぃ」


黒鋼くんの顔を見ないように、彼に背を向けてひらひらと手を振って…部屋に戻った。
だから、知らなかった。わからなかった。気づかなかった。
いつも以上に眉間にシワを寄せていた、黒鋼くんの表情に。



―――翌朝。僕達は高麗国を旅立つことにした。
姫さんの羽根は見つかったし、僕も動けるようになったし、この国に留まる理由もなくなったから。
それに早く次の世界へ行って、姫さんの羽根を探さなきゃだからね。


「ありがとう、領主をやっつけてくれて」
「おれは何もしてないよ」
「あの城の秘術が解けなかったら、ずっと領主には近づけなかった。だから、小狼達のおかげだ」
「いや、本当におれは何も…」


…放っておいたら、ずっと続きそうだな。この押し問答。
ファイくんも同じことを思ったのかな?
さりげなぁーく、2人の会話に割り込んでずっと続きそうだった押し問答を中断させた。うん。さすがだなー。


「こっちこそありがとぉ。春香ちゃんにもらった傷薬、良く効いたよー」
「ん。すごく助かったもんね、ありがと春香ちゃん」
「母さんがつくった薬なんだ。私にはまだ無理だけど、でも頑張って…母さんに恥じない秘術師になる」


彼女の瞳に迷いなどなかった。強く、凛としていて、とても真っ直ぐで…この子ならきっと大丈夫だって思った。

大丈夫。キミのような素敵な子だったら、きっと―――立派な秘術師になれる。
憧れのお母さんのような秘術師に。
あの領主みたいに力に溺れるようなことは、絶対にないよ。
どうか…他人を助ける、笑顔に出来るような秘術師に。


「なれるわ、きっと」
「…うん!」


―――ファサァ…

モコに羽根が生えた。
下には侑子さんの魔法陣も出てる。…ってことは、時間だね。


「あ、そろそろ行く?」
「行く」
「何だ?!何処行くんだ?!何であれ、羽根が生えてるんだ?」
「ごめんねー、春香ちゃん。もう時間みたい」
「まだ来たばっかりなのに…!」


春香ちゃんの顔が悲しそうに、寂しそうに歪んだ。


「やらなければならないことがあるんだ」
「いつかまた会いましょう。その時は…とびっきりの笑顔を見せて?」
「元気で」


―――シュルン


その後の蓮姫は―――何処よりも美しい町になったとのこと。
領主などいなくても、町の人々が力を合わせれば…どんなことも可能になるのだから。
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