02
『本日の「チェス」は、皆様に楽しんで頂くべく、更に趣向を凝らし…』
「能書きはいいから、さっさと始めろ」
「相変わらずですねぇ…最後まで聞いてあげれば良いのに」
「時間の無駄だ」
「…ま、否定はしませんけど」
―――ジャラララ…
「茨……?」
床から生えてきたのは、巨大な茨。ソレが四方を囲み、茨の壁が出来上がった。
茨は空高く聳え立ち、此処から逃げぬようにと…牢獄に閉じ込められている気分だね。この仕掛けも、主催者が考えているのだろうか。
『チェストーナメント』は賭けの対象で、たくさんの人が見ているらしい。
そこを考えると…ゲームをもっと、面白くしようとしているって所かしらねぇ。…面白くしようとするのは、何も反対しないけど…趣味はよろしくないな。
「当たると痛そうだね」
「当たらなければ良いだけ、でしょう。ね、シャオ?」
「ああ」
シャオの視線が、後ろへと向いた。
私達の後ろにいるのは、マスターの姫様。その表情には少しだけ、迷いと心配の色が浮かんでいる。…珍しいな。
でも…マスターの精神力によって、私達は力を発揮することが出来る。だから彼女には、心配させてしまってはいけない。
負けてしまったら、マスターである彼女だって…無事では済まないはずなのだから。勝つ以外に選択肢はない。
…負けられないんだ、絶対に。
「……大丈夫ですよ、姫様」
「緋月ちゃん…」
「私達は負けません。だから…そんな顔をしないで下さい」
「勝つ。必ず」
それが貴方の望みであるのならば、私達はそれを必ず叶えるから。
今日の相手である白……敵の駒を真っ直ぐに見据え、私は武器である2本の鞭を持ち直した。
さあ…本日の遊戯のハジマリ、だ。
『READY……GO!!』
審判の声が響くと同時に、私達の自由を奪っていた鎖が弾け飛ぶ。
鎖さえ外れてしまえば、もう私達を縛る枷はない。相手を倒して、勝つ為だけに…突っ走るのみ、だから。
―――ザンッ
突破口を開くのは、いつも黒鋼さん。そして、開いた道を更にこじ開けるのがファイさん。
戦闘に慣れている彼らは、思っていた以上に良いコンビネーションだった。
開かれた道へ、躊躇なく突っ込んでいくのが…シャオと私の役目。
今回も自然とそうなっていた。2人が作ってくれた道へ私達が突っ込んで、1人ずつ攻撃を仕掛けて。
床に着地した時…異変が起きた。
相手の武器の先端が、電流を帯びているかのように…光った。
「!!」
「しまっ…!」
―――バリバリバリッ!!!
―――ガシャンッ
咄嗟のことに反応が出来なかった私達は、モロに攻撃をくらい、そのまま茨の壁へと叩きつけられた。
背中に、腕に、首筋に…棘が食い込んで。叩きつけられた瞬間、本当に一瞬だけだったけど呼吸が止まった。
これは思ったより、マズイ状況だなぁ。
そのままドサリ、と床に倒れこむ。
―――ダッ
「奴らの武器から火花が走った」
「仕込みや飛び道具は、禁止じゃなかったのかよ」
「―――――…っう…!」
ズキズキと痛む全身。霞んでくる意識。…でも、こんな所で倒れている場合じゃない。
審判が止めに入らない、ということは…この仕込み武器は、見て見ぬふりってことだろう。
その方が盛り上がるから、が理由かな。確かに元々は、アンダーグラウンドのゲームらしいから。
本当にこのチェストーナメントの主催者は―――趣味が悪いったらありゃしない。
「(負ける、わけにいかない…!)」
痛む体を無理矢理に起こしてみれば、黒鋼さんとファイさんが"何か"を避けている姿が見えた。
アレは何だ…?虫、のようにも見えるけど。でもそれにしては動きが素早すぎるし…剣で斬られても動くなんて、おかしい。
虫のような変な物体に傷を付けられた2人は、膝を着いてしまった。
「薬が塗ってあったのね…」
…でも、傷を付けられていない私も…体が動かしづらくなっている。ということは、それだけが原因じゃない。
マスターである姫様が、この光景を見て迷っているということだ。彼女が迷えば、私たちの動きも鈍くなるから。
頭の中を、あの時の会話が過ぎる。
―――人間でチェスを?
「勝てば賞金を貰えるそうです」
『その賞金を前に着いた国の復興に使えるように、何らかの形に換えて欲しいということね』
サクラの脳内に、燃え盛る国の…あの悲惨な光景が蘇る。
『貴方達がいる国のことは知ってるわ。マフィアと呼ばれる組織が牛耳る危険な所。それでも…?』
「…はい」
彼女の傍に、静かに控える黒鋼とファイ。2人の瞳にはすでに、決意の炎が揺らめいていた。
そして、侑子は残りの2人…『小狼』と緋月に問う。貴方達はどうするのか、と。
『貴方達も?『小狼』、緋月』
「ああ」
「はい」
力強い、真っ直ぐな瞳で侑子の問いに答える『小狼』。その姿は…サクラの一番大切で、失いたくなかった彼と瓜二つだった。
『小狼』は彼の元になった存在。似ていて当然。
でも彼女にとってはそうではない。姿は同じでも違う人。サクラが求めている彼ではなかった。
『いいわ。賞金が手に入れば、その願い叶えましょう』
…姫様は、チェスに勝って賞金を手に入れると決めた。
私は彼女の望みを叶えると決めた。どんなことがあっても。必ず、あの子を護るんだと…そう決めた。
けれど、動けなくなった私達を見て、姫様が迷い始めている。
この試合を、チェストーナメントを…辞退しようとしているようにも、感じるけれど。でも―――そんなことしなくていい。
「……待て」
「待って、ください」
―――ユラリ…
「勝ちます、必ず。…だから」
「だから…そこにいろ」
血だらけのシャオ。同じように血だらけの私。
体は痛い。動くのも辛いけど…でも。戦意だけは、まだ失っていないから。彼も、私も。
立ち上がったシャオの隣に立ち、鞭を構えた。
仕込み武器のからくりは、ある程度理解出来た。電流が流れる瞬間は、あの棒のような物が光を帯びる。
それさえわかっていれば…さっきのようなドジは踏まない。
「…援護するわ」
「ああ、頼む。…無茶はするなよ、緋月」
「―――…努力はする」
姫様が椅子に座り直し、体が軽くなった。ピピッという電子音と共に、私達は駆け出した。
向かってくる相手は、変わらず4人。
全員の武器に電流が仕込んであったわよね…まず、2人ずつノしていきましょうか。
―――ヒュッ
突き出された2本の棒。…なかなかのスピードだけど、まだまだかしらね。鞭を使うより、素手でいった方が早い。
素早く腰のベルトに鞭をしまって、棒を引っ掴む。
電流を流される前に―――ぶん投げてしまわないと、ダメージを食らう。
―――パリッ…
「っ緋月!!」
「ご心配なくっ」
―――ブンッ
―――ドゴォンッ…
一瞬だけ、腕に痛みが走ったけど…何とかセーフ、かな。
これで2人は戦闘不能に出来た。あとはシャオが対峙している2人を残すのみ。
シャオが負けるわけはないと思うけど、あの怪我の具合だと…心配が残る。
―――ヒュッ
―――ガッ!!!
「血が…目に……」
「あれじゃ前が見えない…!」
目が見えないんじゃ、戦うことは難しい。
現に今、相手の攻撃を避けることも出来ず、反撃も出来ない状況。…助けなくちゃ。援護すると、言ったんだから。
ベルトに留めていた鞭を出して、駆け出した時。シャオが目を、閉じた。
目を閉じたままの状態で、攻撃を避け、更には持っていた武器で2本の棒を止めたんだ。
「ピッフル国での……小狼くん…」
目を閉じた状態のまま、シャオは2人を蹴り飛ばした―――