何もない国
「で。何処なんだ、此処は」
春香ちゃんがいた高麗国を出て、次に降り立った国は…見事に何もなかった。
いや、森とか湖とかはあるんだけど!その他に何も、ない。
広がるのは森と湖、そして適度に濃い霧。そこには人の気配さえなくて。
「おっきい湖だねぇ」
「ですねー。家とかも全然見えないし」
「人の気配もないみたいですね」
うーん…町とかがないのは困ったなぁ。
もし、姫さんの羽根の気配があったとしても、この状況じゃ情報を集めることもままならないし。
その場合は、モコに頼るしかないよね。
そんなことを1人で考えていると、ファイくんがモコに羽根の気配があるかどうか確認していた。
モコによれば、強い力は感じるらしい。それが羽根かどうかはわからないけど。
でもそれなら確かめる必要があるよね。姫さんの羽根なのかもしれないし。
「何処から感じる?」
「この中」
「この中って…もしかして湖?」
「潜って探せってのかよ」
「待って」
「姫さん?」
「わたしが行きま…………す」
ふら〜〜〜
「あっ!」
「…っと!セーフ、かな」
ずっと頑張って起きていたから、限界がきちゃったんだろうね。僕の腕の中でぐっすりと眠っている。
とは言っても、ずっと此処で抱えてるわけにもいかないよね…この格好じゃ寒いだろうし。
何処か広い所に移動して、焚き火でもしないと姫さんの体が冷え切っちゃうもの。…その前に何かかけるものも必要か。
僕が着てるのは薄いジャケットだし、小狼くんと黒鋼さんは上着やマントを脱いじゃうとノースリーブだったもんな。
よし、とファイくんの方に顔を向けた。
「ファイくん、悪いんだけど上着借りてもいい?姫さんにかけてあげたいんだ」
「全然いいよー。ついでに場所も移動しようか」
「そうだね。…よ…っ」
寝てしまっている人間というものは、どうしてこう重く感じるのだろうか。
姫さんの体を持ち上げたはいいけど…このまま移動できる自信は皆無です、僕。
大人しくファイくんか黒鋼くんに頼めば良かったかな…。今更だけど…若干、後悔。
でも自分でやろうとしたことだし、いいかと思い直して、歩みを進めようとした時。ふわりと重さがなくなった。
不思議に思って腕を見れば、あったはずの姫さんの体がなくなっていて。
え?どうして?さっきまでちゃんと抱えていたはずなのに…僕、気づかないうちに落っことした?!
キョロキョロと周りを見てみても、姫さんの姿はない。
「抱えらんないなら無理すんじゃねぇよ。…右手と額の怪我も完治してねぇクセに」
「…黒鋼くん…」
「素直じゃないんだから黒みーはぁ」
前をスタスタと歩く黒鋼くんの肩には寝ている姫さんの姿。
…頭が下向いてるけど、アレ血ィ上んないかな。
「あの、緋月さん…右手大丈夫ですか?あと額も」
「うん?あぁ、大丈夫だよー」
「…額、怪我したの…領主の息子と戦った時ですよね?おれが緋月さんに任せてしまったから―――」
横を向けば暗い表情を浮かべている小狼くん。
確かに今の僕は、傷の癒えていない額と右手には包帯を巻いている。(額は邪魔だからガーゼをテープで止めてるだけだけど)
右手は自分でやったことだけど、額の傷は…バカ息子に放り投げられて壁にめり込んだ時についたもの。
どうやらそれをこの子は…自分が僕にバカ息子を任せたから、と気に病んでいるようで。
…本当に、キミは真面目で、誠実で…良い子だね。
「小狼くんのせいじゃない。アイツと戦うと決めたのは僕の意思だよ」
「でも…」
「キミが気にすることじゃないんだってぇ。それに僕はキミを恨んでなんかいないから…だから、そんな顔をしないでよ」
「……はい」
「さ、行こう。早く姫さんの羽根を探さないと」
頷いて先に行った彼らを追いかけた小狼くん。
僕はそれをただ眺め、またゆっくりと歩き始めた。
本当なら走って追いかけるべきなんだろうけどー…やっぱりまだ、額の傷が痛むんだよな。刺激がいくと。
でもそこそこ距離が開いてしまってるのはよろしくない。
傷に響かない程度の早さで、皆を追いかけることにした。
少しだけ拓けた場所に移動して、大きめな木の根元に姫さんを寝かせた。
もしかしたら体が痛くなるかもしれないけど…下に敷く物を何も持っていないから仕方ない。
ファイくんに借りたコートも肩が隠れるくらい、しっかりとかけて。…うん。これで大丈夫かな。小狼くんが焚き火もしてくれてるし。
パチパチと木が焼けていく音が、思っていた以上に心地良くて…何だか眠気を誘われる。
うーん…春香ちゃんの所でしっかりと寝てたはずなんだけどなぁ。
「緋月ちゃん?もしかして眠い?」
「んー…さっきまでは平気だったんだけど、火を見てたら何だか…」
「少し暖かくなりましたから。それにまだ怪我も癒えてないですし」
「オレと黒ぽんでこの辺の探索行ってくるから、此処で少し休んでてー?」
「そうですね。湖にはおれが潜りますから、姫をお願いできますか?」
「え、でも―――」
「ぐだぐだ言ってねぇで休んでろ。途中で倒れられても厄介だ」
…確かに黒鋼くんの言う通りなんだよね、うん。
無理矢理付いて行った所で、何が起きるかもわからない。
それでもし、倒れでもしたら―――迷惑がかかるのは、彼らだ。
1人だけ何もしないで休んでるっていうのは、とてつもなく嫌だけれど仕方がない。大人しく此処で待つことにしようかな。
ファイくんに「わかったー?」と尋ねられ、素直に頷けばホッとしたような表情でそれぞれ行動に移った。
それを見届けて、姫さんの隣に腰を下ろせば。すぐに睡魔がやってきた。
僕は抗えるわけもなく、そのまま夢の世界へと落ちていったんだ。
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―――ピチョン…
此処は―――夢の中?
僕はまた、真っ暗な世界の中にいた。何か雫が落ちるような音だけが響いている世界。
そこには誰もいなくて、今度は声も聞こえない。…本当に、僕1人しかいない世界…。
「何も…ない…」
ボソリと呟いた時、ぼんやりと何かが見えた。あれは…人の足なのかな?よく見えないけど、そんな気がする。
じっと見つめていれば、最初はおぼろげだった輪郭も次第にハッキリしてきた。
さっきの僕の勘は当たっていた。やっぱり、人の足…それも子供の。
それはどんどん近づいてきて、足音も鮮明に聞こえ始める。
ペタリ、ペタリと…裸足で歩いてる音。
その音は、私の目の前で止まった。
目の前に立っている、恐らくはまだ幼い少年。きっと―――ずっと私が見続けている夢に出てくる、あの少年なんだろう。
着ている服は血がべっとりと付着していて、赤黒く変色している。手に持っているのは刀、だ。
柄には何か装飾がされていて、それは光がないこの空間でもきらりと輝きを放っていた。
相変わらず、少年の顔は口から上が見えないまま。
背格好や体格から男の子、というのはわかるけど…どんな子なのかまでがわからない。
それは"あの時"から変わらないんだ。ずっと顔は隠されたまま。
だから…わからない。僕を殺してほしい"キミ"のことがわからないんだ。
"キミ"を捜す為に小狼くん達の旅に同行したけれど、顔がわからないんじゃ…捜せないじゃない。
…それとも僕は―――――
「忘れて、いるのかな?"キミ"の顔を…」
確かに"あの日"。憎しみに、悲しみに、怒りに満ちた顔を見たはずなのに。
僕の記憶の中にいる"キミ"は、顔がわからないままで。
こうやって夢を見る度に出てくるクセして、顔は決して見せてくれないんだね。
――― 許 サ ナ イ 。
一言呟いた後、少年の口からゴポリと血が溢れ出した。
口だけじゃない…その血は体中から溢れ出していて、その子の服を一瞬にして真っ赤に染め上げた。
ボタボタと血を流しながら、僕に一歩…また一歩と近付いてくる。血で汚れた口元をニヤリと怪しく歪ませて。
「あ……い、や…だ……!!!」
『緋月ちゃん!』